【鏡野 緋都瀬編】一第五話一
目を開けると、俺の体は透明な色に変わっていた。 目の前には夕方の学校が写っていた。夕陽が、体育館や他の建物を照らしている中、緋都瀬が校舎から出て来た。
「……」
(アキを探してるのか…?)
辺りを忙しなく見回しながら、歩いている自分を見ていた。やがて、新校舎の下駄箱付近で足を止めると、物陰に隠れてしまった。
「なんで、隠れたんだ…?」
自分が隠れた理由が気になった緋都瀬は下駄箱へと行ってみた。
『アーキちゃん?何探してるの?』
『!』
孝治と優太が、泣きそうになっている秋人に向かって言った言葉だった。 俺は息を潜めて、三人の会話を聴いていた。
『お、俺の靴…返して、くれないかな…?』
『はあ?言い方がなってないなぁ?俺達には何語を使うんだっけ?』
『……っ!あ、えっと……俺の、靴を…返して…ください…』
『そうそう。敬語だよね。ほら、もっとこっちにおいでよ』
『………』
秋人が孝治と優太の傍へと近寄ってきた。 孝治達の目の前まで来た瞬間、靴は彼方へと飛ばされた。
『あっ…!』
『ほら、犬みたいにとってこいよ?早く帰りたいんだろ?』
『犬みたいにって…まさか…!?』
『そのまさかだ。ほら、さっさと行って来いよ?それとも…緋都瀬達にこのことをチクってやろうか?』
『わ、分かりました…!やります!やりますから、緋都瀬達には、言わないでください…!』
「…………」
そうだ。思い出した。俺は、見てしまったんだ。アキが孝治と優太に、イジメを受けているところを見てしまったんだ。
あの時、アキが四つん這いになりながら、下駄箱に向かってくるのを見て、俺は慌てて体育館へと走って行った。
『アキ…』
「………」
物陰から、アキの姿を見ながら、俺は、ずっと、後悔していた。あの時、俺が、声をかければ、アキはイジメから解放されていたかもしれなかった。
だが、プライドの高いアキは俺にイジられていることがバレてしまったら、傷付くかもしれない。俺の中で、後悔と、不安が混ざっていて、気持ちを整理することが、できなかったんだ。
「これが、俺の罪…?」
チリンチリン…
《そうだ。思い出したか?緋都瀬?》
「……っ」
鈴の音が、頭の中で、響き渡ったあと秋人の声が聞こえた。 次の瞬間には、辺りは黒い海に囲まれていて、黒い着物を着た秋人が佇んでいた。
彼の瞳に、光はなかった。暗い瞳に見つめられ、緋都瀬は、身震いした。
《『友達は助け合うもの』……お前は、俺に、そう言ってたよな?》
「…うん…」
《だが…お前は、あの時助けてくれなかった。 裏切ったんだ。俺のことをな!!》
「……っ」
秋人に怒鳴りつけられ、緋都瀬は目をつぶった。
《目を開けろ。緋都瀬》
「…………」
何か喋らなければ。 そう思っても、言葉は形をなさなかった。目の前の秋人への恐怖心がそうさせているのか。
あの時、孝治と優太にいじめられていたことに対する後悔なのか……いや、違う。
秋人から逃げているだけだ。罪を認めるのが、怖かった。 彼に絶交だと言われるのが怖かった。
友達でいたいがために、嘘をつき続けてしまった。 では、自分に出来ることはなんだ?
秋人に許してもらうこと?裏切ったことを許してもらうこと? 違う。どれも違う気がする。
落ち着いて、考えろ。 自分は、秋人に対して、何が出来るのかを、考えるのだ。
『…………』
緋都瀬が、何かを考えているのを察したのか、秋人は、目の前にいながらも、何も言わなかった。 沈黙が、二人を包み込んだ。それは重苦しいものだった。 自分の中で答えが出たのか…緋都瀬は目を開けると、秋人を真っ直ぐと見つめながら、言った。
「…アキ。あの時は、助けてあげられなくて…本当に…ごめんな…」
『……』
「…謝っても、許してくれないのは分かってる。でも…俺は、お前のこと…本当に友達だと思ってるんだ。 今も昔も…ずっと、大切な友達なんだ…!」
『………』
「だから、俺はアキを一一」
慈悲鬼として、秋人を選ぶことを伝えようとした時だった。秋人は、勢いよく緋都瀬の手首を掴んだ。
《俺を…選ばなくていい》
「なんでだよ…!?」
《秋鳴兄さんが、お前を傷つけた。玲奈と羽華も…傷付けた。 そんな俺が、お前達の元に戻っていいはずがない》
「そんなことないよ…!あれは、アキのせいじゃない!!」
《兄さんは、もう…俺の【一部】みたいなものだ。 例え、お前達が俺のせいではないと言っても、また襲われたら…どうする?》
「それは…!」
秋人の言葉に緋都瀬は、顔を背けた。 緋都瀬が、まだ迷っているのを察した秋人は微笑すると、彼の頭に手を置いた。
「…アキ…?」
《緋都瀬…頼みがある。信司を、助けてやってくれ…》
「信ちゃんを…?」
意外だった。秋人は、信司のことを許さないと思っていたからだ。 緋都瀬の考えていることを読み取った秋人は、頷いた。
