第25話 ここがアラモだ

 サン・ミランダは紅蓮に包まれていた。市街で唐突に仕掛けたのはケリーだった。駅前にいたスタンの部下、三人は周囲を警戒していた。そこへ、馬車から飛び降りた瞬間に銃弾を叩き込んでいた。それを皮切りに大通りを挟んで銃撃戦が始まった。ラ・トルメンタは店に隠れてダイナマイトを投げ込み、機関銃が後からやってきて逃げ惑う市民もろとも肉塊にしていった。瀟洒な石畳は夕日よりもなお紅く汚れ、雑貨屋の窓ガラスは砕け散った。

 無論スタンリーの手下たちもただでは終わらなかった。ある程度の場数は踏んでいて、地の利は彼らにあったから、早々に高い位置を取り狙撃を繰り返した。ケリーの手下は次々に頭を撃ち抜かれて絶命し、それでも残った者が撃ち返してぶち殺していった。狂犬だった。

「いやぁ楽しい! こうでないとねえ!」

 街路のど真ん中で、ケリーは歌うように言った。顔には鉈で斬り殺した時に浴びた返り血がついていたが、拭う必要はなかった。マックの皮を被っていたからだった。

 だがさすがに酒を飲むのには鬱陶しかった。彼は仮面を剥いで、瓶のままウイスキーを口に含んだ。つい5分ほど前に略奪してきたものだった。その脇にチャールズが寄っていって、

「ボス、もう少し下がっては」

「心配ない。僕はこのほうが楽しいからな」

 言った先からケリーは見もせずに背後へ銃を向けた。ピースメーカーが火を吹き、物陰でライフルを構えていた男がのけぞって倒れた。ケリーにとってはケーキを切り分けるより簡単なことだった。

「何人残った」ケリーはまた酒を呷る。「日も落ちる。そろそろ潮時だな」

「10人です、ボス」

 ケリーは唸って腕を組み、

「予想以上に遊べているか。そうだな……今回は生かしておいてやろうか。いつもとは少しばかり状況が違うしな」

 ラ・トルメンタが謎の集団であるには理由があった。ひとつには顔を隠して犯罪をするというところ。二つ目には、数の集め方だった。前準備として別の街でならず者を集める。それも三度の飯より人を殺すのが好きな連中ばかりを。彼らを捨て駒として死地へ送り込み、生き残った者も撃ち殺してしまう。死んだ者に罪を着せ、すぐに逃げおおせる。本当の意味でラ・トルメンタと呼べる者は、ケリーとチャールズを含めて5名ほどだった。

 しかし、今回は密造酒の販売ルートという、ここでしか使えない通貨を手に入れていた。もちろんケリー自身はしばらく姿を隠すつもりでいたが、

(誰かに仕事を任せ、ほとぼりがさめた頃に戻ってくるとするか)

 と目論見んでいた。加えてジョーのことも頭にあった。あの女と人脈は、もう少し使えそうだと計算していた。丁寧にやればサン・ミランダの名士という立場を手に入れながら殺し回ることもできる。これだな、とケリーはうなずいて、

「その他、制圧状況は」

「残り3名です」

「まァ悪くはない」ケリーは煙草を咥える。「だがミスター・コールマンは生かしておけ。彼の商売を譲ってもらった後、直々に顔をいただく。趣味の顔じゃないが」

 彼は冗談めかしてウインクをしてみせた。パーティへ女性を誘うかのような仕草は、この場にあまりにも不釣り合いだった。

 行くか、とケリーは煙草を投げ捨て、チャールズを顎で促して歩き出した。路地裏から路地裏へ、勝手知ったる風に身を移していく。もう少しで馬車へ辿り着こうかという時、道行に警官が現れた。二人が大通りの手前に立ち塞がって、ライフルを構えていた。

「どこへ行く気だ」と大柄な警官が誰何した。「銃を捨てろ、クソ野郎」

 ライフルは眉間を狙っていた。ケリーは紳士の微笑を浮かべ、

「今から帰るところさ。まったく、酷い目にあった……」

「動くな! 連行する!」

「まあまあ、落ち着きたまえよ」

 ケリーは薄く笑った。獰猛な光が眼に灯った瞬間、すべてが始まって終わっていた。警官は先に撃ってしまうべきだったのだ。

 銃声はひとつに聞こえた。されど弾丸は二発。警官たちは胸に穴を開け、呻きさえ上げることなくうつ伏せに倒れた。ケリーの銃からは煙が上がっている。ヴァネッサに勝るとも劣らない速度だった。

