老いた教師は何を教えたいか

 武器屋のイエニックは、赤い番犬の素材をとても嬉しそうに買い取った。装備の開発計画がはかどるそうだ。

 もし、ベイケが魔術師ギルベキスタを倒して素材を持ってきたら、いったいどれだけ驚くのだろう。


 学校では、相変わらず、この世界に魔術は存在しないという授業を行っていた。魔術はまちがった古代の知識で、それが現代で有効に利用されることはないと教師たちは教えた。

 魔術師を選択した四人以外、その学年の生徒は誰一人魔術の存在しない世界で生きているのだ。それでは、真実が伝わらないのは仕方ない。これは意図されたものだ。なぜなら、四人の魔術師選択者が魔術を使うことができて、魔術を使うものたちを見たことがあるのだから、それはまちがいのないことである。

 さらに、赤い番犬の小屋では、ここより少し遠い地域の世界魔術師ダイツアを四人は直接目にしたのだから、魔術があるかないかの論争の結論ははっきりしていた。

 四人にとっては、魔術は実在するものであり、それ以外の生徒にとっては実在しないものなのである。


 講堂では、また老齢のエンドラルドが無意味な授業をしていた。

 四人は出席してはいたものの、ほとんどエンドラルドの授業を聞いてはいなかった。

「魔術は古代の誤謬。

 これからの人生で魔術が役に立つことはない。

 きみたち四人は特に出来の悪い生徒だから、早く魔術が存在しないことを理解して、無事、この学校を卒業してほしい。」

 老齢のエンドラルドはそういう。

「しかし、しかしですよ、先生。魔術師ギルベキスタ、これは正統魔術の魔力源ですが、それが今の我々の会話すら自由に聞くことができて、そのくらいにこの地域を掌握している。魔術師ギルベキスタだって、4000年前はおれと変わらない普通の人だったんですよね。ならば、人類があきらめるのは早いんじゃないですか。きっと隙がありますよ、魔術師ギルベキスタにだって」

 ベイケは熱く意見を述べた。

「きみのいう魔術師ギルベキスタの人類の掌握度に勝つのは不可能だ。我々は、魔術師ギルベキスタに頼らない。他のどの世界魔術師にも頼らない。そんな技術を築いていく。それが我々のするべきことなんじゃないかなあ、ベイケ君」

 老齢のエンドラルドはベイケの熱論に乗って来ない。


「もし、それでも、世界を危険にさらしてでも、魔術師ギルベキスタに挑みたいというのなら、せめてもの実戦の練習相手に、この老齢のエンドラルドが立ちあおう。わしは強いぞ、ベイケ君」

 その申し出が面白くてベイケは笑いが出てしまった。いけない。これから真剣勝負をするのだ。

「先生も変わった人だ」

 ベイケはいった。

 やはり、この老教師は、知ったうえで、国家の大方針に従うために魔術師を減少させる指導をしていたのだ。


「わしの特技は雷撃だよ。魔力耐性のない者は一撃で気絶する」

 エンドラルドとベイケの勝負が始まった。エンドラルドの髪が怒髪天を突き、エンドラルドの胸筋がふくれあがって服が破れかかった。エンドラルドがムキムキの怪人になる。ベイケの疑問は本当にエンドラルド先生が魔術師なのかどうかだ。エンドラルドは授業でずっと魔術の存在を否定していて、自分で魔術を使ったことは一度もなかった。もちろん、教え子たちに魔術を使うように指導したことも一度もなかった。エンドラルドが魔術を使えるというなら、今までそれを否定しつづけてきたことにベイケは驚きを感じてしまう。

 「攻撃先取り」の技を持つベイケは、エンドラルドの雷撃より速く先制攻撃を行い、毒魔術を食らわせる。毒魔術がエンドラルドの全身を襲い、ベイケが想定するには、常人なら一撃で立ってはいられない。しかし、ベイケの毒魔術をくらって、エンドラルドは倒れない。エンドラルドはさっき放とうとしていた雷撃を中断させられて、魔術を放てない。エンドラルドがいうには、一撃でもくらえば立っていられない雷撃をである。ベイケはそんなものくらいたくはない。ベイケは一撃もくらわずにエンドラルドを倒す作戦に出ている。観客の三人は面白そうに見ている。どっちが勝つと思っているのだろうか。三人とも、どうか、魔術師ダイツアを召喚するのはやめてくれとそれは強く願っていた。あまり頻繁にダイツアを召喚すると、ダイツアの怒りでベイケたちが滅ぼされかねない。

