【五十嵐 秋人編】一第二話一



「はっ…!あ…」


一一悪夢から目を覚ました俺は、勢いよく起き上がった。 全身汗だくになっており、気持ち悪さを感じた。 周りを見渡してみると、いつもと変わらない俺の部屋だった。携帯で時計を見ると、アラームが鳴る三十分前だった。 ふと、秋人は自分の手を見つめた。



「………」

(孝治と優太は…どうなった…?)


もしも、夢で見たことが現実で起こったら一一秋人は考えるのをやめた。恐ろしくなった。怖くなった。誰かに、俺が殺人者だと警察に通報されたらどうしよう。 自分のしたことが、恐ろしいことに今頃になって気付いてしまった。


「クソ…!」


秋人は思いっきり自分の髪を搔いた後、テレビが視界に入った。 『まさか…!』とひとり呟いた秋人はテレビをつけた。 すぐに自分の悪い予想が当たることになる。


『先日から行方不明となっていた牧野 孝治さんと鬼塚 優太さんが夜神高校のゴミ捨て場に遺棄されていたとのことです』

「!!」


頭を思いっきり殴られたような衝撃を受けた。

頭が真っ白になった。どうすればいい?

もしも凶器となった鉈が発見されて、血液と指紋が検出されたら……

秋人の中で悪い想像が膨らんでいっていった時一一腹部で何かが蠢いた。


『大丈夫だ。秋人。鉈は、俺が食べといたから』

「兄さん…!」


夢の中では突然のことで、受け入れることが出来なかったが、間違いない。自分の腹の中にいるのは《兄》だ。 《兄》ということは分かるのだが…肝心の《名前》が分からなかった。


『オレの名前なんて、知らなくていいんだよ』

「!」


椅子に座っていた《兄》は、一瞬で秋人の背後へと回り込み、自分を抱きしめた。《兄》は楽しそうに笑ったあと、秋人に頬ずりしながら言った。


『《復讐鬼》の使命は、あと二つで終わる。 使命を達成デキレバ、願いを一つだけ叶えることが出来るんだ』

「願いを…叶える…」


一一秋人の脳内に浮かび上がったのは、微笑んだ祈里の姿だった。祈里に会いたい。会って、彼女に伝えなければならないことがある。

その為なら、やってやる。 何があろうと、やってやるんだ。

秋人の中で黒いヘドロのようなモノが落ちた。《兄》は、ニヤリと笑うと、嬉しそうに、秋人に頬ずりをした。


***


一一学校に行く支度をした。母さんが何か言ってたような気がしたが、気にしないことにした。 きっと、孝治と優太のことを言っているのだと思う。


「………」


今日は雨が降っていた。学校に行く途中で雨脚が強くなり、同じ通学に行く学生は小走りで向かっている者もいれば、友人と喋りながら遅めに歩いている者もいた。

俺は学校に行くまでの間、様々なことを考えていた。 学校で自然に振る舞えるのか。 孝治と優太を殺したのが俺だとバレないためにはどうすればいいのか。そんなことばかりを考えていた。


「アキ…おはよ…」

「おはよ。緋都瀬」


いつものように緋都瀬が待っていた。通学時には明るく喋りかけてくるのだが、今日はそうもいかないのだろう。 お互いに朝の挨拶をしたあと、同じ歩幅で歩く。 どちらから話しかけるでもなく、歩いていると…突然緋都瀬が立ち止まった。


「?」


疑問に思い、振り返った俺に、緋都瀬は顔を下に向けながら言った。




「アキが…孝ちゃんと優ちゃんを、殺したの?」

「一一」



一一心臓が掴まれたような衝撃が秋人に走った。

秋人は目を大きく見開き、傘を落とした。 緋都瀬の方へ大股で向かうと、彼のシャツを掴み、絞り出すかのような声で言った。


「なんでお前が、その事を知ってる…!?」

「夢の中で…見えたんだ。最初は、何がどうなってるのか分からなかったけど…《兄さん》が、教えてくれたんだ」

「《兄さん》…?」


腹部で《兄》が動いた。顔を歪めた秋人を緋都瀬は心配げな顔で見つめていた。 秋人の手を握りしめながら、緋都瀬は言った。


「…学校に行こう…遅刻するし…」

「……ちゃんと話すんだろうな?」

「うん。ちゃんと…話すよ」


秋人と緋都瀬の間に気まずい空気が流れる。雨音と他の学生が通り過ぎていく中、秋人は緋都瀬に背中を向け、傘を拾うと学校へと向かった。


「………」


秋人の背中を一一緋都瀬は寂しげに見つめていた。



***


一一学校に着き、ホームルームが始まる前に、全校集会があると竜舞先生は言った。 クラスメイト全員の頭には今朝のニュースで報じられていた孝治と優太の件だろうと思った。 誰一人喋ることはなかった。何人かは小声で話しながら、歩いていた。


「牧野君と鬼塚君……可哀想にね…」「うん…クラスでも結構人気あったのに…」「犯人、早く捕まるといいね」

「…………」



お前らは、何も分かっちゃいない。お前らは、アイツらに騙されていたんだ。

小声で話している生徒達に向かって言いたいことは山ほどあった。声を大にして言いたかった。 しかし、彼等にそんなことをすれば怪しまれるし、疑問に思われ、俺が犯人かもしれないと疑う奴らも出てくるだろう。 怒りをぶつけられないことに秋人は苛立ち、拳を握りしめていると一一緋都線が秋人の手を握ってきた。


