第2話 迫り来る影

ガラガラ…

(…やっぱり何もないか)

汚染された空気と瓦礫に覆われ、崩れかけたコンクリートの建物が立ち並ぶかつて自分が住んでいた地方都市だった街を、道端に落ちていた石ころを時折蹴り飛ばし、白いボロボロのガスマスクのレンズ越しに辺りを眺めながら宛ても無く歩き続ける。


(……生き残りは居ない、分かっていたが無駄足か、無闇に期待はする物じゃないな)

軽くため息を着き、足を止める。

(…これ以上、付き合わせる訳にはいかない…)

別行動していた仲間の帰還の連絡を送ろうと前を開けたブカブカな白衣のポケットから通信機を取り出した瞬間


ピピッ!


丁度あちらからの通信が入る。

「…花蓮かれんか、どうした?」

眞人まひとさん、セントラルタワービルまで来てくれますか?』

「そこにはもう行ったが…」

『生存者を保護しました…義体率…0%…つまり生身の…』

「……は?」


…23年前…杏子が死んでから、俺はこの世界を必死に生きてきた。

その中で最も苦労し、そして危機に瀕した事、それは教団による核攻撃によって汚染された地域とその周辺の探索だった。

今、この街も正に被爆の中心。

人の生きられる土地では無いそれらの場所に歩くには、生身の身体を捨てざるを得なかった。

今の俺の体は脳と重要器官以外の大体を全て義体にして動いている、大体60%くらいだろうか。


それに加えて昔、居候していた家のメイドにあげた花粉症対策(本来は放射能対策用)のガスマスクを付けて限界まで対策を施すが、それでも外での長期間の活動は厳しいのが実情。


(…そんな環境下で…マスクもつけずに無事…なわけない、既に被爆済みだろう…手遅れかもしれないな)

「花蓮、その人に目立った特徴は?」

『黒く長い髪と…少し幼い顔つきの…肉体年齢は15、6歳程の女性です、右目が金色、左が黒のオッドアイ…そこ以外に目立った特徴は見当たりません』

「…その目が放射能の影響とかは」

『ありませんが…後天的な様に思えます、辺りには培養機の様な形をした大きな機器たの残骸が散らばっていましたので、奴らの研究の過程で生まれた失敗作…と私は思います』


「…俺も概ね同意見だ、丁度昔見た事ある」

『…というのは』

「…教団が生み出した未完成な新人類である二人の偶像、そいつらの目もどっちかの目が違う色だった、髪は真っ白だったがな」


『…無関係…とは考えにくいですね』

「…言っておくが、お前は何も気負うなよ」

『今更何も気にしません、私は貴方に救われた未来を信じるただの背信者、かつてあっただけの偶像などに興味はありませんので』

「そう言ってくれて助かる、変わった様子は無いか?」

『特にありません、当然ですが辺りを不安そうに見回しています、それに全裸でしたので持っていた服を貸してあげました』

「よし、そのままこっちに連れてこい、知らない反応が遠くから近づいてきている…直ぐに…」


ブォォォオ…ン…


「…!!」

街の反対、かつて海があった干からびた広大な大地の向こう、その上空に飛来する鉄の塊を眞人と通信機の向こうの花蓮が同時に存在を認識する。

「……はぁ…地下鉄で合流する、そのタワーの近くに地下鉄に続く駅がある、線路に降りたら何とかしてこっちに向かえ、お前ならどうとでもなる筈だ」

『了解』

プツン。

「……俺はどう行くか…引きこもってたから住んでた街なのに土地勘が無い、かつての不摂生がまさかここで響くとは…」

(……地下鉄…一回使ったことがある…がどこだったか…)

「…仕方ない、勘で行くか」

タタタタタ…!



直勘を信じて走り回ること十分弱、漸くそれらしい場所を発見し、閉まっていたシャッターを無理矢理こじ開け、寂れた地下道から駅まで歩いて、地下鉄の線路へと降りる事が出来た。