 ミシアは、ベイケとエンドラルドのどちらが強いかを年齢で判断するほど愚かではなかった。ミシアはベイケとエンドラルドの魔力を比較する。ミシアの読みでは、魔力の強さはエンドラルドが勝っている。だから、おそらくエンドラルドが勝つだろうと考えていた。

 占い師のノアミーは、誕生日が幸運の日であるベイケが勝つと予想している。誕生日が不運の日のエンドラルドは負けるだろうと思っている。

 孤児のウォブルの読みは冷静で深い。ウォブルの観察では、ベイケの強さは計り知れない。例え、魔術師ダイツアを召喚しなくてもだ。だから、ウォブルもベイケが勝つと思っていた。

 エンドラルドはその後、八回連続で先制攻撃を受け、一度も自分の雷撃を放つことができなかった。エンドラルドは、自分の教え子がここまで強いことに嬉しい驚きを感じた。

 しかし、エンドラルドは「魔の霧」を発生させ、ベイケの「攻撃先取り」の魔力構造をかく乱させた。ベイケの攻撃先取りは、敵味方の身体を毒物で把握して介入している。その仕組みがわかるものはまずいない。エンドラルドもわからなかった。しかし、エンドラルドは、怪しい場所を散らかせば状況が変わるだろうという当てはあった。それを試しに行うくらいには強かった。「魔の霧」によって「攻撃先取り」が切り崩された。

 まずい。さすがに先生だというだけのことはある。ベイケは攻撃を食らうことになりそうで心が冷えた。

 ベイケはもちろん自分が勝つと思っていた。しかし、エンドラルドの雷撃は一撃くらうだけでも気絶しそうなくらい強い。一撃でもくらうのはまずい。

「くらえ、わしの全力じゃあ」

 エンドラルドの両手の周囲からバリバリバリと強烈な雷撃が走り、ベイケを直撃した。やはり、まずい。

 ベイケは、気絶はしなかった。気絶はしなかったものの、雷撃で体中の細胞が痛みつけられたのを感じる。いくら先生相手だといっても、一対一で負けるわけにはいかない。八回も毒魔術を使っておきながら、エンドラルド先生に決定的な一撃をくらわせることができなかったのがいけなかったのだ。八回の毒魔術のうちのいくつかは契約魔術によりギルベキスタの魔力を利用して放っていた。しかし、それでもエンドラルドは耐えきった。エンドラルド先生の魔力耐性の強さをあまく見ていた。魔術師選択の教師が一般人よりちょっと強い程度の魔力耐性のわけがなかったのだ。いつでも勝負は限界を超えるくらいの一撃を使わなければならないのだ。ベイケは戦いの判断を塗り替える。

 相手にとって不足なし。この教師、全力で自分の実力を試す価値がある。ベイケはそう判断した。

 あれをやるしかねえ。ベイケは頭の中で考えておいた秘策を使うべきかどうか考えた。失敗したら危険だ。ここで魔術師ダイツアの召喚はない。あくまでも自分の個人魔術と契約魔術で戦わなければならない。契約魔術を使うたびにギルベキスタはベイケが魔力を利用したことを識別しているはずだ。ギルベキスタはこの勝負にも介入している。

 そして、ベイケの秘策が発動した。

「暴走!」

 ベイケの魔力が暴走して毒魔術により発出してエンドラルドに襲いかかった。

「これに耐えられるかなあ、先生。意識が持っていかれそうだ」

 ベイケは自分の魔力を暴走させたため、意識が途絶えかけていた。

 ベイケが無意識に乗っ取られ、わずかな意識しか確認できない。

 これは下手をすると、自分の放った魔術によって自分が死んでしまいそうだ。

 かなり危険な技だ。暴走でエンドラルドに勝てるか。

 一方、全力で雷撃を放っていたエンドラルドは必至にベイケの毒魔術に対処していた。

 だが、対処が間に合わない。

 さらに、

「暴走制御!」

 ベイケは意識をしっかり保ち、みずからの暴走した魔力を掌握して使いこなした。

 その毒魔術を食らって、エンドラルドは倒れた。

 勝った。ベイケが勝ったのだ。

 ずっと魔術を否定していたエンドラルドは、ちゃんと魔術が使えた。しかも、相当な凄腕だった。それが四人にとって、とても大事な世界に対する手がかりだった。

 大人はどれだけ嘘をついているんだ。

 この世界はいったいどうやってできているんだろう。

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