 彼はチャールズへ振り返って、

「ポリ公に素顔を覚えられるのは不味いからな。チャールズ、お前も気をつけろよ」

「ボス、死体はどうしますか」

「物陰に隠しておけ。そこまで探す余裕はないはずだし、これだけの乱戦だ、バレやしないだろうさ」

 ケリーがあくびを噛み殺しながら馬車へ戻ると、ジョーが飛び出してきて腕にしがみついた。興奮に目の縁が赤らんでいた。

「なんてこと!」ジョーは叫んだ。「みんな殺しちゃったじゃない、スタンの手下からその辺の連中まで」

「いけなかったかい? サン・ミランダのやつらは君の活動をずいぶん馬鹿にしてたようだったから」

 ううん、とジョーは首を横に振った。

「最高だわ! クソ野郎どもはみんな死んだらいいのよ!」

「その通り」ケリーはにっこりと笑ってジョーの頬へキスをした。それだけでジョーは蕩けたような瞳を男に向けていた。

 二人がその先へなだれ込もうとした時、ボス、と呼ぶ声がした。名も覚えていない手下が走ってきて、あえぐように言った。額から血を流し、左腕を押さえていた。

「やられました、ボス。連中が逃げました」

「どいつだ」

「クラリスと賞金稼ぎです」

 ケリーは顎に手を当て、しばらく撫で回していたが、やがて凶暴な笑みがこぼれだした。三日月のようだった。

「ネッサは殺さなかったか。ふん、

 ケリーの頬に赤みが差した。

「やはり僕が直々に行ってやらないと駄目らしいな」

 どういうこと、とジョーが腕の中で訊く。ケリーは目を細めて、

「ネッサは大切だからね。損得で割り切れるものじゃない。唯一無二だ。肉を焼く時と一緒でね、急に強火で焼いてしまっちゃあ面白くない。粘り強く、一番美味く食べられるように下ごしらえをする。結果じゃない。どう殺すか、どう死に向かわせるかということが最も大切なことだ」

 唯一無二、という言葉を聞いて、ジョーの目が陰った。途端に立ち現れた不安にせっつかれ、彼女はケリーの背中へと腕を回しながら訊く。

「何をするつもりなの、ヴァネッサと姉さんはあのままにしておくんじゃないの……」

「まあ、聞くんだ。かわいいネッサは標本と手袋になってもらう、その結論は変わらない。だが過程に少々変更があった。僕はずっと、大切な人を目の前で殺してからいたぶる、これが一番いい声を聞くことができると思っていた」  

 未熟だった、とケリーは嘆いた。

「違うんだ、ジョー。自分の手で殺させてなお、その死骸の前で蹂躙する。最大の後悔が最高の結果をもたらす。いろいろ考えたんだ、僕も。ミッドナイトへのもてなしを越える何かはないだろうか、とね。あの場からただ一人逃げおおせた、特別な“かわいいネッサ”に饗するのは、これがベストだろう」

 ジョーは目を見開いていた。待って、と震える唇が動いた。

「ケリー、まさか姉さんを殺すの……」

「待て待て、ジョー。クラリスを殺すのはかわいいネッサだ。考えてもみたまえ、そうすれば君は財産を全額相続できる、正当に当主ともなる。同時に、故殺に関与していない僕と一緒になることも……」

「聞いてないわ!」ジョーは激しく身を震わせた。「あたしは、そんなことしろなんて言ってない! ただ元に戻るためだって、そのはずじゃない!」

「ジョー、僕のジョー。よく考えてごらん。君はこのままだと何者でもなくなってしまう、クラリス嬢が死ねば、晴れてすべてのものが手に入るんだぞ?」

「姉さんは……それでも姉さんを殺して欲しくなんかない! あたしはただあたしのことも見てくれればよかった、それだけなの!」

「見ているとも、僕が」

「そういうことじゃない! 姉さんは聡明で、人の前であんなにも話ができて、誰でも虜にできて……どこへ行っても『クレアさんは凄いわね』って言われる、自慢の姉なのよ! ヴァネッサだってそう、何が起きても動じなくて、強くて、軽やかで……あたしの知らないことも知ってる、どんな場所だって生き延びてきた。ああ、そうよ! あたしは好きなのよ、あの二人を! だから悔しかったの! あなたにわかる、わからないわよね!」

 ジョーは駆け出そうとした。だがケリーの腕が阻んだ。ジョーの手首を痛いほどの力で掴なんでいた。下手をすると折れそうなほどだった。

 ケリーの目には色がない。感情が宿っていない。平坦な口調で、ジョーに告げる。

「うるさいぞ、女。言うことが聞けないのか」

 ジョーは勇敢にも立ち向かってしまった。睨みつけて振り払い、

「あたしは帰る、そんなのさせない!」

「くだらん」

 火薬の爆ぜる音がした。ジョーは自分の口から間の抜けた音がこぼれるのを聞いた。見下ろしたドレスはドス黒く染まっていた。撃たれた、と緩慢に気づいた。途端に全身から力が抜けて、ジョーは崩れ落ちた。どうして、と唇が形だけを作った。声は届かなかった。最初から届いていなかったのだ。

 意識が急速に薄れていく。ジョーはやっと悟った。ねじ伏せようとする力は何の解決にもならないと語ったクレアを思った。あの男だけは駄目だ、と叫んだヴァネッサの形相を思い出した。ごめん、と最期の声がした。

 涙が光る前に、ずっと闊達さを湛えていた鳶色の瞳は、濁って色を失っていた。

 ケリーは女の死骸を抱きとめていた。冷たくなったそれに、困惑するように眉をしかめた。。驚くべきことに、彼の瞳からは涙が流れ出した。声を上げて泣いていた。

「ああ、ジョー。君がこんな目に遭わなければいけないなんて、なんてことだ!」

 その慟哭には、微塵も罪の意識など存在していなかった。男は心の底から運命を憎みジョーの死を悼んでいた。計画外の殺しはケリーにとって事故のようなものだった。だから彼にとって自分のせいなどではなかったのだ。計画をねじ曲げるすべては、世界が、神が敵対しただけだと本気で信じ込んでいた。

 やがてすすり泣きは止む。通り雨のようなものだった。ケリーは無造作に、ジョーの死体を街路に投げ捨てた。そこへチャールズが馬を寄せてきている。後ろにはラ・トルメンタの残党が轡を並べていた。

 ケリーはうなずき、馬にまたがった。腕を振り上げ、こう叫ぶ。

「さあ行くぞ、野郎共ボーイズ! この狩りを仕上げればゲーム・セットだ!」

 男たちのわめき声と共に、馬が泥を跳ね上げて走り出した。

 やがて喧騒が遠くなる。

 あとにはただ、女の死体だけが打ち捨てられているだけである。

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