第26話 舌の記憶頼りの適当料理

 夕方、私たちは例の「木賃宿」へと戻る。

 実はここで、一度やってみたいことが私にはあった。

(炊事場を使って、和食を作る!)

 この世界に来て以来、当然ながら食事はこの世界のものばかりとなる。するとどうしても恋しくなってしまったのだ、和の味わいが。

「よし!」


 コリンの特殊な目利きのおかげで、私の料理に必要なものはあらかた揃った。

 名前や形は微妙に異なるものの、昆布・干し魚・塩・米にあたるものだ。

 本当は醤油が欲しかったけれど、さすがにそれは見つけられなかった。

 干し魚は鰹節の様なものらしい。

 私は昆布と干し魚でだしを取りつつ、米を炊く。

 炊飯器など当然ないが、ここで手に入った米はタイ米に似ていたので、その炊き方でいくことにした。

(湯取り法を知ってて良かった)


 炊きあがった米に、だしを取ったあとの昆布を刻んだもの、干し魚をほぐしたものを乗せる。さらにその上から、塩で味を調えただし汁をかけた。

(はぁああ~っ! なんちゃってだし茶漬け、美味しい!!)

 勿論、お店に出せる味なんて、上等なものじゃない。素人の手探り料理だ。

 けれど、和食に飢えていた私にはとても懐かしく、心温まる味に思えた。

「美味い」

 レオポルドが口端を上げ、目を細める。

「心の底から、しみじみと温まる味だ」

(ほわぁあ~っ!)

 レオポルドの穏やかな声に、甘い幸福感が滲んでいる。

(何だろう、この幸せな気持ちは……)

 新婚の旦那様のために初めて料理を作った日、ほめてもらえるとこんな気分になるのだろうか。

 心の底から湧きあがったぬくもりが、染み渡る。

「でも、ボリュームが足りないよね?」

 普段、ステーキを10皿平らげる彼が、これで満足できるとはとても思えない。

「あとで肉料理も調達しようか」

 しかし、レオポルドは首を横に振った。

「アリスの愛情に満たされ、体の隅々まで力が行きわたっている。これだけで十分だ」

「いいよ、気を使わなくて。こんな量で足りるはずがないもん」

「アリス、レオポルドが言ってるのは本当なの」

 だしを最後の一滴まで飲み干したコリンが、口元をぬぐった。

「アリスの作ったご飯は、ボクたちの力になるの。元気もりもりなの!」

「本当に? 無理してない?」

「してないなの! だってこの料理には、アリスのあったかい気持ちがいっぱい詰まってるの。ボクたちにとって、それは一番のエネルギーなの!」

「その通りだ。アリス、自分たちは今、これまでにないほど力がみなぎっている」

「……」

 二人が嘘を言っているようには見えない。

(少量でも私が作った料理なら彼らを満たせる?)

 これが本当なら、朗報だ。

(こんな宿しか受け入れてもらえなくて落ち込んでいたけど、ここに泊まらなきゃ私は自分で料理を作ることがなかった)


 そんなことを思っていると、レオポルドとコリンがスッとネックゲイターを鼻の上まで上げた。

「え? どうしたの二人とも。顔を隠して」

「あのぅ……」

 ふいに背後から声をかけられて飛びあがる。

 振り返れば、二人の若い男が私の後ろに立っていた。恐らく魔石ケントルハンター仲間だろう。

「なんでしょう?」

 彼らは私にそれぞれ少量の食材を差し出してきた。

「??? お米と干し肉?」

「これと交換で、それを食べさせてくれないか?」

「それ?」

 振り返った先には、まだだしの残った鍋とご飯があった。

「これですか? 素人料理なので、そんなに美味しいとは……」

「ぜひ食ってみたいんだ、頼む」

「いい匂いが漂って来て、たまらないんだ」

 私はレオポルドとコリンをふり返る。二人が頷くのを見て、私は彼らの容器にだし茶漬けをよそった。

「……うまい」

 噛みしめるように言って、男たちは視線を交わし合う。

「食ったことのない味だ。だが、なんて言えばいいんだろう。しみるなぁ……」

「あぁ、大切にされている味がする」

 頬を緩めている二人を見て、私はほっと息をつく。

(舌の記憶を頼りに作った、レシピもない料理だけど。喜んでくれたならよかった)



 翌日、私たちは西の街グランファへと戻った。

 冷たく別れたパティに謝りたいと言う気持ちが湧きあがってきたからだ。

 だが。

「パティなら別の街に旅立ったぞ」

『金の穂亭』のマスターから告げられたのは、予想外の内容だった。

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