第4話 脱出線

「あーけーてー!」

「どうやって脱出を!?」

「窓ガラスに突っ込んで無理矢理出て来た!!そのせいで通信機落とした、ごめん!」

「どうやってここに!?」

「何とかしがみついてから屋根に登って、全車両確認しながらここまで来た!電車は八両編成で、花蓮かれんさんが居るここは六両目!私は一両目に居た!」

「分かりました!敵に襲われたりは!?」

「車両を出てからは無い!でも他の車両からは嫌な音がしてた!」

「……嫌な音?」

「…なんかグチャグチャ…ミチャミチャ…みたいな気持ち悪い音!もしかしたら他にも……って!待って…嘘…!」

「どうしましたか…!?」

「他の車両が開いて…!舌がたくさ…うわぁ!」

優奈ゆうなさん!?」

「ごめん!降りる!!博士にお願い!!」

「え!?降りる!?」

ドタドタ…ダン!!


「……優奈さん!!」

一際大きな足音の後、ピタリと足音が止む。

同時に彼女からの応答も無くなった。

(本当に降りた?かなりの速度で走行していた筈ですが……それよりも早く、眞人まひとさんに連絡を…)


急いで眞人へと連絡しようと指を通信機に当てた瞬間


グォン!!

「!!?」

強烈な横方向への重力が全身を襲う。

あまりにも突然過ぎる事に対応が遅れ、踏み止まる事も出来ずに勢いよく椅子に体を強打してしまった。

「…っ…あぁもう、何が…!」

ピピ…

「っ!眞人さん!優奈さんが!」

『ぉうぐぉぉ…腰がぁ…!」』

「…もー!おじさん!優奈さんが生きてましたよ!」

『分かってる!たまたま少し割れた窓ガラスから確認できた、どうやら電車は優奈を追う為に急旋回したらしい…いたた…』

「…電車が急旋回?一体どうやって…」

『どうやらこの妖魔、俺達が思っている以上にアクティブだ、無理矢理に線路を捻じ曲げて無駄なく、かつ鋭くUターンしている、もはやVだ、Vターンだ』

「Vターン…ダサ…いや…」

「おいこら、聖女(ジャンヌ)」

「にしても線路を捻じ曲げるなんて…一体…どういう力で…」

『さあな、とにかくこんな事が何回もあったら特大ミンチと粗大スクラップができる、その前に何とかしよう』


「…私達に…何か出来る事があるんですか…?」

『今はまだ無い、ここから出る事が出来ない以上…というか優奈はどうやって外に出たんだ?』

「無理矢理窓に突っ込んで出たらしいです」

『…説明になってない、その言い方だと全身を勢い良くぶつけたとしか思えないぞ、俺の全力パンチでようやく穴が少し出来るくらいなのに…』

「……少し疑問なんですが…優奈さんはもしかして…教団の言っていた”新人類”では…?」

『…随分と懐かしいものを…頭ごなしで悪いが根拠がない』

「この汚染された街の中、生身で何事もなく動けるのはどう考えても異常です…!それに窓から飛び出た後に「屋根に登ってここまで来た」とも言ってました、つまり走っている電車の上を逆走してきた、しかも中にいる私と問答も交わすほどの余力を残し、更に風の音が響く中で車内にいる私の声も正確に聞き取っていた…!」

『…』

「汚染への異常な耐性、常軌を逸した身体能力、研ぎ澄まされた聴覚…いや五感、それら全てが彼女の正体が、我々の知らない何かだと示す根拠になっていると私は感じます」

『………まだだ…』

「眞人!!」

『確かに言いたいことは分かる、理解もした、だがそれは今する事じゃない』

「…」

『今は優奈の力を理解するんじゃなくて、優奈の力を信じる時だ、正体の解明なんて二の次で良い」

「っ!!」

『それとも、花蓮はあいつが捨てられた失敗作だったら何か不都合があるのか?』

「そんな事は…!」

『それでいい、今は何も考えずに彼女を助ける事だけを考えろ、身の上話は戦場でするものじゃないしな、死亡フラグになる』

「…分かりました、でもどうやって?」

『少し強引だが、敵の力を借りる』

「敵の力?」

『その為には優奈の協力が…』

ピピッ!!


