log03...ガレージでのとある日常について(記録者:MALIA)

【たいきもーど いこう】

 照明がつきました。

 今しがたビームマシンガンでハチの巣にされたのがウソみたいに、コックピット内はピカピカ無傷です。

 まあ、実際、アーテルが大破したあの出来事はわけですが。

 わたしがさっき戦っていたのは、VRトレーニングだったのです。

 この世界ゲーム自体がVRゲームではあるので、VRゲームの中でVRトレーニングをしていた、というとちょっとややこしい話にはなりますが。

 わたしのアーテル・セラフも、HARUTOハルトさんのアルバス・サタンも、実際には一ミリも動いていない、エア戦闘だったわけですね。

 繰り返すようですが、わたしたちが今くらしているこれはVRゲームですので、実戦や日常生活の事故とかで死亡しても、現実のプレイヤーの死とはなりません。アバターは何度でも復活できます。

 ただ、わたしとHARUTOハルトさんは仲間同士です。

 機体を実際に壊して修理費を払う必要も、ことさら痛い思いをしてパイロットが死ぬ理由もありませんので、この方式で戦闘検証をしていたのです。

 

 コックピットの装甲が重々しくスライドします。

 最初は機器や機関を覆う内がわの装甲が、次にそれを保護する外がわの装甲がひらいて、とてつもなく遠大な工場がわたしの視界にひろがりました。

 全長20メートル近い巨大ロボットを何体も格納するのですから、建物が巨大化するのも必然、ということですね。

 コックピットから顔を出すと、乗降用のリフトがあるので、それでアーテルの足元までおります。

 眼下の床には道路が整備されていて、まるで街中のように乗用車が行き来しています。

 スケールが巨大ロボット基準の建物を人が移動するというのも、ちょっとしたひと仕事です。

 リフトが降りると、わたしは改めて振り返り、アーテル・セラフを見上げました。

 まぁ……ここからでは、タンク脚部の巨大キャタピラとカバーにほとんど遮られて全体像が見にくいのですが。

 光沢のある黒をベースに、これもメタリックな深緑のアクセントが入ったカラーリングです。

 なにげに脚以外の部位は、軽量級寄りのしゅっとしたフォルムですね。浮遊フロート形態に変身したあとはレーザーサイズによる近接格闘がメインになるためなのですが、タンク型として見るとアンバランスかもしれません。

 だから、腕の耐荷重の都合で比較的軽めのアサルトライフルとバズーカが限度だった裏事情があります。

 ……“軽めのアサルトライフルとバズーカ”なんて言葉、人間サイズの世界でそうそう口にする機会はなさそうですけど。

 

 さて。

 隣に格納されているアルバス・サタンから、HARUTOハルトさんも降りてきました。

 先ほども申しましたとおり、わたし個人とは二タイトルのゲームを共に戦った仲間であり、常にパーティのリーダーでもありました。

 今回のこのゲームでも、わたしの所属する“チーム”の代表者をつとめておられます。

 どういう方か……というのは、一口では説明しきれないところがあります。

 基本的にクールで真面目なのですが、不意打ちぎみにユーモアや負けずぎらいな一面を発揮したり……うん、やっぱりこれから直接見てもらったほうがはやいです、たぶん。

「まさかの引き分けでしたね」

 最後の最後、撃墜されたあとも諦めずにあのトラップをしかけた戦法が、彼らしいと思いました。

 たかがパイロットがやられただけだ! 的な?

 VR世界ならではのパワーワードですね。

「……地力では君が一歩リードして居る」

 そうそう。ひとつ、彼の目に見えた特徴がありました。

 なにかを発言するたび、独特な沈黙というか間をおくクセがあるみたいなんです。

 もしかしたら、その一瞬の沈黙で、その時その時の最適解を導きだしているのかもしれませんね。

「……初見、タンク脚部にしては割合積載重量に余裕がある装備だった点が引っ掛かっては居たが。ブースタを“ブラフマー製”で妥協したとは聞いて居たから、機動力の為の軽量化を行ったにしては、矛盾を感じた。

 第一形態の時点で、君にしては合理性を欠いた機体構成に見えた。

 何らかの布石であろう事は明白だった」

「あらら。やっぱり、装備からしてあからさまでしたか?」

「……だが、まさかフロートに変形して、問題無く使いこなす所までは予想外だった。悪問も良い所だ」

 ふふっ、と笑みがこぼれてしまいました。

「めずらしく、ほめてくれました?」

「……自分は君を誉められる立場に無い。先程も言ったが、地力では一歩先を行かれて居る。

 ファンタジーゲームでの前衛経験の差だろうな」

 まぁ……さっきのトレーニングだけでも腕が筋肉痛になりそうなありさまでしたが、ファンタジー世界でドラゴンだとか、山のようなデーモンだとか、クトゥルフもので旧支配者を相手にしていたころを思えば、人道的な負荷ではありましたね。

 いえ、ゲーム間でのアバターの持ち越しはできないので、向こうで超マッチョな戦士に育ったとしても、新しくはじめたゲームでは現実準拠のひ弱な女に逆戻りなわけですが。

 ただ、反射神経とか知覚、論理的な経験則などはアバターが変わっても不変のものです。

 そんなわけで、みなさんもVRMMOをプレイする機会があれば、一度は戦士とか剣士をやってみることをおすすめしておきます。

https://kakuyomu.jp/works/16817330652568484264

 こちらの“HEAVEN&EARTH”とかオススメですよ。(ステマ)

 

 さて。

 わたしたちも、機体の足元にとめてあった車に乗って“拠点”に帰ることにします。

 工場から拠点へ、自動車で長時間移動するというのに、建物から一歩もでないというのが、なんか不思議な感じですけど。

 あと、ロボット用の通路やシャッターと、わたしたち人間用のそれが並ぶと、後者がネコ用の扉みたいです。

 小人さんになった気分でもあります。

 もしくは、ズートピアの小動物族とか。

 この“オルタナティブ・コンバット”の世界も基本的にリアル地球をスキャンしてオープンワールドが生成されたのですが、こういう世情から、地上面積のほとんどが工業団地みたいになっているそうです。

 

 さて。

 わたしたちプレイヤーの居住区もかねた“社員エリア”につきました。

 このエリアは街の機能もかねていて、建物から出なくても現実の主要都市レベルの生活水準が約束されています。

 この辺は資源無限のVR世界さまさまですね。

 “テストパイロット”もしくは“開発者”としてちゃんとゲームをプレイしているかぎり、生活に事欠くことはありません。

 テストパイロットというのは、もちろん、わたしやHARUTOハルトさんのような戦闘要員で、開発者というのは――あっ。

 ちょうど、わたしたちのチームの“開発者”が出迎えてくれました。

 長い黒髪の女性――っていうと、わたしもそうなんですが。というか、どういう巡りあわせか、わたしたちのチームの女性陣は全員黒髪ロングなのですが――知的でクールな雰囲気全開な、タイトスカートのスーツ姿がかっこいい女の人です。

「ただいまもどりました、KANONカノンさん」

 わたしがあいさつすると、彼女は、

「ああ、MALIAマリア

 とだけ。

 見た目のイメージどおりに良い声なのですが、口数は結構、かなり、相当少ないほうですね。

「……小休止の後、ブリーフィングを行う」

「解った、HARUTOハルト

 HARUTOハルトさんも物静かなほうなので、わたしたち三人は連れだってブリーフィングルームへと歩きます。淡々と。

 でも、彼女であれば、このゲームの特色や世界設定のことを詳しく教えてくれるはずです。

 たぶん、とても豊富に。

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