第4話 ネイツ源初聖典

校長室から教室へと戻って来た俺は、

いろいろと疑念が残るところではあるが、一旦、自分の席についた。

今日のところは大人しくしていよう。


それにしても、校長室のあの緊張感…。隣にいた男、やっぱり只者じゃない。

警備員だって?…んなわけあるか。校長の様子もおかしかった。


その日は一日、もやもやと色々考えながら、普段の授業を聞いていた。

今の時間の教科は『神話』だ。エリコ先生の講義が続く。


「今日のレポート課題にもあったように、まだ世界中には、

見つかっていない神話、寓話、おとぎ話が多数あります」


エリコ先生かぁ…、長身でモデル体型で…いい女だよなぁ。

体術に詳しいとか言ってたが、相当強いんだろうなぁ。

うんっ、抜群のプロポーションっ。


「神話や伝記には、祈りや願い、可能性が示されています。

それを読み解き、その想いを受け継ぎ、文明・文化を発展させて、

後世に伝えるのです」


…お聞きのように。


この学校、やたらとSFチックな教科が多く、不可思議な課題を出してくる。

前までは「妖怪」だの「UFO]だの「黒魔術」だの。

もう慣れたけど、超オカルトスクールだぜ、ここは。


逆に、ほとんど普通の教科は勉強しない。

「心理学」「精神医学」「風水学」「宗教哲学」…そんなのばっかり。


実はこの学校、1年から2年までは普通に進級できるんだが、

何故か3年には、ほとんど進級できない様になっている。


もともと受験が無く、紹介でのみ入学することが出来る特殊学校。

しかも訳アリの生い立ちの奴らがゴロゴロ居やがる。

だいたい2年で『社会復帰問題無し』と認められ、他校の普通の高校に編入するらしいが。


一方で、3年に進級する生徒は謎。とにかく謎だ。

俺の周りだと、寮長も3年のはずだが学校では見たことは無い。

そもそも3年は、別棟で勉強しているから、会う機会も無いのだが。


…まあ卒業できれば、どちらでもいいけどね。卒業できれば。


と。うだうだ妄想している間に授業は終わった。

…神話ってのは、どの国のものであっても、ひとつの真実に向かってる、

といった内容だったか?

あとで、優希にノート写させてもらおう。


そんな感じで、


二時間目が「心理学」

三時間目が「宗教学」

四時間目が「風水」


…と、ひととおり受けて、今日の授業は終了。学校側には「数日の外泊届」を提出した。

「休学届」でも良かったんだが、まだ提出する理由が弱い。

ひとまず、オヤジと話す時間が欲しかった。


オヤジは、有名な考古学者「鳥海航大とりうみ こうだい」。

何年か前に“不思議な書物”を発見したとかで、

本には懸賞金もかかって、大きなニュースになってたことがある。

そこでも確か…超常現象や神話といった内容に触れていた気がするのだが…正直覚えていない。


だが、今回見つけた『本』と、説明のつかない現象。

…どうも、ダブって見えるんだよな。何か関係があるかもしれない。


そんなところで、荷物を持って玄関に向かいつつ、オヤジに電話をしようとした。

-ちょうどその時。


「鳥海。ちょっといいか」


寮長に声をかけられる。3年の「西園寺さいおんじ」さんだ。


「はい、なんでしょう」

「昨日のことなんだが…」

「…」

「ハッキリ言うが、実は見てたんだ」

「!?」

「お前がバケモンと戦っているのを」


マジか。


「……何かの見間違いじゃないんですか?」

「場所を移そう。話したい事がある」


行かざるを得ない。

そうしてやって来たのは、体育館裏倉庫前。

警戒しながらついてきたが、他に人はいないようだ。


「…ドライアンデッド」


「え?」

「木化した人間のことをそう呼んでいる」

「…」

「3年になると習うんだよ。実際にこの世にいる異形の存在を」


急に何を言いだすのだ。3年は変人の集まりだったのか?

…ドライ…なんだって? とりあえず、話を合わせてみる。


「…それで…俺がその…ドライなんとかと戦って、どうだったんですか?」

「本の精霊を使って倒した」

「!!!」


マジだ。これは見られてる。どうする?


「あの本、なんだか分かっているのか」

「いやあ、だから何がなんだか」


「…『ネイツ源初聖典げんしょせいてん』という歴史書がある。著者はお前の父、鳥海博士だ。3年になると勉強することになる書物の一つだ」


…! なんだって!?


「間違いない。精霊、古の武器、そしてドライアンデッド、書かれている通りに全て揃っている」


どういうことだ? 3年になると習う?

いやいや、それよりも著者がオヤジで、昨日のことを言い当てている…?