眞人の言葉を遮った通信機の着信音が鳴り、少し遠くから電車の音が、それをかき消す様な風切り音が聞こえる環境の中、優奈の少し息の切れた声が通信機から鳴り響く。


『はぁ…!あ、あったよ!見つけた!通信機!小さくて分かりにくいよぉ…!』

『…噂をすれば、我らが救世主の登場だ…!』

『……はひぃ…!何の話?』


『優奈、今どこだ?』

『橋の上で…電車から逃げてる…!』

『周りに何かあるか?』

『特に…!何も無いっ!大きな建物が少しだけあるけど…!』

『丁度良い、優奈…電車を右方向に曲げられるか?』

『はぁっ……!そんな、力無いよっ!』

『違う、さっきみたいに電車の軌道を変えて欲しいんだ』

『あ、なるほど!あのVターンをさせればいいんだね!』

(…同じ名前付けたんだ…センス似てるなぁ…2人共…)

『もう一度、今度は列車から見て右側にVターンさせるようにしてくれ』

『どうするの!?』

『自分で考えろ、タイミングは任せた』

『うっひゃー!しんど…!』

『出来ないと俺達がミンチになってう〇ちとして出される』

『それは嫌!何とかする!』

『合図は任せた』

『いえっさー!』


「眞人さん?一体何を…」

『敵の力、Vターンの勢いを使ってガラスを破る、右に曲がれば当然左への遠心力が発生するだろう?掛かった瞬間左に飛べ』

「な…そんなの危険すぎます!下手したらそれこそ一瞬でミンチになります」

『できなければその時だ、いざと言う時は任せたぞ、花蓮』


「…!」

『よぉし!良いとこ見つけた!行くよっ!』

『良いか、敵から見て右だからな』

『それって私から見てどっち!?』

「左です」

『左って!?』

『お箸持たない方…!』

『じゃあこっち!!』


優奈の通信機からノイズが混じった風切り音が響いた数瞬後、右への強烈な重力が花蓮と眞人に襲いかかる。


ドジガッ!!ドサジッ…


「…くっ…!!」

嫌な予感がしていた花蓮は辛うじて手すりに捕まって耐える事が出来たが、直前まで話していた眞人はまた全身をぶつけたらしく、通信機の向こう側から盛大にぶつかる音と呻き声が聞こえる。

『…っ〜…優奈ぁ…ゲホッ…逆だぁ…!』

『でも私こっちだよ!?あんまり記憶ないけど…!』

『…おのれ少数派めぇ…!』

「次こそはお願いします!!」

『分かってるよ…!』

『マジで頼む…腰がやばい…!もう次で出れなきゃ、あれをしない限り俺は終わりだ…』

「……あれ…?」

『よし!出来そうな所あったよ…!』

『良いか!本当に頼んだぞ!!』

『……うん…!左…左…お母さんがいつも箱を持ってた方…』

「……優奈さん…?」

『……お母さんがいつもペンを持ってた方…!』

『……』

「…?」

『……3……2……1…!』


ヒュォ…!


通信機に再び響く風切り音、花蓮は一度の経験からすぐには来ないと察し、来たる衝撃への備えを合図からその瞬間までの僅かな時間を用い完璧に済ませていた。


グ…

(…今!!)

ォォン!!

予想したタイミングジャストに体が左へ引っ張られた。


迫る恐怖を押し殺し、自身の鋼鉄の体を脚力と重力に任せて窓ガラスへと押し飛ばす。


ピシッ…

という音が何かにぶつかった場所から全身へと劈き…


バリィン!!

甲高い粉砕音と共に花蓮の体と視界は赤黒い肉壁蠢く車内から灰色の空が覆う無彩色の街並みへと放り出された。

ふと下を見ると地面から数十メートル程浮いた空中に投げ出されていた。

「!?」

傍には線路が通った高架が見えたが飛ばされた体はそこからは大きく外れていき、その先にある大きな直線の道路へと向かっていく。


ふと自身が飛び出た場所を見ると、凄まじい速さでターンしている細い蜘蛛の足が生えた電車の全体とそれを支える様に宙に浮いている損傷なくねじ曲げられた線路が視界に映った。

(あれがVターンの正体…見た所無理矢理曲げられた訳でも無い…一体どうやって…)

その答えを探る暇も無く、体は既に落下を始めていた。

「……」

しかし花蓮はその状況に表情を変えず、冷静に右腕を高架にかざす様に突き出す。


カチッ…

静かなスイッチ音の直後、肘から先の腕が中心に通ったワイヤーと共に勢いよく高架の柵へと伸びていく。


ガシッ!シュルル!!

しっかりと柵を握った事を確認すると再び小さなスイッチ音と共にワイヤーが巻取られ、花蓮が凄まじい速さで空を滑る様に高架の方へと引き寄せられ、あっという間に全ての高架まで辿り着いた。


ガッ!!ズザァ…!!

巻き切った勢いを着地で受け流し、間髪入れずに優奈の方へと走り出す、その最中に両手をしならせて再び両手にブレードを握った。

(有効打が無くともダメージは通るはず、少しでも弱らせて二人の逃げ道を作らなくては…!)

