第3話 都立「自由徳心学校」

やっと、朝が来た。

…それにしても、とんでもない一日だった。

あの後、結局目はつむったが、睡眠は全然とれなかった。


「…くぁぁぁぁ…!」


大きく乾いた欠伸をひとつ。

頭切り替えて、とにかく、まずは学校に行かなくちゃな。


--昨晩、部屋を片付けながら、何日か部屋を空ける準備はもうできていた--


「あとは…っと」


昨日出会った、不思議な生き物。

真っ赤なイタチの様にも見える小動物なんだが、コイツもこの世のものじゃない。

睡眠不足じゃなくても、思考回路が追い付かないぜ。


…こいつ、起きないな。


「おい。…おいってば」


ムクリと起きて、ネコの様に伸びをする。


「タクヤ。おはよう」


…のんきやな。っていうか今気が付いた! 

こいつ、実は口を開けてしゃべってない。


「なに? 急いで出発しよう」


…テレパシーみたいなもんか。音になっていないのに、耳から聞こえてくる感じだ。

意思の疎通はしっかり出来ている。

…こっちは普通に喋らなきゃならんが。


「おまえさぁ。昨日のアレをまず説明してくれよ」

「アレって、なに?」


「色々ありすぎたアレだよ! 燃えたカバンからお前が生まれて、気絶したかと思ったら、部屋で木の化け物に襲われて、お前が変身したってア・レ・だ・よ」


「説明、ムツカシイ。」


…ふう。まあいいや。とにかく次に襲われる前に早くここを出よう。

まずは学校。何とか昨日のことを言い訳して、当分休むって伝えないとな。

で、次はオヤジだ。何とか会って、このケッタイな事件にことを考えてもらわないと。それと、『生沢』って記者も気になるしな。


「お前、とりあえずどうする? 俺は学校に行くけど」

「ガッコウ? タクヤ、ダメ。『本』の場所に向かわないと」

「なんだよ。『本』ならそこにあるじゃんか」


…昨日、突然カバンが燃えてコイツが出て来た、例の『炎の書』ってやつがな。


「『本』がもともとあった場所。みんな、そこに集まる。

審判者に『本』を届けるまでプログラムは止まらない」


「昨日言っていた『帰還プログラム』ってやつか。

ってことは、やっぱりまた襲われるってか…。

冗談じゃない。ちなみにそこはどこにあるんだ?」


「本のウラに書いてある場所」

「ウラ?」


表紙のことか? …確かに地図っぽく見えるな。これか。

…どこだここ? 少なくとも日本じゃないし…、

まてよ。そもそも世界地図にこんな大陸あったか…?


「ここ、どこかわかんねーよ」

「こまる」

「いや、困ってるのはこっちだよ」


…はー。しょうがない。とにかく誰かに聞くしかないな。


「じゃー、おまえ」

「おまえじゃない、シラン」

「?」

「タクヤが付けた名前、シラン」

「いや、おれは名付けたわけじゃなく、お前が誰かは知らないって意味で」


「……違うの?」(泣きそうになってる)


「だー、わ~…って、分かったよ。でもシランだとなんだかなあ……そうだ『シーラン』! お前はシーランだよ」


我ながら良いアイディアだ。伸ばし棒を付けるだけで、ガラッとイメージが変わる。


「わかった! ぼくシーラン」

「あぁ。よろしくなシーラン」


うれしそうだな。…って、いかんいかん、それどころじゃない。

ともかく学校に説明しないとな。


「じゃあ、シーラン。出かけて来るから、ここで待っといてくれるか」

「ダメ。いつもいっしょ」

「そうはいくかよ。見たことのない、しかもしゃべるイタチだぞ。

あっという間に大騒動になるぜ」

「なにそれ! シーラン、イタチじゃない! タクヤを守れない!」


…お前、ボディーガードなのかよ?

