第6話 終点の先

 ガラガラ…


 煙が晴れる頃、欠けた高架の下には一両だけ残った電車と瓦礫の山が積み重なり、起きた事の衝撃を物語っている。


 ガ…ガッ……ガコォ!!

 その一角が僅かに持ち上がり、三つの人影が飛び出して来た。

「ぶっはぁ!出れたぁ!すぅぅ…!ゲホッ!まだ土埃が…!」

 伸びをする様に出てくる優奈ゆうなとその横でへたり込みながら眺めている花蓮かれん眞人まひと


「花蓮…お前こんなに元気に飛び出せるか?」

「少し難しいですね…」

「年って怖いよなぁ」

「いや義体性能の問題です、年齢を恐れているのは貴方だけですよ」

「……辛辣ぅ」

「して、これからどうしますか?」

「……どうするか、クラープに連絡が通じればいいが」


 ピピッ………ブツ…


 試しに何度かかけるが応答しない。


「……………ダメですね」

「…だけど置いて帰る訳にも行かないしなぁ…昔とは言え顔見知りだし…」

「…何でも良いけど寒い!疲れた!お腹空いたぁ!」

「運動して汗をかきましたからね…」

「それに上着だけでほぼ全裸だしなー」

「仕方ないです、ご飯は無いですが頑張りましたから、ご褒美としておんぶしましょう」

「わーい!ありがとー!」

「よいしょっ…と…」


「んふふー、あったか……くない…」

「殆ど機械ですので…」

「でも心は暖かい!」

「ふふふ…」

「…よし、俺も休憩終わりだ、一緒に動く…」

 キキキィ…!

「……か…」


 眞人が立ち上がった瞬間、後ろから錆びた鉄を動かした様な不快な音が鳴り…

 ブォン!!

 眞人目掛けて細い何かが横から迫る。

 ガギャァ!!

「なっ…!!」

 ヒュォォ…!

 咄嗟に腕を合わせた事で直撃はしていないがその勢いを止めることは出来ず、眞人が空を舞い、近くに立っていたビルの四階辺りのガラスを突き破って建物の中へと消えていった。


「嘘…!」

 眞人を飛ばしたもの、それは足だった。

 先程まで戦っていた電車が持つ、細長く硬い蜘蛛のような足。

 プシュゥゥゥ…!

 残されたボロボロの一車両が3対の足で起き上がり、怒るような空気音が辺りへ轟く。

同時に砂煙の中から強力なライトが二人を照らしていた。

「うわぁぁー!?い、生きてるぅー!?」


 最早電車とは言えない程に破損した”それ”が瓦礫に囲まれた二人の目の前に現れる。

 唯一残された先頭車両も後ろ側は殆ど溶け落ち、中から赤黒い液体がドロドロと垂れ、もう人が乗れる形状をしていない。

 このまま放っておけば死ぬであろうほどの傷を負った”それ”だったが、花蓮の目に映る情報はそうだと思わせなかった。


(確かに瀕死…眞人さんの爆破がこれ以上無い程聞いていますが…これは…!)

「…優奈さん!捕まってて下さい!」

「はいぃ!!」ギュッ!

 シュダァァ!!


 華麗な跳躍で囲む瓦礫を抜け、眞人が飛ばされた逆の方向へと花蓮が走っていった。


 暫く高架下を走り続け、途中からビルに囲まれた大きく広い道路へと出ると同時に花蓮の背中へとしがみついていた優奈が横目で振り返りながら叫ぶ。

「ねぇ!?博士は!?」

「今の奴は手負いの獣です! 目の前に居る獲物にしか気が向いていない!! それに眞人さんは生きています! さっきがそうだった様に…! だから今は自分達の安全を考えるんです!」

「でも…!」

「私を信じて下さい!」

「…うん!分かった! 任せる!」

「お任せを!!」

 花蓮の声に呼応する様に脚部パーツが雷を纏い、徐々に回転が加速していく。

「……”ダッシュ・アトリビュート”…」

 キュィィ…!

「…”ニア・ライトニング”!!」

 バチバチィ!!


 走った道路に焦げるほどの足跡と雷の様に歪で鋭い、荒々しく煌めきを放つ閃光の如き軌跡を残し、直線の道を素早く駆け抜けていく。

「うっひゃぁー!!早―いぃ!」

「喋ってたら舌を噛みますよ!!」

「大丈夫!てか、もう撒いたんじゃない?」

「いえ…奴は腐っても電車です、多くの人やものを乗せて走る、それのみを徹底して作られた機械のパワーを舐めてはいけません…!」

「いやいやまさかー」

 と優奈が鼻で笑った途端、突然二人の周りが一瞬暗闇に包まれ、何かが上を通り過ぎた。

「ん?」

 ヒュォォ…

 瓦礫が落ちてくるような風切り音、少し軽いが先程も聞いたような気がするような音が徐々に近づき、やがてその姿を見せた。

 ズガァン!!

