【奈多野 羽華編】一第三話一
夕食を食べ終わった後、夕日、玲奈、羽華は、それぞれ好きな時間を過ごしていた。 三人の中で消灯時間などは、決まっていない。 ただ、あまり夜更かしすると授業や部活動に影響が出るので、二十三時を回ったら寝るようにとは言ってあった。
「んー!今日は疲れたー…」
「そうだね。 結構お買い物で、体力使っちゃったもんね」
玲奈と羽華は、歯磨きを終えて、部屋へと戻ってきた。玲奈は電気を豆電球にして、暗くすると、布団の中に潜りながら、話を続けた。
「…まさか…夕日お兄ちゃんが泣くなんて、思わなかったわ…」
「…うん。初めて見たかも…」
「あたしもよ。 ねえ?なんで、泣いたと思う?」
「うーん…なんでだろう…? 夕日お兄ちゃんのお母さんが…作ってくれたのを思い出したからかなぁ?」
「……そうかもね。 あたしも…お母さんに、大好きなものを作って食べたら…泣いちゃうかもなぁ…」
「ごめん。私、余計なこと言っちゃったね…」
豆電球に照らされた玲奈の顔が泣きそうになっていたのを見て、羽華は慌てて、謝った。 玲奈は、少しだけこちらを見たが、すぐに天井に視線を戻すと言った。
「謝らなくていいって。あたしが勝手に言っただけだし」
「……そっか…」
「はい。この話はもう終わり!おやすみ!」
「…おやすみ…玲奈ちゃん…」
唐突に眠気が襲ってきた玲奈は、話を早々に断ち切ると、羽華に背中を向けた。 羽華も玲奈に背中を向けて、目を閉じた。
そして、心の中で願った。
――今日も、良い夢が見られますように。
段々と、羽華の意識は、深い眠りへと落ちていったのであった。
***
チリンチリン…
「…ん…?」
橙色の鈴の音で羽華は目を覚ました。 羽華が寝ていた場所は……アパートの自室ではなかった。
「え…?あれ…? ここって…学校…?」
周りをよく見渡すと、そこは羽華の教室だった。しかし、教室内は異様な空気に包まれていた。 教室には羽華の他に人の気配は感じられず、電気もついていない。外も夜のように暗く、太陽の気配など、全く感じなかった。 寝ぼけていた頭が自分に起こっていることが、異常事態だと認めた瞬間――羽華は立ち上がると、窓へと手をかけ、開けようとしたのだが。
「くっ…!あ、開かない…!」
(じゃあ、扉は…!)
羽華は、教室の扉へと向かった。やはり、扉も開かなかった。
「ど、どうしよう…!どうしたらいいの…!? だ、誰か!!助けて!!」
嫌な想像が、羽華の中で渦巻いていく。混乱状態に陥った彼女は、扉の外に大声で問いかけた時だった。
窓いっぱいに《何か》の顔が、映り込んだ。
「きゃあああ!!」
(なに?お化け…なの…?)
よく見ると、それは、紙が何枚も折り重なっていた。紙の所々には絵具のようなものや、何本もの筆が宙に浮いているのが見えた。
『ベロ、ベベベ〜!!』
【大丈夫デス!ゴ主人ハ、ワタシが、助けマス!】
「?」
頭の中で扉の前にいる《何か》の声が聞こえ、羽華は、益々訳がわからず、疑問符を浮かべていた。 すると、紙を地面いっぱいに撒き散らすと、絵の具で鍵穴に油を注ぐと、持っていた鍵束の中から、鍵を取り出すと、紙でできた手で開け始めた。
ガチャン!バーン!!
