第25話 コリンの特殊能力

 埃っぽい板の間で、レオポルドやコリンと身を寄せ合って眠る一夜が明けた。

 3人揃って、お腹がクルクルといい音を立てている。

(朝食をどこかで手に入れたいけど……)

 この世界の宿屋は『金の穂亭』だけでなく、一階が酒場、二階が宿泊部屋という造りなっているのがスタンダードのようだ。素性を怪しまれ宿泊を断られた場所に、食料調達に出向くのは酷く気まずく思えた。

 私たちは空腹を抱えたまま、食材が置いてある店が開くのを待った。


(あっ!)

 広場に出てみると、既にいくつかの屋台が出ていた。

「すみません、こちらでは何を売ってますか?」

 私は、早々にいい匂いを漂わせている店へと駆け寄る。

「アクテス串だよ」

(アクテスと言えば私の世界で言うステーキ、つまりステーキ串!)

 レオポルドのために毎日注文しているメニューのため、さすがに覚えた。

「それを、えぇと、レオポルドどれくらい食べる?」

「10本は欲しいところだ」

「ボクも3本食べたいなの!」

「分かった。私も食べるから、すみません、14本お願いします!」

「あいよっ。朝から豪快に行くねぇ」


 大量に購入したステーキ串を、私たちは胃の腑に納める。

「デザートにフルーツがあったらな」

 そんな私のつぶやきを、コリンは耳ざとく拾った。

「フルーツ? 何が欲しいなの?」

「え? えぇと、リンゴとか……」

「こっち!」

 コリンは私の手を引き、色とりどりの食材の並ぶ露店へと走る。

 そして『イパープル』と書かれた箱に並ぶ濃紅色の丸いものを、迷わず手に取った。

「リンゴ、これなの!」

「わ、ちゃんとあるんだ」

「ボクも食べるなの!」

 代金を支払い、二人で行儀悪くその場でかぶりつく。

 みずみずしく甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。間違いなく、私のよく知るリンゴの味だった。

 が、齧りついた箇所に目をやった瞬間、私は小さい悲鳴をあげる。

「えっ? 何これ!」

 果肉は、皮の部分と同じ濃紅色だった。滴る果汁も血のように赤い。

「これ、本当にリンゴ?」

「そうなの!」

 コリンの口の周りの白い毛は、赤い汁でうっすらと染まっていた。

「でも、私の知ってるリンゴとはちょっと……」

「ちょいと、なんだい、アンタ?」

 露店の太った女主人が出て来て、私を睨む。

「ウチの商品にケチつけようってのかい?」

「あぁあっ、すみません! えっと、あの、私、別の国から来たばかりで」

「別の国?」

「えぇ、それで私の知るリンゴと言ったら、中が黄色かったものですから」

「なんだいそりゃ、気味の悪い。だいたいそれはリンゴじゃなくてイパープルだよ」

「あっ、はい、そうですね。すみません。味はすっごく美味しいです!」

「当たり前さね」

 店主はまだ少しぷりぷりとしながら、店の奥へと引っ込んでいった。

(びっくりした)

 店主のこともそうだが、主に中まで真っ赤なリンゴにだ。

(この国の食材は、私の知るものと違うのかな?)

 これまで食事は酒場を利用していたため、気付いていなかった。


 改めて露店を見れば、見たことのない形や色のものばかり並んでいる。

「コリン、ここってフルーツのお店なんだよね?」

「そうなの!」

「じゃあ、……バナナなんてある?」

「あるなの!」

(あるんだ!)

 あれは南国でしか育たない果物だと思っていたが、この世界ではそうとも限らないのだろうか? もしくは貿易が想像以上に進んでいるのだろうか。


「これなの」

「えっ?」

 コリンが手に取ったのは、洋ナシの様な形をした紫の、例えるなら丸茄子によく似たものだった。

(これが、バナナ?)

 代金を払うと、先ほどの女店主はむすっとしたままナイフを取り出す。

「これの食べ方、分かってんのかい?」

「えっと、皮を手で剥いて?」

「……ハァ」

 ため息を一つつき、女店主は器用にくるくるとナイフで皮を剥く。そして現れた白い果肉を一口大に切り、小皿に入れるとこちらへ手渡してきた。

「手で剥けるもんかい」

「あっ、はい。すみません、いただきます」

 少しびくつきながら、私は一つを口に運ぶ。

(バナナだ!)

 甘くクリーミーでねっとりとしていて。見た目は違ったが、味も食感もバナナそのものだった。

「美味いだろ」

「はい、とても!」

「当たり前さね」

 先程よりは幾分柔らかくなった店主の声のトーン。その顔には不器用ながら笑みが浮かんでいた。


 日が昇るにつれ、広場の屋台や露店は徐々に増えていった。

 その中にはラプロフロス人が店主をしているものももあった。客の様子はと言えば、特にわだかまりなどないようで、その店から商品を買っている。

(あの人たち、普通にこの社会に馴染んでるんだな)


 私は様々な店を回り、食材の名前を挙げ、それがここにあるかどうかをコリンに尋ねる。驚くべきことに、コリンは次から次へとその問いに答えてくれた。

(不思議……)

 私が「トマト」と言えば「マォット」の実を指し示し、「にんじん」と言えば「オラクト」と書かれた野菜を手に取る。それぞれ見た目は私の知るものとやや異なるものの、味や食感は完全に一致していた。

「コリンは私が日本語で言っても、どんなものを欲しがっているのか分かるの?」

「そうなの!」

 コリンは嬉しそうに目を細める。

「アリスの心やイメージ、ちゃんと伝わってきて分かっちゃうの!」

(自動翻訳機能つき!?)

 これも私が魔石ケントルにキスした時に伝わった情報の一部なのだろうか。

「もしかして、レオポルドも?」

「いや、自分は……」

 レオポルドは首を横に振る。

「これに関しては全く力になれそうにない。すまない」

「あっ。ううん、いいの」

『けもめん』の兎獣人のコリンも、料理が得意な少年だった。

(そんな部分まで影響出ちゃうのかな)


 この日の私たちは夕食に備え、調理道具や食材を買って回るだけに終わった。



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