ますます、チンプンカンプンだ。


「いやぁ、昨日は僕も少々錯乱してましたからねー。寮長も混乱したのでは?」

「はぐらかすな、鳥海」


がっちりと肩を掴まれる。怯えとも驚きとも言えない表情で睨みつけられる。

マジな表情。本当に『本』のことを知っているのだと確信した。


「…なんで知ってる? ここの3年っていったい何なんだ?」

「いい機会だ。話してやる」


そう言うと左腕の袖をまくし上げると、腕に、薄く光を放つ六芒星の魔法陣が現れた。


「…これは!?」

「この学校は、黄泉の国や異次元、異世界に渡れる人材を探し出し育てる場所だ」

「…え?」


「既に異世界に渡る門『ゲート』は見つけられている。もう50年も前にな。

 だが、ゲートの中は亜空間だ。どこに通じているか通じていないかも分からなかった」


!…ゲート。シーランが言っていた「転生エネルギー」を集める場所か!


「その後、有人探索を試みたが、ゲートをくぐった人間は全て「植物状態」となって戻って来た。生きてはいるが、もう会話も出来ない。こんな調子では異世界どころか、亜空間自体の調査もままならない状態だった」


「だが数年後、植物状態だった研究員の何人かが意識を取り戻した。彼らが共通して口にしたのは…」


≪向こうの世界での人生を終えた≫


「…あとは共通して、わからない言語で異世界で生きた経験を克明に語るのだ」


「そして、数日の内に絶命したという。医者によると『精神乖離症せいしんかいりしょう』で肉体と精神が拒絶・分離状態となり、そのまま死に至るのだそうだ。自分の身体に戻って来たはずなのに、定着出来なかったそうだ」


「この症例が増えてきたところで、そのレポートをまとめたという『竜条』博士は…≪ゲートに入った亜空間で精神と肉体が分離し、精神は別世界に転生した≫

という仮説を立てた」


「! ちょっと待って。竜条ってあの有名な?」


「あぁ。“竜条コンツェルン”の創始者で今の総帥の父だ。

この学校はこの仮説を元に竜条家により設立されたんだ」


「!!!」


「つまり、一度は “臨死体験で精神と肉体の分離を経験し戻って来た” 人間たち。

 彼らを素体に、ゲートの向こうの異世界に渡ろうとする逸材を育てる場所なんだ、ここは」


西園寺寮長は、流暢りゅうちょうに、この学校の秘密をペラペラしゃべっている。

…到底信じられる話じゃない。めちゃくちゃだ。

だが同時に、ここで実際に生活してみて納得できるところもあった。


「その話、どこまで信じたらいいんですか?」

「お前の勝手だ、好きにしろ。ただ、あの本を持っている限り、お前は狙われ続ける」


「…」


「まだ半信半疑でもいい。まず、この学校から出て、ゲートと聖地を探せ」

「聖地?」

「どこにあるかは分からん。政府も学校の連中も探しているからな」

「あの時、精霊を呼び出した『本』がキーアイテムだ。お前のオヤジさん、鳥海博士なら知っているだろう」

「オヤジが?」

「あとは自分で確かめろ」


先輩は袖を下ろして、見えていた左腕の魔法陣を隠した。


「…先輩。なんで、ここまで話してくれるんですか」

「…俺のゲート渡航が決まった。3日後だ。生きて帰れるか、どうなるかも分からんからな」

「逃げればいいじゃないですか」

「この腕の魔法陣…。これはこの学区内からは出られない結界なんだ」

「しかも俺は3年進級のときに、小さい兄弟を十分食わせられるほどの謝礼も受け取っている」


「逃げたくても逃げられんし、逃げるつもりもない。ただ、昨日の光景を見たとき…。お前に後を託したくなったんだ。俺たちの渡航が無駄ではなかったことをな」


「…」


「絵空事かと思っていた話が、少なくとも嘘ではなくなったからな。

 フッ、あるいは異世界に渡れる最初の一人はお前なのかもな」


そう言って、先輩は踵を返した。


「話は以上だ。引き留めて悪かったな」

「いえ、ありがとうございます。まだ信じられませんが参考になりました」


俺も正門に向かおうとすると、先輩は足を止めて、


「あとひとつ。校長を取り巻いてる長身の男。気を付けた方がいいぜ。多分あいつもこっち側の人間じゃない」


そういって、西園寺先輩は立ち去った。


なにやら一気に状況が見えてきた気がする。

鵜呑みにすることはできないが、この学校のキナ臭さは十分説明された。


…3年生って、異世界渡航者の選別だったんだ。


とにかく、オヤジに会おう。

…だが、説明するには言葉を選ばないとな。

この本のこともベラベラ喋ってはいけない様な気がする。


<続く>

---------------------------------------------------------

<予告>

俺はオヤジに会うために、竜条研究所にやってきた。

オヤジが戻るまで館内で待つことになったのだが…。


数時間たっても誰も現れない。ドアに鍵が掛かっている!?


…そんなときに、奴に出会った。冒険を共にする最初の仲間に。


次回『真堂香澄しんどうかすみ 登場』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る