第3話 最悪の電車

 電車に向かって二人がそれぞれ武器を構える。


 眞人まひとは昔の映画に使われている様な派手でクラシックな装飾を施された六発装填式のマグナムリボルバーを取り出し、片手で構える。


 対して花蓮かれんは両腕を大きくしならせると手首から漆黒に塗られた機械的な片刃のブレードを出現させた。


 その二人の後ろにビクビクしながら隠れた優奈ゆうなを含めた三人は扉が開いたままの電車を見ている。


 すると突然不気味な音を立てていた電車が大人しくなり


 〜♪


 3人の居るホームに電車が到着した際の音楽が流れ始めた。


「おい、この駅まだ生きてたのか?」

「…そんなはずはありません、稼働させる人も居ないんですから」

「じゃあなんで」

「地下鉄は音が反射しやすいから分かりにくいですが、この音の発信源は電車からです」


『間もなく二番乗り場に電車が参ります、ご注意ください、電車が参ります、ご注意下さい』

 〜…♪…ブツ…


 眞人は聞きなれない、いつもの音楽が音を立てて途切れ、その数秒後に軽いノイズと共に再びアナウンスが流れ始める。


『ご注意下さい、ご注意下さいご注意下さいご注意下さいご注意下さいご注意下下下下ささささいさささささ注下ごご電車ご下下意意意意意間もく注意ご電電下さ下さ注意注意注意注意ごご…』

 ピピィィィィィ!!


 壊れたラジオの様に同じ言葉をぐちゃぐちゃにアナウンスの音声が繰り返し、それに呼応する様に辺りから劈くような警笛の音がけたたましく鳴り響く。

「うるさいよぉー!!」

 優奈は苦しそうに全力で耳を塞ぎ、二人に向かって叫ぶ。

「あ、忘れてた」

 と眞人が白衣のポケットから片耳分のイヤホンと片耳分の耳栓を優奈へと渡し、「耳につけろ」とジェスチャーをする。


 急いで耳栓とイヤホンを付けると辺りの音がかなりマシになり、ホッと胸を撫で下ろす。


『あーあー、聞こえるか?』

『テステス、あーいーうーえーおー』

 イヤホンを付けて数秒、微かなノイズをかき消して花蓮と眞人の声が鮮明に聞こえてきた。

『音質は?』

 優奈は指で丸を作り大丈夫だと伝える。

『喋って見てくれ』

『あー、もしもしー?こちら優奈、聞こえる?おーばー』

『よし、この前のよりはマシだ、聞き取れる』

『これからは遠隔の通信や報告もこれを通す事になります、使い方は後で教えますので今は下手に弄らないで下さい』

『弄ったら?』

『最悪…爆発します』

『ひぇぇ、付けたくない…』


 そんな事をしているとまたブツンと切れた音と共に全ての音がピタリと止んだ。


『…止まった?』

 スポン、と優奈は耳栓を取ると確かに地下鉄が不気味な程に静まり返っていた。

「死んじゃった…?」

「だといいが…」


 ジジジジ…

 そんな沈黙をノイズ音がかき消す。


『注意、注意、注意、注意、注意注注注注注注注注注注…』


 ミシ…


『黄色い線の内側で、お待ち下さい』


 ノイズと共に流れたそのアナウンスと共にタイヤが肉肉しく変化し、蛸の触手の様な弾力と蜂の針の様に鋭利な肉の足が無数に現れ黄色い線の外側へと突き刺さる。

 いつの間にか電車自体も赤く染まり、まるで心臓の様にドクドクと脈をうっている。


「ぎゃぁあああああ!?きもぉぉぉ!!」

「蜘蛛?」

「いや、これはあれだ…何だっけ…何か閉じ込められてる…何もない的な…」

「何でもいいけど気持ち悪いよ!!」

「……この位の大きさならあんまり脅威にはならないはず…先手を打って短期決戦で決着を…!」


 バカッ!!


「「「!?」」」

 三人の全身を浮遊感が襲う。

 その理由は

「地面が…!」

 突如ホームの床が消えたからだ。


 正確に言うと黄色い線の内側だけ、まるで何かが嗤う様にその地面は開いた。

 食べるかの様に、その大きな穴は三人をペロリと飲み込む。


 プシュゥゥ…

 ホームが閉じると同時に電車は変化した肉足をタイヤへと戻し、元の姿となって再び線路を進み出した。


『間もなく、電車が発車します、ご注意下さい、電車が発車します、ご注意下さい』


 〜♪


 ガタンゴトン…ガタンゴトン…






 ガタンゴトン…ガタンゴトン…

「ん…?」

 子気味良い電車の揺れに刺激され、目を覚ます。

 意識がハッキリするに連れて、その地面がブヨブヨとした感触とヌメヌメとした粘着質な液体に覆われている事に気づく。

「ひゃあああ!!」

 急いで起き上がるが、服と顔には既に大量の液体がこびりついており、幾ら擦っても落ちる気配が無い。

「うへぇ…最悪…」


 軽く部屋全体を見渡す、ロングタイプの椅子が並ぶ電車の様な縦長の部屋。

 所々に金属を感じさせる電車の名残があるが、その殆どが赤いでこぼこの肉のような物で覆われている。


 ピピピッ!ピピピッ!

