小屋の中

 さあ、赤い番犬の小屋に入ろう。中がどうなっているのか。

 この小屋は誰が利用していたのだろう。

 あの赤い番犬は何を守っていたのか。


 そして、小屋の中に入ったベイケたちが見たものとは。


 それは一体の魔族だった。

 青い体にだいだい色の長髪、貴族じみた衣装を着ている。

 周囲にものすごく強い魔力を放っている。

 魔力の滞留がすごそうだ。

 そして、槍を持っている。


 魔族とは、人類とは種を別にする人型の種族であり、個体としての強さは人類より遥かに強い。別種なため、魔族は人類に厳しく、そのため、魔なる一族、つまり魔族と人類には呼ばれていた。魔族は個体の魔力が極めて強く、人類を圧倒する。

 魔族についてはベイケの知らないところであるので、はっきりとしたところはわからないが、人類より強いはずの魔族にとって、人類の中から世界魔術師が数人現れたことから、人類の中の世界魔術師だけは魔族より強い魔術師であるとされた。魔族はそのことにとても屈辱を感じており、魔族の中から世界魔術師が出てくることを期待していた。

 教会が滅亡する前、教会は魔族を人類の敵だと教えていた。

 まさか、この小屋に魔族が棲んでいるとは。

 魔族はベイケたちの小屋への侵入を快く思っていないようだ。これは危険だ。槍を持ち、戦いの準備をしている。

「人類よ、私の番犬を倒して、どういうつもりだ」

 怒っている。魔族は赤い番犬を倒されたことを怒っているぞ。

 ベイケは考えた。魔族という人類より魔力の強い個体。それは、世界魔術師になるために何か関係があるのだろうか。

「人類よ、我々は種族の全力でギルベキスタを倒そうとしている。その時は、ギルベキスタのしもべであるおまえたちもただではすまさないぞ」

 魔族はいう。魔族が四人を順番ににらんでいく。その視線は怖い。視線自体に魔力があるんじゃないかと思えるくらいだ。

「奇遇だな。実は、おれは人類の一人としてギルベキスタを倒そうと考えていたんだ」

 ベイケがいった。魔族はのけぞった。魔族の種族全体で挑もうとしているギルベキスタに、人類の若者がたったひとりで挑もうというのか。それは、それは、とても魔族には耐えられない屈辱だ。

「正気か。ギルベキスタは世界を掌握している。いまのことばはギルベキスタも聞いているのだぞ」

 魔族がベイケをにらむ。ベイケはにらみ返す。ベイケも魔族も、この会話を聞いたギルベキスタがどう思うかを想像する。ギルベキスタの機嫌に触れれば、この場で体が消滅してもおかしくはない。

 しかし、ベイケは考えた。ギルベキスタは音声だけでなく、精神も、世界全体として掌握している。ギルベキスタへの反逆行為は、考えただけでギルベキスタにわかってしまう。心の中で考えるか、声に出していうのかのちがいは、ギルベキスタに対してはあまり意味がないのだ。そのことがこの魔族には理解できていないように思われた。それとも、魔族の心の中は、ギルベキスタでも読み取ることができないのだろうか。

「ならば、ギルベキスタと戦う前に、まずは人類のこわっぱを蹴散らかさなければならないようだな」

 魔族はそういって、拳を握りしめた。

 魔族との戦いだ。本気でやらないと勝ち目はない。

 まさか、赤い番犬の小屋にこんな魔族が棲んでいるとは。

 全力で戦うしかない。


 魔族は火炎魔術を使って、四人を燃やそうとしてきた。ベイケが先制攻撃をして毒魔術で魔族を襲う。魔族が先に毒魔術をくらう。しかし、その後で襲ってきた炎をベイケもかわしきれなかった。ベイケの肌が燃えてただれる。他の三人の肌も燃えてただれる。

 ノアミーが半ば無意識で契約魔術で回復する。四人の傷と痛みが治る。おそらくギルベキスタでない世界魔術師の魔力を利用した回復魔術。

 魔族の動きは速い。四人を秒殺で殺しに来ている。槍でウォブルを突く。ウォブルは体を重力操作して調整してかわす。

 ミシアが杖の斬撃(物理魔術)を十連撃して魔族を斬る。

 ウォブルが魔力をためる。

 ベイケは久しぶりにくらった攻撃に反省する考えが頭をよぎりながら、自分の攻撃方法を考える。毒魔術で攻撃するだけで勝てるか。魔族の火炎魔術はかなり危険だ。あまく考えてはいけない。

