【鏡野 緋都瀬編】一第三話一
綺麗な青空を見て、思い出したことがある。俺とアキは、よく屋上で弁当を食べていた。高校一年生の時は、みんなで食べていたけれど、二年生に上がってからは、俺とアキしか食べなくなっていた。
『よーし!アキ、弁当の見せ合いっこしようぜ』
『はいはい…分かったよ』
アキの前では幼い頃のようにはしゃいでいた。
だって、アキのお母さんのお弁当はいつも美味しそうだったからだ。俺は、父さんが忙しいこともあってか、一人で弁当を作ることが当たり前となってしまった。
お互いの弁当を開けた。
アキの弁当は卵巻きに、タコのウィンナー、ミニトマト、唐揚げ、沢山のご飯にふりかけがニコちゃんマークのようになっていた。
俺の弁当は簡単な冷凍食品だ。小さなグラタンやスパゲッティ、卵焼きだけは焼いているが、本格的な卵巻きは作れない。というか、絶対に無理だ。
『はぁ〜…相変わらず、美味しそうだなぁ〜!』
『そうか?お前の弁当も、よく出来てるじゃないか』
『いやいや!俺の弁当なんて、アキのお母さんの弁当にはかなわないよー』
『………』
『…アキ?どうした?』
急に黙り込んだアキに、緋都瀬は疑問を感じて、顔を上げた瞬間、世界は反転した。
「え…?」
学校の屋上にいたはずが、いつの間にか、牢獄のような所にいた。 鉄格子の向こうには、秋人が倒れていた。
「アキ!!」
『……っ……』
鉄格子を掴み、叫んだ緋都瀬に秋人はすぐに反応した。声を出そうと口を動かしているが、それは声になっていなかった。
「なに?なんて言ってるんだよ!?」
『《助けてくれ》って言ってるんだよ』
「ひっ…!」
後ろから誰かに抱きしめられたと共に耳を舐められた。 緋都瀬はすぐに後ろにいるのが、秋鳴だということが分かった。
「…アキをここに閉じ込めたのは…あんたか…!?」
『ヒヒッ…だとしたら、どうする?オレを殺す?』
「違う…!なんで、こんなことするんだ…!」
『さぁ…?なんでだろうなぁ?』
「くっ…!放せ!!俺は、アキを助け一一」
『秋人を助けたら、信司は、どうなるんだ?』
「……っ!」
勢いのまま、言おうとした言葉が止まった。
目の前には怯えた目で見ている秋人。後ろには秋人とそっくりな顔をした秋鳴 。 緋都瀬の頭の中は、混乱と不安で渦を巻いていく。
「俺は…!」
***
「は…はぁ…」
緋都瀬は勢いよく起き上がった。 まず初めに見えたのは、白い天井だった。腹部と太股には包帯が巻かれている。 窓を見ると、夜神町の景色が見えた。ここは、鏡野総合病院だ。
「なんで…ここに…」
今までの出来事を思い出していると、扉がノックされる音がした。 緋都瀬が返事をすると、玲奈、羽華、翠堂、夕日が入ってきた。 玲奈と羽華が真っ先に緋都瀬の元へとやって来た。
「緋都瀬!目が覚めたのね!!」
「よかった…!本当に、よかった!」
「玲奈ちゃん…羽華ちゃん…!二人とも、無事だったんだ…」
緋都瀬達がお互いの無事を喜んでいると、ふと、緋都瀬は翠堂がいることに気付いた。
「…刑事さんまで…何のようですか?」
「ん…悪いね。これも仕事のうちなんだ。なに、心配ない。簡単な事情聴取だよ」
「………」
顔を曇らせた緋都瀬に、翠堂は苦笑した。次に緋都瀬は、翠堂の隣に、立っている夕日へと問いかけた。
「夕日兄ちゃんは…どうして、ここに?」
「…お前の様子が気になって、見に来ただけだ 」
「心配してくれたの?」
「当たり前だろ。俺にとっては、お前達は、弟や妹見たいなものだからな」
「……そっか…」
夕日は口角を少しあげると、笑った。幼い頃からよく笑っていたような気がするが、大人になってからはへったような気がする。 ぼんやりとそんな事を考えていると「ゴホン」と翠堂が咳払いをした。
「そろそろ、始めさせてもらってもいいかな?」
「…はい」
「じゃあ…緋都瀬君。君が、旧校舎の屋上で何を見たのか…教えてもらってもいいかい?」
「…話しても…信じてくれないと思います」
「何故?」
「あなたが…《大人》だからです」
「………」
手帳を構えていた翠堂は、下へと降ろすと、緋都瀬を見つめた。 二人の間に沈黙が走ると、夕日が弁解するように言った。
「心配するな…緋都瀬。翠堂さんは、信用できる」
「…ホントに?」
「本当だ。お前が眠ってる間…ある程度のことは翠堂さんには、話しておいた」
「…!」
「そういうこと。俺のこと…ほんの少しだけでいいから、信じてくれないかな?」
「………」
翠堂は両手を広げながら、言った。緋都瀬は玲奈と羽華の方を見ると、二人とも頷いた。 深呼吸すると、緋都瀬はゆっくりと屋上であったことを話し始めた。
「…俺と玲奈ちゃんは、新校舎の屋上で話してたんです。そしたら、羽華ちゃんが旧校舎の屋上フェンス越しにいて…傍には、アキ…秋人も、いました」
「五十嵐君が?」
