第4話 正しいルート選択は?
正体不明の『予言の書』――これを書いた著者は誰なのだろう?
著者、言い換えると、観測者。
観測者Xと私は、元々同じ世界にいたのだろう……綾乃は考えを巡らせる。
私はそこで前世を終え、この世界に落ちた。
しかし観測者Xは、いまだ別階層の視点を持ち、事態を俯瞰し続けている。
神の視点を持つ者。
神がゲームに干渉を始めた今、未来は不確定になっている。
これが吉と出るか、凶と出るか――。
その答えが出るまで、登場人物全員が、Xの手の上で踊り続けることになる。
* * *
綾乃は今後の方針を決めた。
それはこの『予言の書』が本物であるとして、行動すること。
……そう簡単に信じてしまっていいのか?
信じる根拠は十分にある。
姉の階段落ちだけでも、ヤラセが不可能だったことははっきりしている。
そして実はこの『予言の書』には、例の階段落ちのほか、未来の出来事がいくつか記されていた。そしてそれらは結果的にすべて当たっていた。
この本の初めに語られていたけれど、仕組みをぐだぐだ考えたりしても無駄だから、『そういうものだ』と納得するしかない。
そこで重要になるのは何か?
この本は、ここが乙女ゲームの世界だと説いている。
攻略対象者は四名。
――紫野夏樹(しの なつき)
――久我(こが)ヒカル
――深草楓(ふかくさ かえで)
――花園秀行(はなぞの ひでゆき)
現状で、四名中、三名は知っている。このリストの中で知らないのは、最後の花園秀行だけだ。
花園秀行……それはもしかして、先日、階段から落ちた姉を受け止めた、あの人だろうか?
あの男子生徒はとても綺麗な姿形をしていたから、攻略対象者っぽい気はする。
姉の顔を見たあとでひどい態度を取ったので、いくらなんでも性格が悪すぎると思うが、彼のそういった問題点をヒロインが解決するのかも。
綾乃はそのまま『予言の書』を読み進めて、勘違いに気づいた。
あ、いえ――違う。あの人は、花園秀行じゃないみたい。
この本に載っている花園秀行のデータは、『庶民、中等部二年』となっている。つまり綾乃と同じ学年の生徒だ。
姉を助けた例の彼は明らかに上級生――高等部の生徒だったから、あの人は攻略対象者ではないらしい。
あんなに綺麗な容姿で、カリスマ性もあって、問題点含めキャラもハッキリしていて、それでいて攻略対象者じゃないとは……そんなことあるのねと、綾乃は不思議に思った。
――とにかく、この本はすごい。
攻略対象者四名に関する個人情報が詳細に記されている。
ここまで丹念に調べ上げてあると、当の本人よりも詳しいんじゃない? と思ってしまうくらい。……人って意外と、自分のことはよく分かっていなかったりするものね。
ヒロインが選択する行動によって、綾乃の破滅の仕方が変わってくる。
ヒロインの名前は住吉忍(すみよし しのぶ)というらしい。
現時点で面識はない。
とりあえず綾乃にとって一番影響が大きい、『ヒロイン住吉忍が紫野夏樹を選んだ場合』――このケースを頭に叩き込む。
* * *
ヒロインが夏樹を選んだ場合、綾乃は愛する婚約者を失う。
大失恋の大痛手で、綾乃は精神がボロボロになり、学業も手につかず、自暴自棄に陥ると書いてある。
寂しさからロクでもない男に引っかかり、お金を貢ぎまくって、しまいには犯罪に手を染め……ああ、なんてことでしょう。
そしてやっかいなことに、ヒロインが夏樹を『選ばなかった』場合、彼の家が没落するという鬱展開に突入する。
ヒロインの助けで、紫野家は危機を乗り越えるというストーリー展開だから、住吉忍のサポートがなければ、夏樹は人生の障害を乗り越えられない。
* * *
どちらにせよ、詰んでいる。
けれど私は彼を諦めたくない――綾乃は覚悟を決めた。
対策はあとでじっくり練るとしよう。
ああ……頭が重い。『予言の書』を読んでいると、どうしたらいいのか混乱してくる。
ただでさえクリアしなければならないハードルが多いのに、綾乃個人の問題として、一番肝心な、婚約者との関係が現状まったく上手くいっていない。
それに関して記された箇所を、恨みがましく目で追ってしまう。
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ねえ、考えたことがある? どうして彼に疎まれているのかを。
あのさ、猫が好きなのに、猫から嫌われている人っているよね。
あれ、なんでだと思う?
その答えはね――かまいすぎて、鬱陶しがられているからだよ!
好きだからってね、相手の気持ちも考えず、グイグイいけばいいってもんじゃないから。
自分に置き換えて、考えてみて?
嫌いになりかけている相手からさ――グイグイ、グイグイ、押せ押せで来られたら、どうよ? 嫌悪感ばかりが募ってこない?
ここで私からあなたに、素晴らしい格言を与えます。
――押してだめなら、引いてみな。
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グサリと心に刺さった。
ええ、ええ――覚えがあります。私、いつでもどこでも、グイグイ押しちゃっていました……。
彼を前にすると、胸が高鳴り。
顔が蕩けるように緩んでしまって。
彼を見かけるたびに、一目散に駆け寄った。
そして踏み込んではいけない領域に、踏み込んでしまった。
一年ほど前、十三歳の時に起きた出来事だ。
あの日――彼は嫌悪感を瞳に滲ませ、こう言ったのだ。
「これ以上、家族の問題に踏み込んでほしくない。不愉快なんだ。……しばらく距離を置こう」
あれからふたりは、ずっとギクシャクし続けている。
前はあんなに気持ちが通じ合っている気がしたのに。
いいえ、だけど――その感覚さえも、ただの独りよがりだったのかしら。
私はどうしたらいいのだろう……綾乃の胸が痛む。
彼に嫌われて、疎まれて、それでもずっと夏樹のそばにいる気なのだろうか。
手放すことが彼の幸せにつながると分かっていても、執着を手放すことができそうにない。
――せめてもう一度。
出会ったあの日のように、視線を合わせて、優しく微笑んでくれたなら。
そうしたら、思いを断ち切れるかしら。
彼の幸せを心から願えるかしら。
たとえ彼の未来から、私という存在が消え去ってしまうとしても。
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