「…俺…東京とか言ったら絶対新宿駅で野垂れ死ぬな…」


己の絶妙な直感の悪さと最悪な方向音痴ぶりを軽く恨みながら、セントラルタワービル方面の線路を辿り走ろうと見た瞬間、線路の向こうから揺れる光が眞人の視界へ入った。


「…眞人さん!お待たせしました!」

敬虔な雰囲気のシスター服に身を包み、シスター帽から僅かに垣間見える長い茶髪。

若いながらも大人びた優しい風貌であり、その瞳は朱色に染まっている女性がライトを持ちながら走ってきていた。


「いや、今来た」

事実と相違ない事を眞人は無の感情で口に出す。

先程の通信に出て来た少女は花蓮の後ろに隠れ、不安そうな目で眞人を見つめている。


「…お姉さん、この人…誰?」

「私の仲間で、正義のヒーローです」

「え?ヒーロー…?本物…!?」

「花蓮、冗談は後だ…君、自分の名前は分かるか?」

「……わかんない…」

「あぁ、名前ならこれが…」

花蓮が懐から金属製の無機質な首飾りを取り出す。

「これが彼女の首にかけてあったネームタグです」

「……!!」

そこに書かれていた名前…特に苗字を見て眞人は絶句した。


燈片 未来ひがた みらい


「……眞人さん、この名前…」

「……はぁ…あのクソババア…胸糞悪い置き土産しやがって…」

珍しく語気を荒らげ、受け取ったネームタグを怒りのままに握りつぶしてしまう。

(名前が未来とか…ふざけてんのか…ぶっ殺してやりたい)


「よし、これより改名の義を行う」

「ここで!?」

「俺はこの名前を一度たりとも呼びたくないからな」

「じゃあ私が付けます!」

「ダメだ」

「どうしてですか!?センスありますよ!?」

「じゃあこの前生まれた男の子にどんな名前つけようとしてた?」

「…神男アダム…」

「残念だが、そのセンスが許されるのは人類最初の一世帯だけだ、今はポストアポカリプスの真っ最中だから許されない」

「じ、じゃあ!今考えたものが良かったらその名前でお願いします!」

「よし、最後のチャンスだ」

「ふぅ…」

「……」

ドキドキ…


「…聖女ジャンヌ

「よし、どんな感じの名前が良い?おじちゃんが考えちゃうぞー」

「ふぇ!?え、えーっと…」

「あれ!?無視!?」

「花蓮、頼むからもう一度脳を俺に預けてくれ、次こそは救ってみせる」

「もういいです!充分救われてますので!」


「……優奈ゆうな…」

「……何て?」

「…優奈ゆうな…って名前…どこかで聞いたことあって、それがいいなって…」

「……よし、良い名前だ」

「えー!普通過ぎますよ!聖女テレサは?聖女カタリナは!?」

「ふん!!」

「ぐべぁ!?」

「…苗字は要るか?」

「どっちでもいいよ」

「じゃあせっかくだし、俺の恩人の阪本さんと同じにしよう、阪本 優奈さかもと ゆうな…それがお前の名前だ」

「…阪本…優奈…うん!ありがとう!」

「…うぅ、私の名前も良いと思ったのですが…」

「鶏にでも付けてろ」

「そうします…」

(そうするんだ…)





ピピ!

突然、小さな電子音と共に花蓮が耳の近くを真剣な顔で抑える。


「眞人さん、見知らぬ方からの通信が…」

「…どんな奴だ?」

「……クラープ・ルーンヴァート…と名乗っています」

「…あいつか、遅かったな…要件は?」

「………協力して欲しいとの事です…」

「よし、こっちに繋げ」

「はい」


ピピ…ジー…


『あー…あー…聞こえるか?こちらクラープ…』

「…聞こえてる、まだ生きてたんだな」

『色々あって死に損なっただけだ』

「そこは同じか」

『だが、俺達と同じく死に損なった者がこの街に居る、一緒に探して欲しい』

「お前がいる街を知らない、地元民に聞け」

『先程のヘリ、あれは俺だ』

「そうか、なら俺が地元民か」

『燃料が切れてしまって今は西海岸沿いの下水道にいる、来てくれると助かるんだが』

「遠いな、お前も来い、こっちも時間が無いんだ」

『…仕方ない、どこに行けば……いや待て…』

……ン………ン…!