まあ、確かに昨日は助けてくれたしなぁ。

確かに、また襲われた時を考えると…。


「わかったよ。このリュックに入っといてくれ」

「わかった」


昨日燃えちまったカバンの代わりに、昔オヤジからもらった冒険用のリュック。

小道具も色々入っていて便利そうだから、コレにした。

シーランは器用に体を丸めてカバンの隙間から中に入った。

貴重品や日用品も一通りカバンに詰め込んでる。

数日は帰らなくても大丈夫だ。


「よし、行くか」


❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖


<都立 自由徳心学校>


寮から歩いて10分。ここが、俺が、今年から世話になっている学校だ。

面白い授業も多いんだが、正直、何だかキナ臭さもある。

寮に住んでいて、最初は結構人数がいたんだが、

転校する奴が多いとかで、年間何人かがいなくなってるらしい。

3年生に関しては、ほぼ数人しか残っていないのが現状だ。


まあ、見た目は普通の高校と変わらないんだけどね。

…なんだかんだいつもの登校時間だな。9時半からホームルームだ。

どこの学校でも聞くようなチャイムが鳴る。


「おいおい、昨日は大変だったそうじゃねーか」


声を掛けてきたのは、同じ2年の「岩永優希いわなが ゆうき」。

こいつも、きっと訳アリで入学したんだろうが、お互いキツイ過去だろうから、

あえて触れてはいない。とりあえず、質問には答える。


「あー。びっくりしたよ。急に窓ガラスが割れてさ」

「爆発でも起きたんか?」


「…まあ、俺の不注意で。悪いな、起こしちまったか」

「派手な音だったからなぁ。寮長からは部屋から出るなって注意されたしさ…って、おまえスゴイ荷物だな」

「ちょっと、ね。今日も早退するかもしれん。あと、ほとんど寝てないんだよな…ふぁぁぁ…」


「諸君、おはよう」


ドアをくぐってくる長身の美人。エリコ先生だ。

前髪が見事に目の辺りを隠して、全然目が合わないヘアースタイル。…見ずらくない?


「拓弥くん。昨日のことで校長先生が呼んでるわ。ホームルームはいいから、直ぐに行きなさい」


おっと、さっそく。


「…じゃーな優希。無事を祈っててくれい」

「へーへー。こりゃ今週の小遣いはカット、下手すりゃ休日お取り上げか~?」


…そういうこと、言わない。


で、早速校長室の前までやって来た。う~ん、何気に初めて入るんだよな…。


コンコン。


「はい。どうぞ」

「失礼しまーす」


おお、独特の緊張感…これが校長室なのか? なんか良く分からんプレッシャーだ。

…! そして、カバンの中が…、また熱くなってる!

おい、シーラン。おとなしくしていてくれよ。


「昨日は大変だったね」

「はい。お騒がせしてすみませんでした」

「いやいや、無事なら何よりだ。それよりも」


そう言って、隣に立っている人物と目くばせをする。誰だ?


「この男は、まあ、行ってみれば警備員のようなもので、

昨日の窓ガラスが割れた件で、報告を受けた」


警備員? そんな人、寮にはいないぞ?


「単刀直入に聞こう。…誰か侵入してきたのではないのかね?」


…なんでそんなことを聞く。


「いえ、誰も。自分が寝ぼけて窓ガラスに突っ込んだだけなんで」

「そんなはずはありません」


何だ、この警備員。


「実は、今朝君が部屋を出た後、少し調べさせてもらいました」


…! 部屋を出てからって、まだ1時間も経ってないぞ?


「ガラスは部屋の内側に散らばり、部屋の温度は明らかに上昇し、所々焼けていました。そして“これ”が落ちていたことが決定的です」


何だあれ…木の枝のような。あっ!


昨日侵入してきた、あのバケモン。植物みたいな手足してたような。

破片が落ちていたのか?


「心当たりは?」

「ありませんよ、校長先生。風か何かで入って来たんじゃないんでしょうかね」


校長と警備員(?)は何やら目くばせをして、


「…わかりました。では、私はこれで失礼します」


と言って、警備員らしき男は退室した。


「…。鳥海拓弥くん。君は、あの有名な鳥海博士の息子だ。好奇心が強いのは良いことだが、昨日、本当は何があったか教えてもらえないかね」


…なんでこんなにしつこいんだ? もしかして、何か知ってるのか?

ちょっと探るか。


「あー、実は。目の錯覚かと思って黙っていたんですけど」

「ふむ」

「木の人間みたいな奴を見たような気がします」


…目の色が変わった。


「どこでかね」

「いやぁ。窓ガラスを割ってしまってその時に外に見えた気がします。まあ、暗かったんで、人に似た形の樹木だったんでしょう」


「…」


考え込んでいるな。やっぱり、何か知ってるんだ。


「わかった。わざわざご苦労だった。いったん授業に戻って良し。今日の課題についてはペナルティは無いから安心したまえ」


お、やった、ラッキー!


