第7話 ありがとう

 ―――セントラルタワービル20階

 中央エレベーター前広場



 かつてはモールや多くの企業が行き来する建物として賑わっていたセントラルタワービル。

 文字通り街の中心に位置し、かつてはどこもかしこも人の絶えない空間と化していた。

 だが今はそんな気配は無い。

 かつての景観が薄汚れた状態で放置されているだけ、過去の姿だけ僅かに垣間見えるだけの、寂しい姿へと変貌していた。


 そんなビルの中心にある中央エレベーター。


 円を描く様にデザインされた吹き抜けのエントランスの真ん中に設置され、それぞれの階を繋ぐエレベーターの一つとして機能してきた。


 各階にはそれぞれ左右の通路へ向かう為の道とエレベーターを囲うように少しの休憩スペースが広がっている。


「……ぅ…」

 そのスペースの中心でクラープがゆっくり目を覚ました。

「ぅ…ここは…」


 朦朧とする意識の中、辺りを見回そうと顔を上げると、目の前には一人の少女が立っているのが目に入る。

「おはよう、ここはセントラルタワービルだよ、懐かしいね」


 灰のように濁り、腰程度までベタベタボサボサに伸びきった白髪しらがと元気さを感じさせる丸いツリ目。

 その中には白目よりも白い双眸が光なく輝き、見るだけでこちらの心を抉ろうとしてくる。

 服はガウンの病院服を纏い、そこから見える肌の殆どには大量の傷跡と生傷、特に手首には大量の深い切り傷と注射跡、首にはチョーカーの様な締め付けられた青アザが見せつけるかの如く痛々しく刻まれていた。


「っ!赤音あかね!!」

 クラープが立ち上がろうとするが、エレベーター前の固定された椅子に縛り付けられ、動く事が出来ない。

「くそっ…!!」

「あっはは、無理だよ、まだ薬効いてるでしょ?」

「…ちっ…」

「…久しぶりだねー、今更何しに来たの?」

 まるで恋人と離すかのような明るく楽しげな声色で、ハイライトの無い瞳で愛おしそうに見つめながら、赤音が語りかける。

「…お前を…迎えに来たんだ、あいつの兄として…」

「……ふーん……兄…ねぇ…」

「そうだ、だからこれを解いて…」

「どうしてうそをつくの?」

「!!」

「うそつき」


 光のない目が更に黒く染まり、先程とは違う暗く深い静かな怒り声を吐き捨てる。


「…なんで、だまそうとするの?」

「……赤音…?」

「あなたはクラープさんじゃないでしょ?」

「……」

「あなたはグライス!わたしのこ い び とのグライス!! そうだよね!?」

「違う…!俺は…!」

「ちがう? なんで? グライスはグライスでしょ? うそつかなくていいじゃん、ずっとまってたんだよ?」

「頼む…正気になって…!」

「私ばずっと正気だよ!!あはは!!嬉しいだけ!30年振りに大好きな人と出会えて幸せなだけだよ!!」

「…っ…!」

「…良かった…生きててよかった!死ねない体でも生きてて良かった!!いつ死んでもよかった!!!最期に会えて良かったぁぁ!!!!!」

 手を広げ、まるで神へ抱きつくように空を仰ぎながら喜びを高らかに叫び続ける。


「…赤音……すまない…!」

その言葉を聞いた瞬間、赤音は一瞬で静まり、寂しげに、不思議そうに返す。

「……………何で謝るの…?」

「…俺が遅かったから…こんなことに…!」

「あー、別に怒ってないよ、だって約束守ってくれたもん」

「……だから、俺はグライスでは…!」

「…うん………はぁ…これで…」

 おもむろにスペースの外柵へと歩き始め、近くにあった今にもちぎれそうなボロボロの縄と、拳銃を手に取る。

「…おわれる」


「…何をする気だ…」

「ん?あぁ…そっちには使わないよ、大丈夫、”私用”だから」

 再び明るい声色に戻り、クラープに説明し始めた。

「私さっき、安楽死のお薬打ったんだ、もう昔に試したから効かない事は知ってるけどさ…あと睡眠薬も一杯飲んだ、水は下水のを使ったよ、本当にまずかったよー…おえ…」

 喋りながら、縄を柵に固く結んで、片方の端側を自分の首に緩めに巻き付けて、そちらも解けないように結んでいく。

「…赤音…」

「前は色んなものを私ごと燃やしたりしたけど、用意した物が無くなるまで耐えちゃって…重りつけて海に潜ったけど…いつの間にか重り取れて結局は戻って来ちゃうし…」

「……やめろ…っ…!」

「…本当…大変だよ…この体…どう頑張っても死ねないんだもん…多分未練があったんだろうね…だから死ねなかった」

「…頼む…!!」


「でも、もう大丈夫だよ、貴方の元に行けるから…遅くなったしこんな体になっちゃったけど…私だって分かってくれるかな…」

「…グライスはそんな事望んでない…!!」

「…………ごめんね、クラープさん…」

「…!!」

「私、やっぱりグライスが居ない世界…耐えられないや…!」ポロポロ…

 赤音の目から涙が溢れる。

「…ありがとう、最期に顔を見れて…本当に嬉しかった…!」


「…っ!! 待て!!」

 クラープが必死に体をよじらせ、縄を解こうと足掻くが、、一向に解ける気配が無い。



 赤音は首に縄を巻いたまま、外策の上に上り、クラープの方へ体を向け


「これで死ねるかは分からない」


再び涙を流しながら、頭に拳銃を突きつける。


「…もし生きてたら、どうか…」


 そしてゆっくりと体を後ろへ倒し


「お話、しようね」


 バァン…!


引き金を引きながら、宙へ身を投げた。

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