「どうした?何の音だ?」

『…ちっ…少し切る…今どこだ』

「……多分南の方の地下…」

「訂正します、街の北東側、位置的には商店街前駅の地下駅構内の線路上に居ます」

『分かった、俺もそこに向かう、安全を確保して大体の位置が把握出来たら再び連絡する』


プツン…


「…今の誰?」

「…友達の友達の恋人の仇の兄…?」

「つまり…?」

「知らない赤の他人」

「そんな人信用したの!?」

「…名前は聞いた事がある、さっきの奴とは別の友達から…というかそっちの方が分かりやすいな、友達の元カレだ」

「…別れた原因は痴情の縺れ…と言うやつですか?」

「本人に聞け、というよりそこじゃないだろ」

「…何者かに…見つかったかのような雰囲気でしたが…」

「いや、あの様子じゃ気付いたのはクラープだけの筈だ…つまり俺達以外の誰か…動ける誰かがこの街に居る…」


ガタンゴトン…ガタンゴトン…


「ねぇ、何か来てない?」

「来てるな、まだ遠いが俺も聞こえた、電車って乗り物だ」

「…この回転数と音の遠さなら…あと数分後にはここに来るかと…」

「…一応避けとくか」

「いやいや、避けないと死にますから」


三人は乗り場の方へと戻る。

電車が過ぎ去るのを待つ為にベンチへと座ると、花蓮と眞人は何気ない雑談を始めていた。


「今日の夜飯なんかある?」

「マッシュポテトと…ビタミン剤…ミネラル剤…それと…あぁそういえば消費期限ギリギリの缶詰が幾つかありましたね…」

「まーた芋か、もっと味の濃いものが食べたい…てか米が食いたい…杏子の料理が食べたーい!ケーキ食べたーい!甘いのー!」

「文句言わないで下さーい、貴方何歳ですかー?」

「39でーす」

「おじさーん、我慢して下さいねー、それに叶うなら私も白銀さんの料理を食べてみたいでーす……えーと…それから…」


眞人を適当にあしらいながら花蓮は懐から端末を取り出し、ポチポチと弄り始める。


「あ!そうだ!ドライカレーが余ってるんでした!優奈さんもいますし、今日はこれにしましょう!」

「ぃよっしゃー」

「……ん?あれ?食料減ってる…もー!眞人さん!まーた夜中に乾パン丸々一缶食べましたね!?」

「しょうがないだろー、最近夜通しやってて腹減るんだ」

「だとしても、食事以外の一日缶詰4分の1まで!それが決まりですよね!?あぁもう!私も食べたかったのにぃ!」

「…それが本音か、味蕾機能とエネルギー変換機構壊したら直すの面倒だからあんまり使わないで欲しいんだが」

「食事は体と心のエネルギー補給なので!」

「…言っとくが乾パンとかあんまり味しないぞ、他よりは美味いけど…」

「私にとってはそうでも無いので」

「……はぁ、そういうのはズルだろ」

「ふふ…」

「わぁーったよ、罰として言う事聞いてやる」

「やった!じゃあ私の足にジェット噴射を…!」

「せめて簡単なのにしてくれ」


「……あの…」

「どうした?」

「…何だか…ちょっと会話に違和感があって…花蓮さんが人間じゃないみたいな…」

「…あぁ、言ってなかったか?こいつ体の殆どが機械なんだ」

「え!?」

「と言っても、脳だけは人間の頃のままですが」

「嘘……でも…確かに…手を握られた時硬かった気がする…」

「これが証拠です」


花蓮が袖を捲ると、中から無機質でありながら少し生物的な滑らかさを感じる機械の腕が現れる。


「見えるとこ以外は人口皮も付けてない、そういうのは金がかかるし、ラブドールみたいで嫌だからな」

「それは煩悩から来る偏見で偽装した削減では?」

「製作者の努力の賜物と言え、お前作るコスト頭おかしいほど高かったんだからな」

「大事に使いますよ、最期まで」

「…い、色々気になるんだけど…つまり…二人は仲良しなんだね!」

「まぁそうだ、俺は命の恩人だからな」

「恩着せがましいですがそれは紛れもない事実です、認めましょう」

「何で上からなんだ…言っとくけど立場的には俺が上司だからな?」

「もう上司や部下やらで話す時代ではありませんよ、だって文明滅びてますし、今はパソコンやパチンコではなく、敵のドたまに鉛玉を打つシノギで稼ぐ時代になったんです」

「お前…もしや最近変なゲーム遊んだな?」


「…いいえ?」

「誓いの?」「場所」

「命の?」「詩。」

「死神の?」「遺言」

「……はぁ…しばらくゲーム禁止な」

「えー!?全スタイルの動きも完璧にマスターしたのに!?」

「やめろ!何かちょっとむず痒いからやめろ!」

「あはは…」

(…やばい…全然分かんないからとりあえず笑っとこ…)

「優奈さんにも今度させてあげます!ハマりますよ!絶対!」

「やめろ!いたいけな少女にさせるゲームじゃない!」

「…あはは……っ!二人とも!それより電車が…!」


キキィィィィ………プシュ…ゥ…


「……止まった?」

「……生体熱の反応あり…列車全体に満遍なく…」

「…え?どういう事?」


グチャ…ミシ…!


「ひぃっ!?何の音!?肉!?鉄!?気持ち悪いぃ!」

「眞人さんはどちらの呼び方ですか?私はイビルです」

「…それは俺が付けたんだ、恥ずかしいからやめろ」



「成程…では…」

シャキ…


「あぁ」

カチャ…!


「こいつ、なんなの…!?」


「「妖魔だイビルです」」

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