《お前の考えていることは、正しい。俺は一生…信司を許さないつもりだった》
「………」
《だが、アイツの【罪の記憶】を見て…許そうと思ったんだ》
「…罪の、記憶…」
それは、先ほど緋都瀬が見た夢と同じだろうか? 秋人の言っていることが本当だとすれば…緋都瀬と信司だけではなく、玲奈、羽華、真樹枝にも《罪の記憶》がある可能性があるということだ。 緋都瀬が考え込んでいると、突然秋人の体が沈み始めた。
《そろそろだと、思っていた…》
「い、嫌だ!!アキっ!!」
まるで船が沈没して、海の底に沈んでいくかのように……ゆっくりと、秋人の体が、黒い海へと吸い込まれていく。 緋都瀬は、秋人の片手を両手でしっかりと掴むと、彼の体を引き上げようとした。しかし、秋人の体は、どんどん沈んでいってしまっていた。
《緋都瀬。一つだけ、約束してくれ…》
「なに…?」
《信司を救ったあとで、いいから……俺を、助けに来てくれ…》
「一一」
秋人の言葉に緋都瀬は、大きく目を見開いた。緋都瀬は、息を思いっきり、吸い込むと、秋人に叫ぶように言い放った。
「当たり前だろっ!! 絶対、助けに来る!!だから、待っててくれ!!秋人!!」
『………』
緋都瀬の言葉に、秋人は、微笑んだ。 初めて、彼は心の底から笑えることが出来た。秋人の体は、ほとんど見えなくなってしまっていた。支えることが出来なくなった緋都瀬は両膝をついた。
「あ、う、ああ…!秋人、秋人一ーー!!」
緋都瀬の悲痛な叫びが、黒い海に響き渡った。 その叫びを聞くものは、誰もいなかった。
リリン、リリンリン…
「…伊環ちゃん…」
頭の中で、何度も聞いた鈴の音が響いた時ー緋都瀬は意識を失ったのであった。
***
《ひーくん…起きて…》
「……っ」
夕日の光が、中庭を照らしている。 ひぐらしが、忙しくなく鳴いている声と伊環の声と共に、緋都瀬は目を開けた。
緋都瀬は伊環の膝に頭を預けていた。その事に気付くのに、時間が掛かってしまった。
「ごめん…!俺…!」
《ううん…いいの。しばらく、このままでいさせて》
「あ、ああ…そっか…」
慌てて起き上がろうとした緋都瀬を伊環は、やわかく止めた。伊環の返答に疑問符を浮かべたが、特に深く意味は考えなかった。 伊環は、緋都瀬の頭を撫でながら、語りかけてきた。
《ひーくん…ごめんなさい。私、あなたに、嘘をついた》
「…うん。知ってる」
『…………』
頭を撫でる手が止まった。伊環の体は、震えていた。
「秋人が沈んでいくのを見て、分かったんだ。『俺が信司を選ぶと《決断》してしまったから、秋人は、沈んでいくんだ』って」
『………』
「本当なら…明日、君の元を訪れて決断を聞いてもらうはずだった。 だけど…俺が、君に会いたい思いが強くなったから誘われたんだ。君と、青い鈴の音色にね」
『………』
伊環の頬から、涙の雫が零れていった。雫は緋都瀬の頬に落ちていった。緋都瀬は体を起こすと、躊躇いながらも、伊環を抱きしめた。
「ごめんね…伊環ちゃん。君に辛くて、寂しい思いをさせて…本当に、ごめん…」
《謝るのは、私の方だから。ひーくんは、何も悪くない》
「…そうかな…俺は、秋人を裏切った。 友達だって言っておきながら…それらしいことを、一つもしてやれなかった」
緋都瀬の言葉に、伊環は激しく首を横に振ると言葉を投げかけた。
《秋人君は…ひーくんを、許してくれたよ》
「…え…?」
《彼は……ずっと前から、あなたのことを、許してくれていたの》
「そんな…! だって、あんなに…俺のせいだって…責めたのに…?」
伊環の言葉の一つ一つが、投げかけられてくるたびに、緋都瀬は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。 彼女は一つ頷くと、言った。
《あれは…あなたを試していたの。ううん…もしかしたら、突き放そうとしてたかもしれない。 あなたにひどいことを言って、突き放して、もう自分に関わらせないようにしていたかもしれないの》
「………」
《でも……あなたは、最後まで秋人君を責めたりしなかった。見放そうとしなかった。 それどころか…秋人君を、選ぼうとしてくれた。
そのことが、秋人君にとって、とても、嬉しかったんだと思う》
「う、うう…!あああ…!」
伊環の言葉に、緋都瀬は泣き崩れた。秋人の笑った顔を、思い出したからだ。 緋都瀬は思いっきり、泣いた。
伊環も一緒に泣いてくれていた。
そして、心の中で誓った。 必ず、秋人を助け出す。 心に固く、誓ったのであった。
***
【鏡野 緋都瀬編】END
next→ 【真戸矢 信司編】へ続く。
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