Evil Hunters 〜IF〜
ヌソン
プロローグ
第1話 "ヒーロー"の誕生
「……はぁ…………はぁ…!」
「…
「……怪我人は黙って背負われていろ…」
タッタッタッ…!
草木生い茂る森の中をボロボロのメイド服を纏い髪の長い一人の少年を背負った長身の女性が走っている。
少年は足を右足の太腿から血を流し、痛みを耐えるような呼吸で背負われながら女性を制止しようと必死に声をかけている。
「戦いはまだ終わっていない、そうだろう」
「…頼む…君一人なら逃げられるんだ、その方が…この先の戦いに…勝利する可能性が…」
「無い、私一人が生きた所でこの世界は変わらない、この世界を救うのはただの従者である私ではなく、英雄になるであろうお前だ」
「……皆が居なくなってから…随分と舌が回るようになったな…」
「…元々こうだったさ、ずっと昔の話だが」
メイド服の女性が少し微笑んだ瞬間、遠くの方から男の声が響き渡る。
「居たぞ!!」
それは彼らにとって、敵と言うべき兵士達。
一人の声に反応した兵士達は指された方角を見て抱えていたマシンガンを次々と放っていく。
「ちっ…!」
「…暗視ゴーグル…じゃないな…あれは…」
女性はしっかりと少年を背負い直し、常人離れした速さで森の中を駆けていく。
ドドドド!
後方から放たれる銃弾を時には躱し、時には木で防ぎ、少し服や肌にかすめながらも当たること無く巧みに森の奥へと逃げていく。
しかし行く先には必ず敵兵士が現れるせいで逃げ道が徐々に減って行き、同時に体力を削られていく。
走って行くうちに少年よりも早く女性が環境の違和感に気づき始める。
(…随分疲れると思ったら…上り坂になっている…それに僅かだが潮の音と匂い…誘導されているとしか思えない…)
嫌な予感と疑念が過ぎるがそれを考える暇も無いほど、現状は切羽詰まった状態。
敵兵士から逃げる度に徐々に感じていた潮の音と匂いが強くなり、風も少しずつ強く吹き始め…
「…!!」
突然辺りが開放的な空間へと変わった瞬間、女性は足を止めた。
ザパァン…!
「…………やはりか…」
女性は嫌な予感が完璧に的中した事に嫌でも気付かされることになった。
ザザァ…
強い風が吹き荒れる切り立った断崖絶壁、眼下には激しく岩場に打ち付ける波が石を抉る音と共に飛沫を散らし、灰色に染った空の雲が風に背を押され目に見えるほどの速さで動いている。
「……ちっ…すまない…しくじった…」
「…いや、いいさ」
二人が悔しそうに呟き終わると同時に森の中から追いついてきた大量の兵士が現れ、一斉に女性の方へと黒く光る銃口を向けている。
(……40…いや…もっとか…)
女性はよりしっかりと少年を背負い、せめてもの抵抗と言わんばかりに敵を睨み続ける。
その覚悟を嗤うように拍手をしながら兵士の間を縫って一人の男がぬるりと現れた。
「いやはや素晴らしい、やはり”正義の味方”は一味違いますねぇ」
細身に黒いロングスーツを纏い、左目の辺りに仮面をつけ、片側をかき上げた紫色のセミロングの髪を風に揺らしながら男は悠々と兵士の前に立つ。
「……
「お久しぶりです、グレイ・アメスリードさん」
「その名前はやめろ、我慢できなくなる」
「おぉ、怖い」
余裕から来る静かな嘲笑を浮かべながら、男は一歩ずつ二人の方へ近づいていく。
「して、どうされますか?貴方達…えーっと…そう、”
兵士と女性の丁度中心まで来た所で足を止め、顔に浮かべた笑みが無くなったかと思うと値踏みする様な視線で二人の方を睨んでいる。
「さっさと本題に入れ」
「…そこの少年、
「……っ…」
「彼の母親が非常に優秀な科学者だったのは…ご存知ですね?その方が先日亡くなり我々は非常に困っているのですよ、幸いにも彼はその能力を受け継ぎ、素晴らしい技術を個人で有している」
「…こいつはお前達に従う器じゃない」
「なぁに、一度砕いてしまえば、無理矢理にでも私の小さな器にも詰め込めますよ、ふふふ…」
男は邪悪に笑い、大袈裟に二人を仰ぐ様に両手を広げ、声高らかに交渉を持ちかける。
「さぁ!我々の新世界の為に!選ばれし者の理想郷の為に!彼の力を是非!」
「……杏子…俺は良い」
女性のみに聞こえるように少年が苦しそうに呟く。
「…奴らに引き渡してくれ、君が助かるならそれでいい、生きてくれ」
「それは命令か?」
「…………あぁ…そうだ」
「…了解した」
そう答えると背負っていた少年を下ろし、自身の前へと引きずり出す。
「随分とあっさりですね、何かお考えが?」
「あったらこんな事になっていない、これで私は助かるんだな?」
「えぇ、彼に歯向かわれても困りますから」
「そうか…残念だ、眞人」
「…気にするな…俺が選んだ結果だ」
男は少し怪しみながらも嬉々としながら明け渡された少年の元へと歩き、距離がじわじわと縮まっていく。
その最中、女性が突如口を開いた。
「実は昔からしてみたい事があったんだ」
「…何でしょうか…」
静かに聞き返した男の声に呼応する様に、女性が少年の服を一瞬で掴み…
「…っ!杏k…!!」
グォン!!