「はい。俺と玲奈ちゃんが慌てて、見に行ったら…羽華ちゃんが、追い詰められていたというか…」
「…その表現で合ってるわよ。緋都瀬」
首をかしげながら、言った緋都瀬に玲奈は助け船を出した。羽華も頷いてから言った。
「私、秋人君に、《呼ばれた》んです」
「《呼ばれた》?」
「突然、頭の中に…秋人君の声が聞こえてきて…気になって、行ってみたんです。
《呼ばれた》と思った時には、私の意識は、ありませんでした。 ふと、我に返ったら…旧校舎の屋上にあるフェンス越しに立っていたんです」
「…ふむ…なるほどね…」
「そうだったんだ…」
僅かに震えながら、話した羽華に玲奈は手を握りしめていた。
『お前達も、墜としてやるからな』
「……っ」
秋鳴の言葉を思い出した緋都瀬は体を震わせた。夕日は、心配そうに見つめながら言った。
「緋都瀬…大丈夫か?」
「うん…大丈夫…」
「…質問を続けてもいいかな?」
「はい」
「それじゃあ、秋人君は、君達に何か言っていたかな?」
「………」
***
『…お前ダケガ、シアワセニナルナンテ、ユルサナイ』
「…はは。やっと、喋ったと思ったら…アキじゃなかったんだな…」
『オレは、ダレデショウカ?』
「…《五十嵐 秋鳴》。秋人の、双子のお兄さん…でしょ?」
『ダイセイカーイ!!』
***
あの時の、秋鳴の笑った顔が忘れられない。それに、秋鳴は秋人と瓜二つの顔をしていた。
幼馴染みの俺達でもどっちが秋人で、どっちが秋鳴なのか…分からなかったほどなのだから。
***
「…五十嵐 秋人君ではなかった…?」
「…はい…そうです…」
「………」
翠堂は緋都瀬の言った言葉に驚いているようだった。手帳に書いたあと、彼は「これは冗談言ってる場合じゃないな…」と独り言のように言った。
「他に気になることと言えば、君の怪我だね…」
「あ…これは、その……あれ?」
ふと、緋都瀬が自分の腕を見ると、秋鳴の鉈が掠った時についた傷が、無くなっていた。
「塞がってる…?」
「…太股とお腹は、痛くないの?」
「えっと…」
玲奈は恐る恐る言った。緋都瀬は太股と腹部に触ってみる。包帯を巻いているから分からないが、痛みはほとんど感じなかった。
「多分…塞がってる…と思う…」
「……」
「それが、慈悲鬼の能力だ」
「能力?」
夕日は冷静な口調で言った。聞き慣れない言葉に緋都瀬が問い返すと彼は続けて言った。
「鬼の力を得たものはそれぞれ、人ならざる能力を授かるんだ。身体強化、自己回復等…普通の人間では出来ないことが出来るようになる。
ただし《鬼の試練》を乗り越えない限り、鬼の力を完全には継承できない」
「……!」
「…お前の中には、双子の兄である《鏡野 灯都与》が宿っている。 今も…俺達の会話を聞いているはずだ」
「……っ」
彼に応じるように、緋都瀬の腹部が蠢いた。
「お前が秋鳴のことを見破れたのも、灯都与からの《囁き》を聞いていたからだろうな」
「………」
「なるほど。まさか、本当に鬼の力なんてものがあったなんて、思わなかったよ」
「…信じてくれるんですか?」
「ああ。信じるよ。双鬼村のことも調べようと思っていた所だったんだ。夕日が物知りで、助かったよ」
「…そうですか…」
緋都瀬が翠堂の言葉に納得した瞬間、扉がノックされた。入ってきたのは、泰斗だった。
「…父さん…」
「緋都瀬、大丈夫なのか?」
「うん…大丈夫」
早足で緋都瀬に近付いてきた父に驚きつつも、答えた。
泰斗は手帳を開いている翠堂に顔をゆがめると言った。
「今日のところは帰ってくれませんか? 緋都瀬は疲れているんです。いつまで事情聴取をするつもりですか…!?」
「あー、はいはい。分かりましたよ。ごめんね。緋都瀬君。また何かあったら、連絡してくれ」
「は、はい…」
翠堂もまずいと思ったのか、素早く立ち上がった。緋都瀬に謝罪するとそそくさと帰っていった。
次に泰斗の視線は夕日へと向けられた。
「君も帰ってくれないか?」
「…はい。では…また…」
「あ、あたしたちも…失礼しまーす…」
「し、失礼します…」
「……」
夕日は泰斗に一礼したあと、玲奈と羽華を連れて、部屋から出て行った。 部屋には泰斗と緋都瀬だけとなった。
「父さん…俺…」
「何も、言わなくていい…」
「……父さん…?」
緋都瀬は父に何を言えばいいか、迷っていると、泰斗の肩が震え始めた。 次第に、震えは激しくなっていき、泰斗は振り返ると同時に緋都瀬を抱きしめた。
「お前が…無事で、本当に、よかった…!」
「………」
「すまない。そばにいてやれなくて…ごめんな…」
「もう、いいよ…父さん…」
泰斗は泣いていた。緋都瀬の存在を確かめるように、強く、抱きしめていた。
そんな父の姿に、緋都瀬も涙を流したのであった。
END
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