『ベロッベー!!』
【ヤッター!!ヤット開きマシター!!】
「…………」
扉を開けるのに10分ほど経ったのだろうか? 時間が掛かったが、紙で出来た《何か》は勢いよく扉を、開けた。羽華は《何か》の正体が分からないため、念のために箒を持って身構えていた。 そんな羽華を見た《何か》は、全身を青く塗り絵で塗りつぶすと、前へと屈んでしまった。
『べべ…べべ…!』
【ウウッ…!! ご主人ノタメニガンバって、扉ヲ開ケタノニ…オレ、キラワレタ…】
「……あ、あの…私……あなたのこと…分からなかったから。別に、嫌っては……いないからね…?」
『べべべ…!』
【マコトデスカ!?】
「う、うん。本当だよ。 だから、その…あなたが何者なのか…教えてくれる?」
羽華の言葉を聞いた、紙の《何か》は元の白へと戻すと、鬼の姿を象った。 全身が紙にできており、橙色を纏った紙の鬼は、羽華に向かって、頭を垂れると再び、彼女の頭の中へと語りかけてきた。
【お初にお目にかかります…羽華サマ。 我らは、あなた様の絵がもちーふとなり……この空間にしか現れぬ《依鬼》と申すモノです】
「わ、私の絵が…モチーフになった…!?し、信じられないよ…!」
【あなた様のオキモチハ、察してオリマス。ですが、事は一刻を争います。何か、質問はございますか?】
「あ、えっと……まず…ここは、どこなの?」
【ここは、夜神高等学校の…《月裏の世界》でございます】
「…《月裏の世界》…?」
聞いたこともない言葉に、羽華は戸惑いの表情を浮かべた。依鬼は、開け放たれた扉を指先一つで閉めると、窓の方へと指さした。
【アチラをご覧ください。 月ガ、お見え二ナルデショウ?】
「月なんて…浮かんでなかったと思うけ――」
依鬼が、指を指した窓に羽華が視線を向けると――先程は、見えなかったはずの異様に大きな月が出ていることに気付き、羽華は、言葉を失った。
【古ノ時代カラ…夜神高等学校は、《異界の入口》ト繋がっていた所デシタ。
「待って…!《夜業虫》ってまさか…!? あっ…うう…!」
【ソウデス。 あなた様のナカニ…イマスヨネェ?】
羽華の腹部が、大きく蠢いた。秋鳴に入れられた黒い虫…夜業虫は、彼女が自覚した瞬間に体中を駆けずり回り始めた。
その動きに、羽華は地面へと座り込み、腹部を抱えて倒れてしまった。依鬼は、ユラユラと体中の紙を揺らしながら、羽華へと近付くと、彼女を包み込むようにして抱きしめた。
「!?」
【ハネカサマ…我らの主人よ…!! 我々が、何故…《依鬼》と呼ばれたのか…知っておりますか?】
「し、知らない…!」
依鬼の言葉に羽華は、心臓が鷲づかみにされたような感覚に陥った。 ニヤリと、依鬼は笑うと言った。
【ソレはね…名付ケ親ノアナタ様を……喰らうためですヨォオオオオオ!!】
「や、やだ!!離して!!はなしてえええ!!」
羽華は、大きく目を見開くと依鬼から逃れようと暴れ始めた。しかし、依鬼を動かすことは出来なかった。 彼は、羽華の両手、両足、腹部、首元へと次々と紙を貼り付けていった。
【マア、喰らうと言っても…じっくりト……喰らっていきますので…ゴ安心クダサイ…!!】
「いやぁあああ!! はなして!はなしてよ!!」
【夜業虫…羽華サマヲ、ダマらせろ…!】
「は、う…あ…!」
夜業虫が羽華のあらゆるところへ這いずり回り、やがて、心の中へと侵入すると、徹底的に壊そうと動き始めた。
「!!」
やがて、羽華の体は痙攣を起こすと、全身から力が抜けていき、目から光は無くなった。 それを見た依鬼は、羽華を姫抱きにすると、歓喜の声を上げた。
【アア…!素晴ラシイ…! アノオカタガ、オ作リニナラレタ虫は最高だな…!アトデ、お礼を言ッテオコウ…!】
依鬼は、羽華の頬に紙をすり寄せた。紙と紙の間に見えた赤色の瞳は目を細めると、大きく口を開けた――その時だった。
チリリン、チリンチリン…!