「!」

「………」


驚いた秋人が緋都瀬を見ると、ゆっくりと頷いた。秋人にしか分からないほどの頷き方だった。 今の秋人にとって、緋都瀬の優しさは辛かった。



***



体育館に着くと一一校長が、孝治と優太が亡くなったことを話した後に黙祷をした。 黙祷が終わった後校長は「一刻も早く、犯人が捕まるように祈りましょう」と言った後解散となった。教室に帰った後は、孝治と優太の席に一輪の百合が置かれた。いつものように授業が始まったが、俺は授業に集中出来なかった。


「…………」


それは何故か?答えは簡単だ。

孝治と優太が、自分の席にいるからだ。もちろん、霊体として、だが。彼らを、見てはならないと思い、窓の方へと視線を移した。案の定、孝治と優太からの視線が集中している。 俺は、昔から霊感があるほうだと思っていた。 こんなにはっきり見えたのは、初めてだった。


「…………」

(落ち着け…落ち着け…)


心臓が高鳴ってるのを感じる。孝治と優太に何をされるか分からないからだ。変に声を上げるわけにもいかない。竜舞先生が言っていた。「二人の葬儀と告別式には参加してくれ」と。 頭の片隅で、葬儀と告別式に参加しないのも親族やクラスメイト達に疑われる可能性がある。参加しなくてはならないだろう。

だが、今の俺には、葬儀のことを考えている余裕はなかった。


「はあ…はぁ…はぁ…」


孝治と優太は、俺の後ろにいる。 段々と息が上がってくる。怖くて振り向けない。いや、振り返ったら、何をされるのか想像しなくても分かる。 金縛りで、身動きが取れなかった。 周りの景色がぼやけていく中、背後から声が聞こえた。




【アーキーチャーン…アーソーボー…?】

「ひっ…!! んん…!」


悲鳴を上げそうになって、両手で口を押さえる。孝治は首を絞め始め、優太は包丁で腹部を刺した。

汗と悪寒と、恐怖と混乱が俺の中で蠢いていた。

負けてはダメだ。心では分かっているのに、声を出して訴えることが出来ない。 二人は『ケタケタ…!!シンジャエ、シンジャエ…!!』と頭の中で声を揃えて言っていた。

このまま死ぬのかと絶望的になり、意識を飛ばす前に見たのは一一俺の傍に駆けつけた緋都瀬の泣きそうな顔だった。


***


一一チリリン、チリン…

白い景色が広がる中、懐かしい夢を見た。 双鬼村に住んでいた頃、夏の猛暑で俺が倒れた時によく耳にしていた風鈴の音が聞こえてきた。 幼い頃の俺は、暑いのが嫌いだった。 夏が来る度に、毎日こんなに暑いのは何故だろうと首を傾げたものだ。 俺が寝込んでいる時、両親は一一特に、母さんは心配していた。 仕事を休んで俺の面倒を見てくれた。


『父さん。鈴の音、きれいだね』

『…そうだな。秋人は、鈴の音が好きなのか?』

『うん。好き』


母さんは、どうしても仕事に行かなければならなかったらしく、家には俺と父さんしかいなかった。俺が『鈴の音が好きだ』と言うと一一父さんは、泣きそうな顔をして、言った。



『…秋人……ごめんな』

『え…?』

『父さんや…他の大人達を許さなくていい。 だけど一一××のことは、許してやってくれ』


***


「………」



秋人の瞼がゆっくりと上がった。 天井は白い。右側の窓を見ると夜神町の街並みが見えた。こんなに高い場所は、一つしか思い浮かばない。

鏡野総合病院。 緋都瀬の父・鏡野 泰斗が院長として、経営している病院だ。 外は暗くなっており、自分は相当気を失っていたのだと思う。 夜の街の景色をぼんやりと眺めていると…部屋にノックの音が響いた。


「アキ…!気が付いたんだな…!」

「…緋都瀬…」


緋都瀬は秋人が目を覚ましたことに、嬉しそうに笑うと自分の近くに寄ってきた。緋都瀬の後に続くように白衣を着た男性がやって来た。


「久しぶりだね…秋人君」

「…泰斗おじさん…」


緋都瀬の父・泰斗だ。秋人は幼い頃から知っていた。秋人にとっては、《もう一人の父》のような人だった。 秋人は、泰斗に聞かなければならないことがあった。


「泰斗おじさん。一つだけ聞かせてくれ」

「ん?」


俺は、夢の中で父さんが言っていた言葉を泰斗おじさんに伝えた。


「!」

「何か、知ってるんですね?俺の《兄さん》や緋都瀬の《兄さん》のことも…!」

「……」

「…父さん?」


明らかに、泰斗は動揺していた。 顔を引きしめ、両手を強く握りしめていた。緋都瀬は父の様子や秋人の問いかけに戸惑いを感じているようだった。 泰斗はしばらく経った後、秋人の傍へと近付くと、頭を下げてから言った。


「…すまない…秋人君。私の口からは…何も言えない」

「なんで?」

「…私達、大人は…どうなってもいい。だけど、君達だけは…守り抜いてみせるから。だから――」

「もういい…お前なんて知るか…!出て行け!!」

「………」

「アキ…父さん…」


一一泰斗の顔は、父の泣きそうな顔と似ていた。泰斗は、切なげな顔をしながらも、病室から出て行った。 緋都瀬は呆然と泰斗を見ていただけだった。


一言えない理由は、どうせ俺たちが子どもだからだろう?一

秋人の頭の中には、泰斗に対して、怒りと悲しみが渦巻いていた。 ドロリと、秋人の中でまた、何かが落ちていった。




END

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