「…その代わり、もしまた奇妙なことがあったら教えてくれ」


咄嗟とっさに、“なぜです?”…と聞きそうになったが、それは今聞いてはいけない気がした。


「わかりました。失礼します」


…ふう。何とか事なきを得たか。

にしても。おい、シーラン。カバンがあつあつだったぜ。

階段の影に隠れて、リュックの中をのぞく。


「タクヤ。今のヤツ、キケン。あまり話しちゃダメ」

「…え? 校長先生が? なんで」

「たぶん、ゲームのこと知ってる」


ゲーム? 確か昨日もそんなこと言ってたな。「帰還プログラム」だか。


「なんのゲームなんだ?」


シーランは本を開くように言い、俺はそれを順番にめくりながら、

シーランの話を聞いた…。


……。


---この本は「国そのもの」が転生してきた姿なんだそうだ。

もともとの異世界は、今は荒野と化していて非常に危険な状態らしい。

国民も転生を試みたらしいのだが、こちらの世界に器が無かったのか、ほとんどの人間は樹木や無機物に転生してしまったらしい。


「…なるほど、これが異形の正体か」


国が命を吹き返すには『逆転生』、つまり、今俺のいる世界からの強いエネルギー干渉が必要なのだという。

そのためには、本に選ばれた「渡航者」が転生エネルギーを集めながら聖地に向かい、本を「審判者」に手渡して、元の世界に送り届けること。

…それが『帰還プログラム』の全容ということだ。


「審判者はエクスギールっていうの。ずっと待ってる」

「選ばれた渡航者ってのはオレなのか?」


「そう、タクヤ。ぼくが生まれたから間違いない。自動でプログラムが開始された。本のウラを見て」

「ん? 大きく砂時計が描かれているが…なんだこれ! 砂が動いてるぞ」

「これ、残り時間」


全然気づかなかった。目測だと、あと数日くらいはありそうだが…どういうことだ?


「過ぎるとどうなる?」

「本はただの本となってチカラを失う、国は元の荒野に戻される。ぼくも消える」

「なんだそれだけかよ」


リスクゼロに思わずホッとしてしまったが、

シーランは悲しげな表情を浮かべながら話を続ける。


「本のチカラが無くなると、シーランの世界の物質は消える。でも」

「…でも?」

「転生者は消えない。この世界と融合してしまったから。戻れない」

「…ってことは?」

「死ぬまで暴れ続ける」


 …………。


「昨日みたいな奴らが?」

「そう。いっぱい」

「そいつら全員、倒すしかないってこと?」

「倒さなくても大丈夫。本を持って逃げれば大丈夫」

「エネルギーを集めて、聖地までいければ守ってくれるよ」


そうだ。確か『転生エネルギー』って…


「そういや、転生エネルギーってなんだよ」

「ゲートエネルギーのこと」

「ゲート? どこかの門ってことか?」

「本の数だけ穴が開いている。それを見つけないと」


…くっ。アタマが痛くなってきた。


「タクヤのチカラが必要」

「…その渡航者がどうしても必要ってか」

「そう」

「ちょっと整理する時間をくれ。とりあえず授業に戻る」


この、とんでもない設定を持った元気イタチをリュックの中に入れて…と。ふう。


≪ガラガラガラ≫


「すいませーん、終わりましたぁ」


カラ元気でそそくさと席に着く。1時限目がちょうど終わる頃合いだった。


「おい、どうだったんだよ」


優希が早速聞いてくる。


「あ? 何にもないよ。校長にいろいろ聞かれただけ。ペナルティもなし」

「マジか!」

「ま、役得だったな」


「そこ、話さない!」


エリコ先生の鋭い眼光。美人にして確か相当な柔術の使い手とか。

…実際、病院送りにした話も聞いたしなぁ。


うまく授業を聞いているフリをしながら、俺は、さっきの校長のこと、

シーランの話のこと、そしてこれからのことに思いを巡らせるのだった。


<続く>

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<予告>

放課後、寮長に体育館裏に呼び出される。寮長は数少ない3年生の先輩。

実は、昨日のことを知っていて、この学校の秘密に関わる、ある真実が告げられる。


次回『ネイツ源初聖典』

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