何かを察したのか少年が名前を叫ぼうとした瞬間、凄まじい強さで引っ張られる様な勢いの後、空を飛ぶ様な浮遊感が全身を襲う。
瞬きをする暇もなく、いつしか少年の眼前から男が消え、灰色の雲が視線を支配していた。
回るような感覚と落ちるような感覚が同時に自身の五感全てに覆いかぶさる。
時折見える岩肌とその上に立つ人影へと手を伸ばそうと足掻くが、平衡感覚を失って踏ん張りも効かず、状況を飲み込み切れていない彼にはそれすらも到底不可能な行為だった。
一瞬の内にあらゆる感覚が混乱し、何も出来ずに落ちていくだけの自身の無力さを直後に訪れた冷たい痛みと共に全力で叩き付けられた。
ドボォォン!!
痛みと衝撃で思考が止まり、視界が暗く薄れていく。
(…きょう…………こ…………)
泡と共に思考が出ていく中、無事であるはずが無い誰かの身を案じながら暗い海の中で、少年は静かに意識を手放した。
―――少年が意識を手放して暫く、雨が降る崖の上に屍山血河が出来上がっていた。
大量の死体と戦いの残骸がその戦いの壮絶さと凄惨さを雄弁に物語り、降り注ぐ雨でさえも流しきれないほどに多くの血が辺りへと流れていた。
そんな骸達の中心に震える人影が一つ、召使いの格好をした女性が浅い呼吸で口から少しずつ血を吐きながら仰向けで倒れている。
「……か………ふ…………っ…」
それに近づくもう一つの影。
「……やってくれましたね……全くもって予想外ですよ…」
ボロボロのロングスーツに身を包み、崩れて湿っているセミロングの髪を煩わしそうに片手でかきあげながら、ピクピクと動く唯一の生き残りへ怒りの視線と声を向ける。
「貴方がここまでやるとは…あぁ、勿体ない」
落ちていたハンドガンを生き残りへと向け、疲労で僅かにブレる照準を抑えながら引き金を引く。
バァァン!!
銃声が辺りへと静かに響き渡り、それが静まる頃には目を開けながら微笑むメイド服の女性の死体だけが残されていた。
「…………はぁ…」
男が耳につけたイヤホンの様な物に手を当て、誰かと通信を始める。
「…私だ…回収任務は失敗、部隊は壊滅し目標も喪失…これ以上続けるのは損だ、直ちに帰投する、言い訳は考えておくさ」
通信を終えた男は死体に一瞥し、激しさを増す雨や風に怯むこと無く、静かにその場を去っていった。
ザアアア!!
「……っ…」
全身へ満遍なく打ち付ける雨が砂浜に倒れふしていた少年の意識を覚醒させる。
ゆっくりと力なく体を起こし、辺りを見回す。
目の前には見覚えのある街並みが広がり、安堵と共に現実と後悔が心を襲い、足の痛みが立ち上がる気力を少しずつ割いていく。
土砂降りの中、顔や体に付いていた砂はすぐに雨で流され、水を吸って重たい服の不快感だけが少年の体へと伸しかかっていた。
「………杏子…」
幾度となく自分を救い、そして散った従者の名を呟く。
「…杏子ぉ…!」
当然返事は無い、雨音にかき消された声は何処にも届くこと無くその場でぽとりと落ちただけだった。
「……………行かないと…」
誰に聞かせる訳でも無く、一人寂しく決心の言葉を漏らしながら立ち上がり、水溜まりだらけの砂浜に足を取られながら少しずつ進んでいく。
「……く…っ…!」
一歩進む度、撃たれた足が痛む。
だが、それでも歩く事は止めない。
一歩一歩進んでいく。
痛みを堪えながら、歯を食いしばって進んでいく。
途中から少しずつ視界が滲んで来た、雨が目に入ったのだろう。
何度拭ってもずっと滲んでいる、寒いからか鼻水も出てきた、止まらない。
もう拭くことは諦めた、変に止めずに出し切ればスッキリするだろう。
あぁ、花粉症ってこんな気持ちなんだろうか、だとしたら杏子は大変だな…
こんなに苦しいなんて、辛いなんて、俺なら耐えられない。
だけど耐えて進まないと、生きないと、もう居ない皆を救う為に戦わないと。
今まで逃げて来たんだ、最後くらいは皆のようにしないと。
一歩でも近づけ、俺が憧れた”英雄達”に。
皆を救う、かっこいい”ヒーロー”に。
寂れた地方都市の中を、少年は進む。
涙を流し、鼻水を垂らし、雨に濡れ、足を引きずりながら、消して目を背けず前だけを絶望に満ちた真っ暗な未来を見据えて歩いていく。
その先に光は無くとも確かなる意志と希望を抱き、皆が笑える未来を信じて。
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