赤い番犬退治

 赤い番犬は、遠い森の小屋にいる。

 その小屋には誰か住んでいたようなのだが、大きな赤い番犬が邪魔して通ることができない。

 赤い番犬は意地でも誰も通さないつもりのようで、小屋に入ろうする者たちを一人残らず食いちぎってしまう。多くの戦士が赤い番犬を退治しようと試みたが、誰一人、赤い番犬を倒すことはできなかった。だから、誰もこの小屋の中の住人に会うことはできなかった。赤い番犬の話は噂になり、腕試しにふさわしい怪物だと話題にされた。誰がいちばん最初に赤い番犬を倒すのか。勝負を挑むものたちはみんな威勢がよかったが、実際に退治に行くものはそのうちのわずかしかおらず、そして、退治に行ったものたちの誰ひとりとして赤い番犬を倒すことはできなかった。

 そこをベイケたち四人は狙ったのである。

 赤い番犬はただの犬ではなく、魔犬の血統を継いでいる。人には倒すことの困難な怪物である。どんなに鍛え上げた剣を持って、鍛え上げた腕で赤い番犬を斬り倒そうとしても倒すことの困難な怪物なのである。これを倒すことは並大抵の技ではうまくいかない。

 大人でも倒すことのできない赤い番犬を狙いに定めたことにベイケたち四人の中で異論はなかった。みんなそれぞれだいそれた夢を持つもの。大人が倒せないからといって、それを不可能だと考えるような世界観は持っていなかった。四人は大人たちが倒せないと評判の赤い番犬を倒すことを面白い挑戦だと考えていた。命知らずな連中である。


 遠い森には幽霊が棲み、人の身体に干渉して傷を付ける。赤い番犬の小屋にたどりつくために、四人はまずは幽霊を大量に倒さなくてはならなかった。

 この森の幽霊は、向こうがこちらを触れるように、こちらの実体の武器で攻撃するとちゃんと当たる。

 そして、魔術も当たる。

 幽霊が、

「ひょろろろろろ」

 と襲いかかってくるので、どりゃりゃりゃりゃと攻撃を当てていく。幽霊はふらふらと揺らめいて、真っすぐには進まない。中空にただよって、ベイケたちを攻撃しては反撃をかわすのをくり返そうとする。そんな幽霊が何十体もいる。これは赤い番犬の小屋にたどりつくのはたいへんだ。ひょっとしたら、赤い番犬が倒されないのは、赤い番犬が強いからではなく、そこにたどりつくまでの遠い森の幽霊が強いからなのかもしれない。ベイケはそんなことを考えながら、毒魔術で幽霊を少しずつ倒していった。

 幽霊の攻撃に先んじて毒魔術で攻撃して、一体倒したかと思ったら、次の幽霊が襲ってくる。それを倒してもまた次の幽霊が襲ってくる。これはたいへんだ。まだ無傷のベイケだったが、油断すると一撃をくらいかねない。ベイケの攻撃先取りはかなり高度な技で、因果の流れと時間干渉技術を利用して、自分に襲ってくる攻撃に常に反撃ではなく先制攻撃を行う。この時間干渉技術は魔術的なものではなく、身体能力的なものである。使っているベイケにもこの技の原理は理解が難しい。己自身を知れといわれても、術者は己の術知らずである。

 それを見ている他の三人は、ベイケがすいすいと動いて幽霊に常に先制攻撃していくのを驚きの目で見ている。この四人の中でベイケがいちばん速い。そして、行動が的確だ。


 ズサッと杖の斬撃(物理魔術)で幽霊を倒したミシアは、「この辺りの世界が魔術師ギルベキスタによって物質と精神を支配されているなら、ミシアの身体と精神も支配されているし、この幽霊たちも支配されているということになるなあ」と考えながら戦っていた。

 「がんばって救世主になろうとしていたけど、これはそれを成し遂げるのは相当に難しいことになるぞ。大丈夫か、わたし。」とミシアは思った。


 ミシアがベイケを見ると、ちょうど、幽霊を一体やっつけているところだった。毒魔術で先制攻撃して倒している。

 ベイケは、「攻撃先取り」という技を習得していて、自分に向かって攻撃してくるどの攻撃よりも先に敵を攻撃できる。だから、ベイケは本気を出すと、百回戦っても、百回すべてで先制攻撃をして敵を倒すことができる。そのように、自分の周囲の魔力を練り上げているのである。

 ノアミーもウォブルも適度よく幽霊を倒していた。常に先制攻撃をして無傷のベイケに対して、他の三人はいくつか幽霊からの攻撃をくらい、ノアミーの回復魔術で治療していた。

