世界に溶ける
魔術師ギルベキスタは世界に溶けている。この人物は具現化されたものだ。どちらがギルベキスタの本体だというのは難しい。おそらく、具現化された方に比重が傾いている。
魔術師ベイケも世界に溶けだした。ベイケの魔力がこの地域一帯を覆い、この地域の世界の物質を掌握しようとしている。さっきまでベイケだった人物は今でもかつてのベイケと継続して生きて活動している。
ギルベキスタを倒すには、世界に溶けた魔術師ギルベキスタも倒さなければならないのだろうか。それはベイケにはわからない。
魔術師ギルベキスタの魔力と魔術師ベイケの魔力が競い合っている。
しかし、ベイケは無限制御でギルベキスタを倒すことができなかったことは予想外であった。無限制御こそがベイケが隠し持っていた最後の技だったのだ。
ベイケは無限に暴走した毒魔術を制御してギルベキスタを的確に攻撃した。それでもギルベキスタを倒せなかったことは、かなり厳しい状況だといわざるを得ない。どうする。
もう一度、初めからやってみるか。
ベイケは考えなおした。
世界に溶けた魔力を残したまま、ベイケは毒魔術を解除する。
そして、少し呼吸を整えて休憩した。
ギルベキスタはそれを落ち着いて眺めていて、慌てて襲ってくる様子はない。
「暴走」
ベイケがいう。
ベイケの魔力が暴走して氾濫を始め、ギルベキスタを次々と毒魔術で襲う。
ベイケの傷は毒栄養でほぼ完全に回復している。
「暴走制御」
ベイケが暴走した毒魔術を制御して、高精度でギルベキスタを攻撃する。ギルベキスタはそれをしのぎきる。
「無限暴走」
ここからだ。ここからをもう一度、やり直さなくてはならない。
ベイケの魔力が際限なく暴走して、世界すべてで毒魔術が暴れまわる。
この無限に暴走した毒魔術でギルベキスタを仕留めなくてはならない。
ギルベキスタは無限暴走する毒魔術を中和しながら雷撃で攻撃してくる。
「無限制御」
ベイケは無限に暴走した魔力を掌握して制御して、高精度でギルベキスタを攻撃する。
さっき、ギルベキスタを追い詰めたベイケの最強技である。
ここまで大規模な魔術を使わなければギルベキスタに致命傷を与えることはできない。
ギルベキスタは、無限制御をさっきより上手に打ち消そうとする。
ベイケは焦る。
もう対抗策を考えてきたのかよ。
周囲の時空が奇妙に歪んでいる。
二人の戦いに時空が持たないのだ。
ここがギルベキスタの住んでいる魔術の家でなければ、建物がただですまなかったかもしれない。また、観戦している者たちも、ここが魔術の家でなければただではすまなかったかもしれない。
世界級の魔術師同士の戦いだ。めったにあるものではない。しかし、世界級の魔術師も時に意見を異にして、争うことはある。
ベイケは無限に暴走した魔力を制御できずに、自分が何を考えているのかわからなくなってきた。まずい。意識を持っていかれそうだ。
これはまずい。
「発狂」
ベイケは無限制御を掌握するのに知力の限界まで使い、自分で考えていることを理解できなくなって、とうとう発狂した。
ベイケは泡を吹き始めた。
しかし、追い詰められたのはギルベキスタだ。
発狂したベイケの毒魔術がギルベキスタの掌握できない物質の動きとなり、ギルベキスタの理解できない物質の動きとなり、ギルベキスタの体に攻撃を与えていった。
発狂したベイケは危険だ。ギルベキスタはすぐにそう気付いた。
ベイケは混乱した考えの中で、必死にギルベキスタを認識して、意思が途絶えないように集中しようとしている。しかし、それがうまくできない。ベイケは発狂したのだ。ベイケの人格が壊れてしまった。
一代で世界級の魔術師に挑むのはそれくらいに困難であることは予想で来ていたはずなのに。ベイケの精神は崩壊した。ごくわずかな意思を残して。
ギルベキスタの体に次々と毒魔術が命中していく。ギルベキスタは無限暴走した毒魔術の攻撃を何発もくらってしまい、かなり、大きな傷を負ってしまった。もう千年以上経験していない苦戦を強いられていた。
無限暴走したベイケの魔力が発狂した意思によって攻撃を叩きこんでいく。ギルベキスタは押され始めている。
観戦していたものたちは、その戦いに目を奪われていた。ギルベキスタが押されている。まだ若造の青年の魔術師に。
この戦いは、確かにギルベキスタが圧勝したというような戦いではなかったといわざるを得ない。五人の世界魔術師たちは、ベイケとギルベキスタの戦いが良い戦いになることは予測できていたが、ギルベキスタが負けると予測しているものはいなかった。
ミシアやノアミーやウォブルは、ベイケが勝つとは本心ではまったく思っていなかった。ベイケが世界魔術師に勝つのだろうか。
だが、このままで、ベイケは勝てるのか。無限暴走した毒魔術により、世界級の魔術師になったばかりのベイケは、すぐに負けてしまうのだろうか。
今、ベイケは発狂している。あまりにも一度に増えた認識対象の数を受け入れられず、発狂しているのだ。
しかし、ベイケの毒魔術は、ギルベキスタの雷撃より数多く発動して、ギルベキスタに次々と攻撃を叩きこんでいる。
ギルベキスタが高速雷撃でベイケを攻撃しようとした一瞬だった。
「発狂制御」
ベイケが発狂していた自分の意識を制御した。発狂の間にわずかに続いていたベイケの意思が発狂した思考を制圧したのだ。
発狂して、暴走制御されて、無限暴走して、攻撃していたベイケの毒魔術が今だかつてない精度でギルベキスタを攻撃した。
それは、ギルベキスタに対する急所を突いた強力な一撃だった。今までの攻撃の中でも、極めて練り上げられた一撃だった。
ギルベキスタが発狂制御の一撃をくらって倒れ伏した。
勝った。ベイケが勝ったのだ。
ギルベキスタはもう動けない。
世界魔術師ギルベキスタが敗北した。
4000歳の魔術師が負けた。
3000年前に教会を滅ぼした魔術師が負けた。
この地域の世界を掌握していた魔術師が負けた。
発狂制御によって、ベイケの意識は再び、明確に覚醒している。
ベイケは今、起きている出来事を理解している。
観戦していた四人の世界魔術師はおおいにこの戦いを楽しんだようだ。
「まさか、ギルベキスタが負けるところを見ることができるとはね」
魔術師グルダヤがいう。
「ベイケ、大丈夫か」
と三人が厳しい戦いを戦い抜いたベイケの体を抱きかかえに行く。
ベイケは、毒栄養で最も快調な状態を維持していたので、平気だった。
「大丈夫だ。心配はいらない」
ベイケはそういって、体を支えられることを断った。
「きみはなかなか見所があるなあ」
ミシアがいった。
「まあな」
ベイケが答える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます