第2話 密事は暗がりで〈サイ〉

 その日の夕食は、オートミールとミルク、リンゴまるごと一個。


 ガヤガヤと賑わう食堂に並んだ長テーブル。戦前のショッピングセンターにあったフードコートのショボい版みたいになってる。


 顔見知りを見つけて隣にトレーを置く。



「よお! リク。なかなか会わないよな。今日はどこ行ってた? 俺はイースター駅界隈。大分片付け終わってさ、一部測量始まってる」


「あれ? サイじゃん。俺はシルバリー駅周辺だ。あの辺は更地になるまでまだかかりそう。怪我人も多いし人手が足んなくてさー」


「ふーん、大変だね。俺さ、今日はちょい疲れがたまって調子悪いから食う気あんましないんだわ。もう寝る。よかったらこれ食う? 俺リンゴだけ貰っとく」


「マジ? 大丈夫かよ? 確かに顔色悪いな。ゆっくり休めよ、サイ。じゃ、それ俺が食う。サンキュー!」


 

 俺はリンゴだけ掴むと、目的の箇所へ向かう。


 今日中にも呼び出されんじゃないかってヒヤヒヤしながら過ごしてたけど、無事に済んだ。これなら明日の朝までは、特に問題はなさそうだ。



 外で作業中より、建物内にいる今の方が、俺らへの監視の目はキツくない。むしろ油断してる。ここにいる時は、俺らにも多少の自由はある。



 男子トイレ個室の換気口の中には数個の小瓶、掃除用具入れの扉を開いて中の手前上部には、パクったカッターナイフとマイナスドライバー、作業中拾ったライターをガムテープで張り付けてある。


 俺が隠しておいたアイテムたちを回収しながら自室に戻った。




 俺たちの宿舎は、ミサイルの難を逃れた中学校の建物で、部屋は教室を狭い個室に区切った、ほぼ寝るスペースしかない空間だった。昔ネットで見た貧困ビジネスの貸部屋より狭い。だけど、一人だけになれる空間があるだけマシ。


 幸い俺の部屋は2階窓側。

 

 窓は数センチしか開かないように細工されていたけど、そんなものはとっくに緩めてある。


 だから窓は全開開けられるけど、隣と窓の一部は隣部屋と被ってる。なんたって教室の窓だから。隣部屋のやつは、まだ戻っていないから、今開けても大丈夫。


 一応壁はあれど音は全て筒抜けだから、いるかいないかなんて簡単に察しがつく。


 

 俺は脱出のための荷物を手早くリュックに詰め込んだ。



 こんなに膨らんだリュックサックを持って廊下には出られない。見られたら怪しまれる。


 シーツを裂いてワッカにした紐をリュックの持ち手に通し、窓から下の植え込みの繁みの中めがけて投げ込む。これなら着地地点メチャ失敗したらやり直せる。


 音が響くといけないから、2回目は失敗してもそのままにするつもり。


 一回でまずまずの成功。ワッカの結び目をほどいて紐をたぐって回収。丸めてポケットにねじ込む。今の、誰にも見られてないといいけど。


 よっし。目視では、大丈夫そう。



 廊下に出ると、ここ2Fから半階上に入口がある体育館から、賑やかな声が聞こえる。そこは俺たちのレクリエーションルームになっている。


 夕食後は、俺たちのわずかな癒しの時間だ。



 俺はそっと階段を下る。少し緊張しながら。



 階下は夜は使われないから消灯してる。暗闇に一歩一歩踏み込む俺は、ドキドキして、どこかふわふわしてる。


 自分、おかしな感覚になってる。



 ───あ? 誰か、下にいる?



 ‥‥‥微かなうめき声がしたような? 気のせいか‥‥‥



 うっ! 降りきった階段の裏側スペースに誰かいる!! 


 ここで、慌てたらダメだ。普通に振る舞わないと怪しまれてしまう。



「だ、誰か、いるのですか? 大丈夫ですか? ここから苦しげな声が聞こえたような気がして‥‥‥」 



 暗がりで人のシルエットが二つ蠢いた。


「なっ、誰だ!! こんなところに!」


 ボリュームを押さえられた、だが鋭い非難の響きの低い声。



「えっ、誰って、あの‥‥‥」


 今はヤバい名乗りたくなくて言いよどむ俺。



 カチカチとベルトの金属音が小さく聞こえる。



「ちっ‥‥‥誰にも言うなよ? オマエ!! 顔は覚えたからな!」


 細身の男を後ろに隠しながら、ガタイのいい男が俺の顎を掴み、憎々しげに顔を寄せて睨んだ。


 

 やべ、こいつら、男同士で‥‥‥



 俺と同じ奴隷だった。見たことあるような、ないような顔。


 びっくりして固まる俺を残し、一人は舌打ちを残し、もう一人はそそくさと階段を登って消えて行った。

 


 マジ、ビビったー‥‥‥



 密会の二人が去ると、夜の校舎の1Fは非常誘口導灯しかついていなくて、人もそうそう来ないから静まりかえってる。廊下の奥は不気味だ。


 俺は待ち合わせの1階隅の救護室前の女子トイレに向かってる。救護室は夜は閉まっていて無人になる。



 ───ここだ‥‥‥


 廊下から見るトイレの奥はうす暗い。お化けが出そう。



 こんなところに誰か来る可能性少ないと思うけれど、左右を用心しながらサッと暗闇に飛び込む。だんだん暗さに慣れて来たし、窓からの月明かりもあって、周りはわかる。



 ───!?ッ ヒッ‥‥‥



 一瞬、手洗い場に張り付いてる大きな横長の鏡の中をよぎる自分の姿に、ビクッとしてしまった。マジ心臓が縮んだわ‥‥‥



 約束は一番奥から2番目の個室。


 一番奥は『故障中』の張り紙が張ってあり、閉まってる。



 ──ふうん、だからミキさんが指定したのは、奥から2番目ってことね‥‥‥



 夕方、ここに戻ってすぐ、具合が悪い振りをした。救護室に行って外部医療診察要望書の書き方をミキさんに質問し、その時ミキさんからはメモをこっそり受け取っていた。 



 掃除用具入れの扉を開けると、メモ通り内側に、『故障中』の張り紙が用意されてあったので、それを剥がしての奥から2番目個室扉の表に張り替えてから、内側にサッと籠る。


 電気も灯っていない暗い女子トイレに潜む俺は、まるで変質者さながら。


 それにしても、ここはトイレ用の洗剤?の臭いがヤバいキツい。体に染み付きそうで気持ち悪い。


 伝染病が出ないように、清掃班がやたら消毒しているのかも知れない。



 待つこと、体感で数分。その間に臭いにも慣れて気にならなくなった。



 小さなノックが3ー2ー3回。‥‥来た!



 そっと開けるとミキさんが滑り込んで、さっとカギを閉めた。


 彼女は、小さな懐中電灯をつけて俺に渡した。



 あれっ? ミキさんからふうっと甘い香り。


 俺ら風呂は週1しか入れないし、普段は濡れタオルで拭うだけだから、やっぱ汗臭いけど、女性は違うんだな‥‥‥



 俺は既に上半身は裸になっている。


《すぐに始めましょう》


 挨拶も抜きで、彼女は息でささやいて俺の目を見つめた。






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