【やめるんだ…!依鬼…!】
【カッ…!コノ声ハ…!!】
「………」
(いつも…私に、優しく…話しかけてくれた声だ…)
橙色の鈴の音が響き渡ると、優しくも力強い声が依鬼の頭へと語りかけられた。 声の主に、羽華は反応した。
【マ、マズイ…! 夜業虫…!モウ一度、羽華様ノ意識ヲ――】
【無駄だよ。夜業虫は、僕が浄化しておいた。羽華の心も…もうすぐ、元に戻るようになる】
【オノレ…!!《善良の霊》デシカナイクセニ…!!我ノ…邪魔ヲスル――】
「何を、言ってるの…?」
羽華の目には、光が戻って来ていた。彼女は、依鬼を怪訝そうな瞳で見つめていた。
【ハ、羽華様…!! ゴ無事ダッタノデ――】
「いや…!私に触らないで…!!あなたなんて、どこかに行ってしまったらいいのよ!」
【一一】
羽華は、依鬼を押しのけると強い拒絶の言葉を放った。 彼は、口を大きく開けたまま、絶句していた。
「二度と私に……近付かないで…!」
【…ハイ。 承知シマシタ…】
「………」
依鬼は全身を青くさせると、羽華に背中を向け、立ち去っていった。 少し、依鬼にきつく言い過ぎてしまったかと思ったが、自分の中に宿っている《兄》は、羽華へと語りかけてきた。
【君は、悪くないよ。依鬼は……あれぐらい強く言っておかないと、君のことを付け回してしまうからね】
「 …お兄ちゃん…ここは、一体何なの?」
【…そうだな。 さっき、依鬼が言っていた通りの場所だよ。普通の人は、ここに迷い込んでしまうことはない】
『ただ…』と 兄は、1度言葉を切るとは一呼吸置いてから、続けて言葉を放った。
【依鬼のように、行く場所のない人や《鬼の呪い》に掛かって、ここの住人になってしまう人たちもいることしか……僕には、分からないな…】
「そうなんだ…ここから、出るためには、どうしたらいいの?」
【…この世界は、時間がずれてしまっているけれど、未来だけははっきりと分かる場所でもあるんだ。
《月裏の世界》を出る条件は――これから君の身に、降りかかる未来の出来事を……受けいられるかどうかに掛かっているんだ】
「未来の…出来事を……受け入れる…?」
《兄》から、語りかけられる数々の言葉を必死に聞いていた羽華だったが、限界が近付いてきてしまっていた。
【ごめんよ。長く語りすぎてしまったみたいだね。 ひとまず屋上に行くんだ。そうすれば、僕の言っていた事が分かるはずだ】
「うん…行ってみるね」
羽華は、《兄》の言葉に、頷くと屋上へと向かったのであった。
***
「はあ…はあ…」
(やっと…着いた…)
普段は電気が付いている階段も暗闇で覆っていた為、上がるのに躊躇してしまっていた。《兄》が、励ましてくれたおかげで、羽華は階段を上りきり、何とか屋上へと辿り着くことが出来たのだ。 呼吸を整えるために顔を下に向けていた頭を上げると――羽華から十メートルほど離れた所に、緋都瀬と玲奈がいた。
「………」
緋都瀬と玲奈を見た瞬間――羽華の心臓が大きく、高鳴った。
何故だろう。嫌な予感がする。 遠くの方で、蝉たちが鳴いている。
――玲奈が、何かを話した後…彼女の手は、緋都瀬の頬を撲った――
「――」
その光景に、羽華は目を見開くと…呆然と立ち尽くしていたのであった。
END
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