 二人の眼前に降り立った四角い鉄の塊は眩い光を放ち、道を防ぐように立ち塞がる。

「降ってきたぁ!?」

 プシュゥ…!

『マもナク…終点………しゅぅ…テン…』

「何か言ってるよ!?」

「…いいえ、貴方程度には終わらせません!」

『お降り…下サ…ィ…』

 電車が二人の方へと飛ぶように全速力で突っ込んできた。

「我々の未来は…!」


 それに合わせて花蓮は、背負っていた優奈が着ていた服の襟を掴み

「へ?」

 ブォン!

 全力で上方向に投げ放つ。

「ぎゃああああ!?何してるのぉ!?」


 シャキン!

 花蓮が大きく片腕をしならせ、一本だけブレードを取り出した。

そして突撃してくる電車を迎え撃つため、これからの戦いへの決意を込めるように叫ぶ。

「これから始めるのです!!」キュィ…!

 アスファルトの道路を抉りながら電車は花蓮の目の前へと猛進していく。

「…”アーム・アトリビュート”…」

 電車を右方向へと避けるが、それでも危険は追いかけてくる。

 避けた先には更に鋭い足の先端が構えており、今すぐにでも体を貫かれてしまう程の距離へと迫っていた。

「花蓮さ…!」

 宙を舞う優奈が手を伸ばすが、無情にもそれは届かない。

(…このままじゃ…)

目の前で怒るであろう惨状に、思わず目を瞑ろうとしてしまったが、間もなくその恐怖は消し飛ばされる事となった。


「…”ヒートブレイク”!」

花蓮の声と共に右腕を爆発的な熱が覆い、ブレードを握る手を伝って刃にも熱が伝播する。

 彼女の右腕とブレードの周りには揺れた空気とほんのりと赤みがかった光が放たれ、目の前に迫る足先へと否応なく振るわれた。


 スパパパァ…ン…!


 鉄の焼けた匂い、鋼が溶ける音、それに付随して起きた三度の滑らかな剣戟音。


 花蓮への攻撃を外した電車が勢いそのままに地面へと先頭を叩きつけられ、数十メートルの距離、アスファルトを食わされながら滑っていく。

 その左側に生えた蜘蛛の足をばたつかせ、藻掻くが動く事は叶わない。

 本来は対に存在している筈の足、しかし右側のそれは根元から無くなっていた。

 理由は単純

「……すぅぅぅぅ…」

 このシスター服の女によって溶かされ、叩き斬られていたのだ。


「はぁぁぁぁぁぁ…!」ボフ…!

 花蓮の口から大量の煙が吐き出される。

「…けほ…やはり…効率悪いですね…これ…」

 焦げた服がへばりついている右腕を眺めながら、軽く愚痴を零していると上から声が聞こえてくる。

「……ぁぁぁぁぁぁ…!」

「あ、そうでした」タタタタ!

「落ちるぅぅ!!」


 ズザァ!

 ギリギリで滑り込みが間に合い、上手く優奈を抱えるようにキャッチした。

「はぁぁ!生きてる!?私も花蓮さんも…!」

「えぇ、生きてますよ」

「……はぁ…良かった…ん?」

 ジュゥ


「ほわちゃぁぁぁああ!?」

 抱えられた優奈が突然飛び跳ね、おしりを抑えながらぴょんぴょんと辺りを飛び回る。

「あっっっっぢっぃ…!!」ヒリヒリ


「あぁ!すみません…少し冷却の時間が必要で…!」

「…ひぃん…おしり焼けた…」

「本当にすみません…!ちょっと見せてください…」

「……どう?」

「真っ赤になってますね…何処かに塗り薬等があればいいんですが…」


 ピピッ…

『もしもし、こちら眞人』

「眞人さん!元気でしたか!?」

『何とかな、片腕が逝ったが』

「良かった…」

『そっちは?』

「優奈さんがお尻を火傷しました」

「いたい」

『…そう…か…何でかは聞かないでおく』

「薬とか持ってますかね?」


『生憎だが持ってない……ところでお前達は何処にいる?』

花蓮が軽く辺りを見渡すと、すぐ近くに先程優奈を見つけたタワーがあった。


(戻ってきた…)

「…セントラルタワー前です…」

『おぉ、それはいい、確かタワーの一階に薬の保管庫があった筈だ』

「そうなんですね…了解です」

『そこまで行ってくれ、俺も向かう』

「はい、それでは」

 ブツ…


「…行きましょう、お薬があるらしいですよ」

「おんぶ…あ、熱いのか」

「それなりに冷ましたから大丈夫です」

「じゃあ…お願いします…」

「はい、どうぞ……と…」

「…………」

(ほんのり暖かい…)


タッタッタッ…

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