第5話 暗道のダンス
――時は少し遡り、眞人達が地下ホームにて電車に飲み込まれた時と同時刻のクラープ。
「………」
目にかかる位の長さの無造作に下ろされた深緑色の髪に生真面目な雰囲気を感じさせるツリ目、それを強調するかのような上の縁がない四角の眼鏡をかけていた。
服装は汚れた白色の襟付きの長袖シャツにノースリーブの濃い灰色のブレザー、黒いスラックス、足には標準的な黒色と白のスニーカーを履いていた。
彼の名はクラープ・ルーンヴァート。
電車に飲まれる前の眞人に連絡を送った男。
そんな彼が見ている視線の先には人影が一つ、そしてそれは奇妙な動きを彼の視界へと写していた。
「……らぁーん…らららーん…♪」
電気は消え、線路の通った薄暗い地下道を、少し楽しげに鼻歌を交えて軽く踊りながら歩いていた。
所々、天井に穴が空いているので完全に真っ暗と言う訳では無いが、それでも百メートル近い距離にいるその人影をクラープはその暗闇の中で認識し、警戒している。
「ここで回って…タンタン…タァン!…ふふ…」
あちらは一向にクラープに気づく様子は無い、自身の歌と振り付けを突如立ち止まってはその場で何度も繰り返し、納得出来る様な動きが出来ると、寂しげで純粋さを感じさせる微笑と静かな笑い声を漏らす。
(あれは…何だ…?)
当然の様に過ぎる疑問、この終末の世界、しかも捨てられた街でただ一人、誰に見せるでも無いはずのダンスと歌を作り、何度も練習を繰り返し、その過程を楽しんでいるかのように笑う。
異常としか思えない人の形をした何か。
クラープには少なくとも、この時までそう見えていた。
今隠れている場所より先に駅のホームの様な物が見えているが、それはダンスを踊る何者かの先にある。
幸いそいつはホームに向かって歩いているので距離を取っていればバレること無くそこに着くことは出来る筈だった。
カツン…コロコロ…
「!」
足元に落ちていた石ころに気づかず、足がぶつかって転がったせいで、ささやかな音が地下道に鳴り響く。
昔なら誰も気にしないであろう小さな音、雑踏の足音にかき消され、聞こえる事は無いであろうか細い音。
しかし暗く静かで、音が響くであろうこの場所にいるのは今ここにいる二人のみ。
何百倍…何千倍にも膨れ上がったその小さな音は確かに二人の耳へと響いた。
「………」
目の前の人影からピタリと歌声が止んで、その場で立ち止まった。
(…まずい…だが今動けば…)
近くには隠れられそうな場所は無い。
クラープは何の姿勢も取らずに祈る。
奴が振り返らない事、例えバレても味方である事、もしくは殺せる程度の強さである事を。
「…………」
ドクン…………ドクン…
先程の石ころよりも大きく、彼の鼓動音が体内で無限に反響する。
緊張と僅かに残した殺意を可能な限り、その内に潜めようと一呼吸分、目を閉じた瞬間だった。
「…ねぇ」
「!!」
突如、目前から響いた声に思わず目を開く。
遠くから聞いていたのと同じ、少し寂しくも明るい女の子の声。
「…貴様…!」
そして奇しくも、その声の主は
「あはっ♪」スッ…
クラープの探していた少女
「久しぶりだね♪」
トス…
“
彼女から何かを打ち込まれ、数瞬後にクラープの視界がぐにゃりと歪む。
(……薬…馬鹿…な…)
考えを纏める暇もなく、クラープの意識は彼女の思い出と共に消えていった。
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