「わぁ!?あ、通信機…確か二人はここを押してたから…」

 ポチ

『…繋がった!もしもし!優奈さん?無事ですか!?』

「花蓮さーん!よかったよぉ!うん、大丈夫!」

『おはよう、大体12分くらい寝ていたな』

「あ……え…んー、えーっと…博士!」

『…どうしました?』

「…花蓮さんのお友達の名前が…わかんないから博士でいいかなって!白衣着てるし!」


『……博士…いい響きだ、そう呼んでくれ、ところでそっちはどうだ?』


「…ベトベトするし、何か周りは赤くてボコボコした柔らかいのに覆われてるし…ベタベタした液体が…気持ち悪い!」


『どこも同じか…それと、外は見たか?』

「外? 赤くて見えないけど」

『薄い色のところがあるだろ? そこには窓ガラスがあるから、その真ん中を全力で殴れ』

「殴るの?」

『無理か?』

「痛そう…」

『意外と柔らかいぞ』

「…そう?じゃあ…」


「えい!!」

 バリィン!!

 優奈が言われた通りに、全力で殴ると、ほんとうにあっさりと窓ガラスが割れ、拳分の大きさの穴が空いた。

 その瞬間、強風が優奈の顔を襲い、部屋全体の空気を荒く掻き混ぜる。

 風でしょぼつく目を無理やり開き、ぶち抜いた風穴から外を見てみると…


 ガタンゴトン!ガタンゴトン!

 と揺れと音を震わせながら、外の景色が忙しなく動いていた。

 三人はいつの間にか先程の電車に乗せられ、廃墟だけが立ち並ぶ瓦礫と化した街を肉の電車に乗せられ、走らされている真っ最中だった。


「うわぁ…なにこれぇ…」

『さぁな、不味い状況なのはよく分かる』

『まるで生き物の体内みたいですね…』

『車両間の移動も出来なかった、通信が繋がるのが幸いだが…』

「だが?」


『昨日充電を忘れてしまっていて、もうすぐ通信機のバッテリーが切れそうだ』

『また忘れてたんですか!?探索の前日は必ずしておいてと何度も言いましたよね!?』

(……これって充電式なんだ…いやまぁ無線だしそれもそうか…)

『大声出したら余計消耗するから静かにしてくれ』

『…ったく、そんな事だろうとは思っていたので貴方の右腕にバッテリーとケーブル入れてます、それ使って下さい』

『ん?………お、マジだ…じゃあ充電するからしばらく切る、なんかあったら言ってくれ』


 ブツン


『…もう本当…まともなんだか間抜けなんだか…』

「……花蓮さんのは大丈夫なの?」

『私の場合は直接装備してますので、私自身の稼働が止まる程の不足でなければ通信は可能です』

「どのくらい持つの?」

『この体ならずっと走り続けておおよそ48時間は動けます』

「すごっ!」

『ふふん、まぁ戦闘向きでは無いので武装も最低限ですが…』

「戦闘向きじゃない?戦えないの?」

『戦いにくい、と言うだけです、問題ありません』

「…この電車は?」

『規模と耐久性、何よりも急所が分かりませんので断言は出来ませんが…今の私では火力不足かと』

「壊せないって事?」


『端的に言えばそうなります…もう既に何度か切り付けましたが、切ったそばから再生してしまって無意味でした、切れない訳では無いのでダメージはありますが、ここからでは致命傷までは持っていけなさそうです』

「…あ、ほんとだ、さっき開けた窓も何かぐちゃぐちゃして治ってきてる」


『今の所…脱出の目処は…』

 ピピッ!


『緊急事態だ、出来るだけ一回で理解しろ』

「博士?」

『どうやら俺達は胃袋の中らしい』

「どゆこと?」

『長い時間粘液に浸かっていた白衣とズボンの裾が溶けている』

「えぇ!?マジ!?」

『幸い足は無事だ、生身じゃないからな、花蓮も恐らく無事だろう…問題は優奈だ、服もあまり纏わずにしかも生身…体に異変は?』

「……そう言われたら体が痒い気がしてきた…」

『それが予兆かは分からないが、体に異常があればすぐに言え』

「はーい……ん?」

『どうした?』


 グチャグチャ…

「…何か…床が揺れてる?モゴモゴしてるみたいな…」


 ンァァアア…!

「え…?」

 バガァッ!!


