【真戸矢 信司編】一第二話一



俺は、幼い頃から兄さんからの《責め苦》を受け続けてきた。


『うっ…うう…痛いよ…兄さん…』

『ケヘヘヘヘ!!お前が、《罪鬼の試練》を達成出来なかったカラダロウガ!!』

『ひっ、うっ…!ぐっ…!』


《罪鬼の試練》…それは、幼いときから与えられ続けてきた兄さんからの暴力と、責め苦に耐え抜くことだった。 小学校、中学校までは、何とか耐えられた。 でも、高校になった時…俺は、耐えられなくなってしまったんだ。


『ごめんなさい、もう、無理です!!許してください!!』

『フサゲンナ!!』


土下座をして、許してもらおうと思った。 でも、兄さんは許してくれなかった。《罪鬼の試練》は失敗した。 失敗したということは、二度と父さんと母さんに、会えないということを意味する。 その事実に絶望している暇もなく、俺に対して、兄さんは暴力を振り続けた。 殴る、蹴るでは飽き足らず、精神世界の赤い泉の中で髪の毛を掴んで、水面に付けたり、離したりを繰り返した。 髪の毛や服が、ボロボロになっても、泣き叫んでも、兄さんの暴力は止まることはなかった。

例え、傷を負っても、罪鬼の回復力は他の鬼を上回っているため、すぐに傷は塞がってしまうんだ。

それを兄さんは、知っていたのだろう。彼の暴力は、止まることはなかった。


(地獄だ。ここは、地獄だ…!!)


兄さんの甲高い笑い声を聞きながら、俺はぼんやりと考えていた。 人は死んだら、天国か地獄に逝くという話を聞いたことがある。 でも、今の俺にとっては、《罪鬼の試練》そのものが、地獄と化してしまったのだ。


***


朝が来れば、いつもの日常がやって来る。


「………」


やっと、兄さんの暴力から解放された時には、外には暖かな朝日が昇っていた。 窓から差し込んだ光に、涙が、零れた。いつも通り、手足や腹部を確認するも、傷は奇麗に消えていた。


(こんな状態で、『暴力をふられてる』なんて言っても…誰も信じてくれないよな…)


そう。信司が『助けてくれ』と秋人達に言えないのは上記のことが理由の一つとなっていた。 暴力をふられているという《証拠》がなければ、誰も信じてくれないだろう。その事実に信司が気付き、絶望してから何度目のことだろうか。 次第に信司の心は疲弊し、壊れていった。 精神世界で、兄に暴力をふられているとき、ずっと泣き叫んでいた。

『許してくれ』『ごめんなさい』『痛い、やめてくれ』……何度も叫びながら、兄に訴えてきた。 だが、宗弥が暴力をふる手を止めることはなかった。 理由は簡単だ。《罪鬼の試練》に失敗したことに宗弥は、怒っているからだ。 何故あれほど、宗弥が怒っているのかは分からない。 分からないが、一つだけ確かなことは分かっている。


(きっと…母さんに、会いたいんだ…)


母である愛奈は、信司を出産してから、亡くなってしまった。

幼い頃父である信也が愛奈の遺影の前で泣いているのを何度も見たことがあった。 ということは、愛奈のことを宗弥は愛していたことになる。 だが、それを知ったところで…どうすることも出来なかった。


「……っ…」

(学校…行かなきゃ…)


腹部が、小さく蠢いた。中にいる宗弥が『早く学校に行けよ』と促しているようだった。 未だに倦怠感が出ている体を動かして、ベッドから出ると下へと降りた。


***



「おはよー」

「おはようー」

「………」


学校へと向かう途中で、挨拶を交わす女子たち。


「今日さ、小テストあるんだよな」

「あー…あの範囲かぁ…めんどいなぁ…」

「………」


小テストのことを思い出しながら、話す二人の男子達を信司は暗い瞳で見つめていた。彼らと彼女達は、《当たり前の日常》を謳歌している。 幼い頃から兄に苦しめられ、暴力を振られ続け、愛する父を失った信司とは違うのだ。


「しーんちゃん!おはよ!」

「あ、ひーちゃん…おはよ…」


信司の中で黒い感情がグルグルと回るのを感じていると、緋都瀬が軽く信司の肩を叩いて挨拶してきた。 驚きながらも、いつものように挨拶を返した。 緋都瀬の後ろには、秋人と祈里もいた。


「おはよう。信司」

「おはよ…秋ちゃん」

「………」


秋人は欠伸をしながらも、挨拶を交わし、祈里もニコリと笑うとスケッチブックに『おはよう。信司くん』と書いた。


「おはよう。祈里ちゃん」


その後玲奈、羽華もやって来て、6人で登校する道を歩いた。


「相変わらず、あんたは朝から元気よね…ホント、びっくりするわ」

「へへ!元気だけが、俺の取り柄だからね!」

「それよりも!あんた、小テストの範囲勉強したの?」

「あっ!!忘れてた!!」

「はあ!?せっかくあたしのノート貸してあげたのに!!」

「いたたた!!ごめんって!玲奈ちゃん!!怒らないで!」

「れ、玲奈ちゃん!やめようよ!!」

「うるさいな…」

「………」

『にぎやかだね』

「………」



緋都瀬達の賑やかなやりとりを聞いていた信司は、ふと、真樹枝のことが頭をよぎった。


(まきちゃんもいたら、昔みたいに戻れるのにな…)


小学校の時も信司達は、毎日一緒に登校していた。当時は、7人で歩きながら、たわいのないことで盛り上がったり、学校に着くまでしりとりしながら遊んでいたこともあった。 中学に入学してから、真樹枝の体の調子が悪くなってしまい、それ以降6人でいることが多くなった。 幼い頃から、真樹枝に想いを寄せていた信司は衝撃を受けて、数日間引きこもりになってしまったほどだった。


(こんなこと考えても、仕方ないけど…)


信司が物思いに耽っていると、服の袖を祈里に引っ張られた。


「?」

「………」

『大丈夫?少し、顔色が悪いよ』


その言葉に、心臓が高鳴った。


「だ、大丈夫だよ…うん。心配させて、ごめんね」

「………」

『何か困ってることがあったら、相談してね』

「ありがとう。祈里ちゃん」


祈里は笑みを浮かべて、頷いた。彼女の優しさに、信司は泣きそうになった。


「………」

(いのりちゃんに言ったって…きっと、困らせるだけだ)


自分自身を無理やり納得させると、信司は、未だに緋都瀬のことを怒っている玲奈を落ち着かせた。玲奈は、唇をとがらせると、羽華の手をひいて、先に行ってしまった。 その姿に緋都瀬と二人して笑い合った後、今日のことについて話しながら学校への道を歩いて行った。


信司達の姿が遠くなっていったあと、電信柱から黒い影が、人間の形を形成した。


【キヒ、ヒヒヒヒヒヒヒ…!!】


黒い人影は、信司の方を見つめながら、気味の悪い笑い方をしながら消えていったのであった。


END

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