第5話 新規実装衣装とあきんど魂
パティが黒豹青年のために選んだのは、深緑色のロング丈パーカーに黒のスリムパンツ、ネックゲイターに皮のブーツだった。
(おー、クール! アサシンっぽい!)
私は推しそっくりの黒豹獣人をうっとりと見上げる。
『けもめん』のレオポルドは軍人で、いつも堅苦しい服装だったから、こんなスタイルは新鮮だ。
(あぁ、新規実装衣装、リアルバージョン)
「アリス」
耳に甘く沁みるビターボイス。
「はい?」
「おかしくはないか?」
「大変素晴らしゅうございます!!」
あぁ、スクショ取りたい! いや、ゲームじゃないから普通に撮影か。
うぅ、やっぱりスマホを失ったのはでかい、お金の方は、異世界っぽいこの場所で使えると思えないから諦めつくけど。この姿を手元に残せないなんて!
すいと、パティがこちらへ掌を差し出してきた。
「?」
私がその上へ自分の手を重ねると「ちゃうわ!」と乱暴に払いのけられる。
「何?」
「代金や、代金! その服の代金! しめて1万1200カヘ払ってや」
だいきん?
カヘって通貨のことかな?
「って、お金取るの!?」
「当たり前やろ。全部商品やもん」
「そんなぁ……」
前言撤回。財布、残っててほしかった。たとえこの世界の通貨じゃなくとも、異国のお金ってことである程度は受け入れてもらえたかもしれないのに。
「……お金、持ってません」
「はぁ? 嘘やろ?」
「仕方ないでしょ、気付いたら文無しでここにいたんだから!」
「何、逆ギレしとんねん」
「アリス、この服のことで問題が? 脱いで返すか?」
「脱がないで!」
パティは額に手を当て、大きく息をつく。
「……しゃーない。ひとまずはその辺に転がっとるケントルで手ぇ打つわ」
「けんとる?」
「は? 石や、ユズオムの額についとった黒い石! 砕いたやつがその辺にボロボロ落ちとるやろ。それである程度払ったことにしたる」
「あの黒い石、お金代わりになるの?」
「換金所に持ってけば、いくらかにはな」
「わかった!」
「自分も手伝おう」
私たちはしゃがみ込み、砕かれた黒い石を拾い始める。
集めきった石のかけらは、両手に一杯くらいになっていた。
「これでどう?」
「あー……、せいぜい2000カヘってとこかな。まぁ、今んところこれでえぇわ」
ぞんざいに受け取るパティに少しカチンとくる。
「じゃあ、ネックゲイター要らないし返す。それに、こんな布をふんだんに使ったロングパーカーじゃなく、もっとシンプルなシャツにしてよ」
「分かっとらんな」
パティは呆れた目で私を見る。
「なんぼか旅してきたけど、こんなけったいな生き物、見たことない。その魔獣そっくりな耳とか口元とか、出来るだけ隠しといた方がえぇ。怪しまれて絡まれたり、役所に突き出されたら面倒やろが」
「え?」
「ほら、服も着せたしそろそろ行くで。また魔獣が出んうちに街道まで出んとな」
パティは先に立って歩きだす。
「は~……、近道しようと思ったんが失敗やったわ」
「待って、パティ! この世界にえぇと……」
パティに続きながら、私は隣を歩く黒豹青年を見上げる。
「……この人の名前どうしよう?」
「さっきレオポルドて呼んでたやん」
「いや、あれは彼とそっくりな推しの名前で……」
「レオポルドだ」
黒豹青年が静かな声で私に告げる。
「自分が生み出された時、その名を授かった。アリス、貴女の名もその際に私の心へ」
「? そ、そうなんだ」
「あぁ」
よくわからないが、そうらしい。
まぁ、見た目も声も振る舞いもそっくりなのだから、私的には推しが顕現したようで嬉しい限りだが。
「で、レオポルドみたいな姿の人間は、この世界に存在しないってこと?」
「せんとは言い切れんが、ウチは見たことないなぁ」
「獣人いないの!? ファンタジック異世界なのに!」
「……何言うとるんや、アンタ」
じゃりじゃりと石を踏みしめながら、私たちは道を下る。
「それより魔獣を人みたいな姿にするて、しかも言葉が通じるようになるて、どういうことなん?」
「さぁ。ところで魔獣って?」
「さっき散々見たやん。ユズオムとかクバル・フェテランとか」
いや、この世界にとってどういう存在なのか、どういった特徴を持っているかを聞きたかったんだけど。
「さっきからどんだけモノ知らんねん、アンタ。どこの人間?」
「……日本」
「ニッポン? 聞いたことななぁ。どうやってここに来たん?」
「分からない。気絶して、目が覚めたらあそこにいたから」
「なんやそれ。人さらいにでも遭ぉたんか?」
「えっ? あっ、うん。多分それ」
「ほぉん。攫われたのに、よぉ逃げてこられたな。まぁ、魔獣を人型にする妙な力を持っとるんや。狙われもするか」
なんか勝手に納得してくれた。
異世界から来たってよりは、信ぴょう性のある説明かもしれない。
「痛っ」
足首に痛みが走る。見ればあちこち擦り傷や青あざが出来ていた。
(あー、さっきの)
魔獣だった時のレオポルドに組み付いた際、引きずり回されてできたものだ。
「なんや、怪我か。薬いるか」
「売りつける気?」
「当たり前やん」
「いらない」
「アリス、失礼」
レオポルドの声が耳に届くと同時に、私は彼にいとも簡単に抱き上げられた。
「えっ? えっ!?」
ふわりと浮き上がる体、目の前にはレオポルドの精悍な顔立ち。翠がかった金の瞳。
(お姫様抱っこ!?)
「れ、レオポルド! いいよ、そんなことしなくても。下ろして、重いでしょ?」
「全く」
「でも……」
「この傷は、自分が貴女につけたものだ」
(覚えてるんだ)
「せめて、山を下りるまではこのまま運ばせてくれ」
(うはぁああ……)
許すも何も、夢に見たシチュエーションだ。
「あ、ありがとう」
レオポルドは私を抱いたまま、山道を下る。
(安定感凄い)
布越しに感じるレオポルドのしなやかな筋肉、ぬくもり。しっかりと私の体を包む逞しい腕。芯のぶれないしっかりした足取り。耳元に届く静かで甘く深い声。
(なんだこれ、夢?)
心臓の音がうるさい。顔が熱い。頭が沸騰しそうだ。
私の視線に気づき、時折彼の目が私に向けられる。
視線が合うたびに私の胸はキュッと締め付けられた。
(あぁ、幸せが過ぎる。レオポルドの姫抱っこ! こんなの『けもめん』のイベントでもなかったよ!)
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