遠目には優奈の姿が見えた。


優奈自身はその場からは殆ど動かず、電車の方が周りを囲むように走り無数の足で彼女を攻撃し続ける。

数分間は全力疾走だった筈が相変わらず感情豊かに危ない時は危ない顔をし、大丈夫そうな時はちょっと危ない顔をしている。

更に驚きなのは全て避けるのでは無く、時折踏みつけて来る鋭い足を掴んで受け流ししたり、横から殴って弾き返したりと色々な対処を軽くこなしていた。

(…やはり常人とは違う…!)

ようやく優奈との距離が数十メートルと言う所に差し掛かった所で、花蓮が一つの事実に気づいた。


「…嘘…!」

(……眞人さんが…居ない…?)

走りながら辺りを見回すが影も形も無い。

(下に落ちた…?…いやその程度では彼は死なない…何かしらの連絡が来る、私が見落とした訳でも無い、生きている限り必ず何かしらの合図が来る…!)

不安と焦りに駆られ、すぐ様眞人へと連絡しようと試みる。

………が…


ザー…ザザ…

不快なノイズ音しか聞こえず、しばらく経って何の応答も無く通信もブツリと途切れてしまった。


その途端、花蓮の心は悲しみと絶望に塗り替えられる。

視界は時が止まったかのように遅くなっていき、寸前まで宿していた意志が全て消し飛んで行く、その喪失感たるや花蓮は自身の人ならざる筈の身体から血の気が引いていく感覚に陥ってしまう程だった。

――――眞人が死んだ…

彼女に取って、これ以上に耐え難い現実は存在しない。

彼女に取って、彼は恩人であり存在意義でもあった。

それを、いともあっさりと失った。

手の届きそうだった場所で…救う事が出来なかった。


足が重く、腕が上がらない。

錆びていると感じる程に節々の接合部が軋むように鈍く、直線だった筈の道も歪み、真っ直ぐ走る事も困難な程にその思考をかき混ぜられ続け、着実に進む意志と動きを止めていく。

徐々に頭も下がって行き、最早眼前の状況を直視する事も出来てはいなかった。

「……っ…!!」

だが花蓮はそんな状態であろうと、足を止めることはしない。

今できる最大限の力で、一歩一歩を進もうと足掻く。

(…絶望するな、後悔するな…!そんなのは全部後で出来る、優奈さんの命を救うのは今しか出来ない…!悲しみなんて抱えている暇があったら…今は前を向いて進め…!守る為にあの病室から出て来たんだ…彼の手を取って…人の肉体を捨てて…だから…!)

花蓮の足が大地を強く踏み付け、進む。

ザッ…

(…だから……止まるな…お願い……止まらないで…あの人の遺したものを…少しでも………少しでも…!!)

だが踏み出す足は漏れなく震えており、やがては進む事を少しずつ止め始めていた。

(守り抜く…為に…!!)



花蓮の表情にほんの僅かだが決意が戻り、顔を上げた瞬間…


チュドォン!!

「!?」

「ぎゃぁ!?何ぃ!?」

電車の最後尾、八両目が突如爆発したかと思えば、七、六、五、四と次々と連鎖し、空中で爆発していく。

自身の文字通り半身を失った電車が聞いた事ないほどの甲高い虫の様な鳴き声を上げ、暴れるような動きの後、宙に浮いた上向きの線路から脱線して昇り龍の様に空へと発射された。


「―!!」

そんなカオスな状況の中、花蓮と優奈の耳に鳴き声と爆発音の残響以外の人の声が耳に入る。


聞こえた方角は上、丁度電車が発射された辺りの高さにその者はいた。

白衣に身を包み、長く褪せた深緑色の髪を落下の風に吹かれながら、絶対に助からない高さから落ちていくその者の正体は

ピピッ!!

『花蓮か優奈!誰かキャッチしてくれぇ!!』

「眞人さん!!」

「博士!!良かった!!」

『今はまだよくなぁい!!』

「そちらに行きます!!」


花蓮は喜びから意気揚々とダッシュし、足のバネと共に飛び上がって落ちていく眞人と位置を重ねる。

ガシ!

しっかりと眞人を抱きしめると同時に落下していき、最後は勢いよく地面へと滑りながら着地した。

ズザザザァァァァ…!!シュゥゥ…


「あー、怖かった…」

「こっちのセリフです!てっきり…死んだかと…!」

「死んだ時はちゃんと遺書を残す、ここにあるけど読む?」

「要りません!」

タタタタタタ…

「今度こそ良かったー!博士おかえりー」

「あぁ、ただいま…」

ヒュォォォォ…!

「ん?なんの音だ?」

三人が上を見上げる。


「あ、電車…」

ドガシャァン!!ガラガラガラ…!!

空から降ってきた四角い鉄製の大質量芋虫が三人の近くへと落下し、波打つようなその衝撃に耐えきれずに高架が崩れていく。

三人は避ける暇もなく崩れていくアスファルトの渦に飲まれるように、その姿を舞い散る煙の中へと消して行った。

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