 何十体の幽霊を倒したのだろうか。四人が必死に森の中を進むと、木が切り倒されていて、開けた土地があった。

 そうだ。赤い番犬の小屋に着いたのだ。


 赤い番犬は体長が2メートルはあり、デカい。口を開くと頭ごと噛みつかれてしまいそうだ。恐ろしい敵だ。

「番犬っていうのに、鎖につながれていないね」

 ミシアがいう。

 赤い番犬の近くに木の杭があり、そこに大きな鎖がついているが、赤い番犬はその鎖から解き放たれていて、自由に動けるようだ。かつて鎖につながれていたのだろうが、とうの昔に自分を拘束する鎖から抜け出したのだろう。鎖の先端がつぶれているのを見ると、ひょっとしたら、赤い番犬は鎖をかみつぶしたのかもしれないとミシアは思った。

「ううっ、ううううっ」

 赤い番犬がうなる。赤い番犬は鎖から解き放たれても、小屋を守っている。小屋の中には何があるのだろう。赤い番犬は小屋に近付いた四人を快く思っていないようだ。今にも襲いかかってきそうである。

 そして、赤い番犬との戦いが始まった。

 ベイケが毒魔術で攻撃し、ミシアが杖の斬撃(物理魔術)で斬りつけ、ノアミーは仲間に回復魔術を使い、ウォブルが重力操作でつぶした。


 赤い番犬がウォブルにかみついて傷をつけた。ミシアもやられる。それをノアミーが回復魔術で治療する。この戦いでノアミーは初めて、回復魔術を契約魔術で使用した。以前説明した通り、魔術には個人魔術と契約魔術があり、個人魔術は術者の個人の魔力で発動するものであり、契約魔術は契約先の世界魔術師の魔力を仲介して威力を増幅させて使う魔術である。四人とも、個人魔術より契約魔術の方が強い。赤い番犬退治では、契約魔術を使う必要があるようだ。そうでなければ、赤い番犬を倒すことは困難であるように思えた。

 ベイケは思った。仲間の三人が使う契約魔術の契約先である。ノアミーの回復魔術には、違和感がある。ひょっとしたら、ノアミーの回復の契約魔術は、ギルベキスタとの契約ではなく、それとは異なる世界魔術師との契約ではないかと推理した。

 たった四人の仲間なのに、使う魔術の主が異なる。世界魔術師の秘密をベイケが解明するのはかなり困難なことになりそうだと、心が折れそうになる気持ちも浮かび上がってきた。しかし、目的を目指すのは良いことだと、ベイケは自分の心をふるい立たせた。


 赤い番犬は強かった。何度、攻撃しても、ひるむことも逃げることもなく襲いかかってくる。ベイケは自分が攻撃を受けることを極度に警戒しているのだろうか。攻撃を一撃もくらわないように動く。恐ろしい戦術眼だ。

 ベイケが契約魔術でギルベキスタの魔力を利用して毒魔術を使い、赤い番犬を攻撃する。どっぺりと相当に濃度の濃い毒が赤い番犬を襲う。

 赤い番犬がベイケにかみつこうとするが、ベイケは不思議な体術でそれをかわす。

 そして、ミシアが杖の斬撃(物理魔術)を十連撃して、赤い番犬を攻撃する。赤い番犬は体が切り裂かれているはずなのに、まだ動く。足を狙うべきだろうか。しかし、全力で走る赤い番犬の速さに対応するには、正面から斬りつけた方が狙いが当たりやすい。赤い番犬も簡単に足を攻撃させはしない。ミシアは焦る。

 ウォブルが重力操作で赤い番犬をつぶす。

「きみは相変わらず、剣を使わないんだなあ」

 ミシアがいうと、

「魔術で戦った方が強いんだって」

 ウォブルはそう答える。

「しかたない。ここはわたしが本気を出そう」

 ミシアはそういうと、契約魔術でギルベキスタの魔力を利用して、杖を全力で大振りして、特大の斬撃(物理魔術)で赤い番犬をぶった斬った。

 ミシアの攻撃は、赤い番犬の胴体を確実にとらえていた。素早く走りまわり、攻撃をそう簡単に当てさせない赤い番犬の動きを見極め、ミシアは杖の大振りを調整して赤い番犬の胴体を外さなかった。ミシアは赤い番犬の胴体をぶった斬った。

 赤い番犬は、傷口から赤い血を流して息絶えた。

「ミシアの本気が見れたぜえ」

 ベイケが笑った。

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