 優奈の居た車両の地面が丸ごと口の様に開く。


「ひゃああああ!!」

 咄嗟にジャンプしたおかげで吊革を掴み、そのまま荷物棚の方へと飛び移って、天井と棚網との間に上手く入り込む事が出来た。


 一息ついて下を見た優奈の目には楕円形に広がり、床全体が開閉を繰り返し、その度に歯代わりに並んだ椅子がぶつかり合って、激しい金属の衝突音を繰り返している光景が映し出されていた。

 その中心には丁度人が入れそうな深く、粘ついた穴が物欲しそうに開いていた。


『大丈夫ですか!?』

「あ、あの!で、電車の床が口で…!椅子が歯みたいに!ほ、ほらさっきのホーム!ホームと同じ!ホームが口だったんだ!だから開いて…私達を食べた!」

『落ち着け、何となく分かるがちゃんと説明しろ』

「…はぁ………はぁ…!うぅ…気持ち悪いよ…! 床が開いて、食べようとしてきたの!」

『つまり床がホームと同じ様に開いて、それが口の様だと?』

「それそれ!そういう事!そっちは!?」

『異常はない、強いて言うなら半袖半ズボンになった』

『同じくシスター服がギャルスカートになりました』

「大丈夫なら助けてぇ!!」

『……仕方ない、扉を爆破して吹っ飛ばす、進行方向から何両目か分かるか?』

「分かんないけど…多分前の…」


 ベロォ…!

「……方…」

 楕円の真ん中の穴から突如先が丸くとがった細長い触手が現れ、優奈の方へとじわじわ明らかな意志を持って向かってくる。

「ぅぎゃあああ!!舌伸ばして来たぁ!!」

 ゴチィン!!

「あだぁ!?」

 あまりにも突然の事と驚きと嫌悪感が混ざったせいで勢いよく立ち上がってしまい、勢いよく天井へと頭をぶつけてしまった。


『おい、無事か?』

「ぁいたたた…ん?」


 ふと、ぶつかった所に触る。

 その部分は自身の体と同じ形に大きくへこみ、潰れてのっぺりとした赤い肉から血のようなものが滴り落ちている。

 すぐに戻通りに再生したが、それと同時に一つの考えが過ぎった。


(意外と私でも簡単に傷を付けられる…そういえば花蓮さんも攻撃は通るって言ってたよね…つまり何処か壊せば外に…私でも壊せる所…)

「あ!」

『どうした?さっきから何が…』

「……よし…!」

『?』


 しゃがんだ体制のまま、反対の窓へと狙いを定める。

(チャンスは…多分一回…!)


 目前まで迫る舌を躱すように祈りながら飛び出した。




 ――前から6両目


「優奈さん!優奈さん!!応答を!」

 ジジジジ…

「ダメです…」


 幾度となく連絡を繰り返すが、虚しいノイズ音のみが彼女の耳に響く。


『何らかの要因で通信機が壊れたか…それとも死んだか…』

「…また私達は…」

『悲しんでも仕方がない、それにまだ決まった訳じゃないからな…』

「そうですね…」

『俺は充電に戻る、何かあったら言え』

「はい…」


 ブツッ…


「………はぁ…」

(…私は…何処まで無力なの…)


 少しヌメヌメした車両の椅子に座り、思わず頭を抱えて少し蹲る。


(…ここから出る事も出来ず…ただ祈る事しか出来ないなんて…)

「………祈り…ね……ふふ…」

(……馬鹿馬鹿しい…この世に神なんてものは居ないのに…一体何を、誰に、どうやって祈れば良いの?)

「……ごめんなさい…優奈さん」


 謝る事しか出来ず、その返事も帰ってくる事は無い。

 私はただ静かに、電車に揺れる感覚と等間隔に響く走行音をぼんやりと聞き続けていた。



 ドタドタ!!


 花蓮が優奈と連絡が取れなくなってから四分程経つと、それからしばらくの間天井で誰かが走っている様な音が煩く鳴る。

 その音は遠くから近づいて来ている事に花蓮は気づいていた。


「…さっきから上で何が…」


 騒がしい足音が花蓮の乗る車両まで来た瞬間ピタリと止まり再び走行音のみが車内を埋め尽くす。

 足音が止まったのを察すると、剣を構えて何時でも刺し殺せる様に警戒した。


 それから数十秒後、思いもよらない方から何かを叩く音が響く。

 ゴンゴン!!

 ……んさん!!

 そして、それに混じる少女の声

「!?」

 ドンドンドン!!

 …けて!!


「……窓から…」

 振り向くが、窓から外は見えない。


 開けてー!

「!?」

 だが、花蓮は直感的に理解した。


「花蓮さーん!!開けてぇー!!」

 そこには優奈が居る。

 窓からは何も見えない、しかし彼女の耳には優奈の声が既に記録されている事もあり、一瞬の疑いもなく肉に覆われた窓ガラスの先に居るのは間違いなく優奈だと分かった。


 何故そこに?通信機は?どうやって外に?怪我は?身体は?どういう状況?


 様々な問答や疑問が花蓮の脳内を巡るがその中で一際輝く彼女の思い、それは


「…無事で良かったです!!」

「体制悪くて割れないのー!あと血が上るから早く開けてぇ!!」


 ただただ静かな、安堵の思いだった。

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