 慎重に間合いを測れる余裕はない。

「今からスゴイのやるから。この小屋、ぶっ壊れるから、落ちてくる屋根に気を付けてくれよ」

 ベイケはそういうと、大きく宣言した。三人はそういわれても何をどう気を付ければよいのかわからなかった。魔族は、その自信ある宣言に興味を持った。

「召喚・異端魔術師ダイツア」

 そこにいた誰もが驚愕した。三人の仲間も驚愕したし、戦っていた相手の魔族も驚愕した。魔術師ダイツアはこの地域より少し東へ行った地域の世界魔術師だ。ギルベキスタと同様にその地域の世界を掌握している。まさか、世界魔術師ダイツアを召喚できる魔術師がこんなところに居たとは。

 召喚できるということは、ベイケは魔術師ダイツアを知っているのだろう。ベイケは自分の個人魔術でダイツアを召喚した。ベイケの魔力が東方のダイツアのところにまで届いた証拠である。ベイケだって、ギルベキスタの魔力を仲介してダイツアを召喚するのはあまりにも怖い。

 魔術師ダイツアが姿を現した。緋色の衣装に身を包んだ魅力ある長身の魔術師だ。世界を掌握するほどに強い魔力を持つに至ったただの人類の一人であるはずである。いったい何年前から生きているのかわからない。魔術師ギルベキスタとの好き嫌いもわからない。

 魔術師ダイツアは、召喚され、姿を現すと、周囲の状況を把握するために領域を探知した。その探知によって、ベイケも他の三人も魔族も行動を抑制させられ、自由な身動きはできなくなった。

「我を召喚したのはおまえか。軽々しい召喚が我の機嫌を損ねることを気付かなかったとはいわせないぞ。なぜ、我が汝に代わり、その敵を倒さなければならないのか、その理由を述べよ」

 魔術師ダイツアはいった。硬質な声が響き渡る。この地域を掌握しているギルベキスタは、この地にダイツアが出現したことは、縄張りを荒らされたと考えるだろう。世界魔術師たちの縄張り争いに直接関わるのはとても危険だ。

「ただ、ただ、おれの異端の研究のためにこの魔族を倒したい」

 ベイケは魔術師ダイツアに宣言した。

「どんな研究だ」

「毒魔術による時空浸食」

 魔術師ダイツアはその答えを認めた。

 魔族はダイツアを前にして醜態をさらすような軟弱ものではなかったが、ダイツアを相手に戦うことになったことに、急激な戦局の転換を考えずにはいられなかった。四人のこわっぱを倒すには魔族ひとりで充分だが、魔術師ダイツアと戦うなら、魔族全体が力を合わせる必要がある。

「魔族よ、ギルベキスタの領域を侵食するのに、人類の若者に遅れをとった見せしめとしてその屍をさらしてやろう」

 世界魔術師を相手にして、魔族に勝ち目はない。

 魔術師ダイツアの放った氷撃によって、小屋に居た魔族は凍りついた。魔族の体は氷漬けとなって壊れた小屋の中に立ったまま残った。

 魔術師ダイツアはすぐに姿を消し、ベイケは緊張で顔に汗が流れた。

 勝利だ。

 赤い番犬の小屋で魔族に勝利した。

「すげえ戦いだったなあ」

 ウォブルがいう。

 ベイケとダイツアの関係が三人はとても気になったが、ベイケはノアミーが契約している世界魔術師がダイツアなのかどうかを聞いた。もし、そうなら、ノアミーにとってものすごく危険なことをしてしまったかもしれない。

 ミシアとウォブルはギルベキスタと契約している。ベイケはギルベキスタを主契約者としているが、ダイツアを召喚できる。

「いや、わたしが契約しているのは魔術師アギリジアだ」

 とノアミーは答えた。

 四人はその後、宿屋に一泊して、夜をすごした。

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