第17話 惹かれ合うもの
「……、」
レーデッドは、何も言えなかった。
王家の人間でありながら、何も知らなかったから?
自分の存在が、あまりにもちっぽけであることを自覚してしまったから?
答えは、最早レーデッド本人にしか分からなかった。
「レーデッド。何を考えているか、流石に分かるよ」
ライラは溜息を吐いて、さらに話を続ける。
「世界の仕組みが、自らの知っているそれとは大きく違っているということ。それを聞いてしまったからには、理解し難いものがある——というのは、確かにその通りでしょう。しかしながら、だからと言ってわざわざ一つ一つに反応していっては、身が持たない。自分が見えていることだけが、世界の全てであるとは限らないのだから」
「しかし……」
「レーデッド。あなたは優しい人なのですね」
メアリーの言葉に、目を丸くする。
「どうして、そう思うのですか?」
「この世界の人々は、そこまで他人のことを考えてくれる訳じゃない。全員が全員そうではない、ということです。平穏な世界、争いのない世界——それは一見素晴らしい世界であり、理想の世界であると考えるかもしれませんが、残念ながらそうではないんです。人間というのは、平和を享受したいと願いながらも、争いがなければ新しい争いを生み出してしまう。人間は、知恵の木の実を食べたことで世界でも屈指の知力を身につけたことに関しては、最早間違いありませんけれど、しかしながらその結果がこれである……と考えると、あまりにも空しくなっていきますね」
メアリーは、何処か遠くを見つめながらそう言った。
仕方がないと言えば仕方がないのだ。メアリーは、予言の勇者一行として世界を救った——しかし、世界を救った後の勇者のなれの果てを見てしまったからか、世界に対して少し距離を置いている感じであるのだ。
「本題に入りたいんですけれどね」
言ったのはライラだ。
メアリーは首を傾げ、
「本題?」
とだけ言った。
よもやレーデッドをここに連れてきたことだけでお終いとでも思っているのだろうか。
「うそうそ、分かっているよ。メタモルフォーズを追いかけること、だよね。でも、ここまで来てしまえば楽だよ」
そう言ってメアリーはオリジナルフォーズの残滓に近づく。
ポケットから取り出したのは、小さいナイフだった。
ナイフを残滓の肌に突き立てると、そのまま少し皮を削るように切り取った。
生きているような感じがするのに、全く反応を示さなかった。
「本体が封印されているからね。これはあくまでも残滓だから。死んではいないけれど生きてもいない、ややこしい立ち位置に居るのだよね」
メアリーはレーデッドの視線に気付いたのか、彼の質問にそう答えた。
「だけれど、それでも立派な役目を果たしてくれる」
メアリーが手に持っていたのは、薄い皮だった。少し分厚い箇所があるのは、肌の組織も含まれているからだろう。手で削ったから、そういうギザギザな切り口となっている。
「……それをどう使うんですか?」
「オリジナルフォーズはメタモルフォーズの原典である。それは言ったでしょう? そして、近いものは惹かれ合う……。つまり、オリジナルフォーズとメタモルフォーズは惹かれ合うってこと。この残滓が反応すれば、メタモルフォーズが近くに居るって訳。自分に近しい存在が近くに居ることに関して、何かしらの反応を示している、ってことになるのかな」
◇◇◇
方針は決まった。
しかし、未だ決まっていないことがある。
「当座の目的地を決めなくてはいけない、かな。そういう話であれば、スノーフォグ高原を歩いてみてはどうかな」
メアリーの解答を聞いて、レーデッドは首を傾げた。
理解出来なかった、とでも言えば良いだろうか。
「スノーフォグ高原は、かつて祈祷師リュージュが作り上げた国家。しかし、それは最早歴史の大見出し、その一つに過ぎない。今は多くの観光客が世界の各地から押し寄せる、一大観光地と化している。だからこそ、意外な切欠っていうのを見つけられるんじゃないかな」
「いや、しかし……」
そんなことをしている暇は、レーデッドにはなかった。少なくとも彼はそう思っていた。
ミリアが行方不明になっていて、正体不明のメタモルフォーズを追いかけなくてはならない。
そのために、先に進まないといけないのに?
「分かるよ。分かるけれどね……」
ライラは、レーデッドの焦りを察して声を掛けた。
「けれども、ここは従っておくべきだと思う。メアリーさんは、こういうの結構当たるんだよ。勘が良いとでも言えば良いのか。まあ、祈祷師のような完全予言は出来ないけれどね」
「そりゃあそうよ、あれは世界の未来を実際に見てから発言している。いわば外れることのない予言なのだから」
ライラの言葉に、メアリーはそう補足した。
恐らくは、数え切れないぐらいそう言われているのだろう。呆れたような、諦めたような、そんな口調をしていた。
「でも、今ここで歩いているのは……」
「だから、情報を整理しましょう、と言っているんですよ。それをここで机上でやるのも良いかもしれませんけれど、何時までも延々と整理出来ないより区切りを付けて整理し始めた方がよっぽど良いと思いません?」
メアリーは笑って、そう言った。
少女のような無垢な笑みを浮かべて。
まあ、見た目は少女のそれと変わらないのだが、もう数百年は生きている人間だ。だのに、見た目があまりにも幼すぎて、それが不気味な違和感を生み出している。
「……分かりました。確かに、何もアイディアがない。であるならば、そうしてみるのもまた一興でしょう」
レーデッドは頷き、メアリーの提案に乗っかることとした。
先ずは、一歩。
前を向かないと、いけない。
◇◇◇
スノーフォグ高原は、一大観光地だ。
それはレーデッドも常識として知っていることの一つであり、実際に何度か訪れても常に人でごった返しているのがその証左である。
「……でも、ここで延々と時間を潰すのは良くない」
それぐらい、レーデッドだって分かっていた。
因みに、今は一人だ。
一応、何かあっても良いように何処かで見ている、とライラは言っていた。しかしながら、今のところライラの姿は見当たらない。もしかしたら本当に遠くから見ているだけで、近くには寄ってこないようにしてくれているのかもしれない。
それは、レーデッドに配慮しているのだろう。
「どうすれば、」
どうすれば、姉を救うことが出来るのか。
どうすれば、先に進むことが出来るのか。
そもそも、元の日常に戻ることなど出来るのか——。
色んなことがぐるぐると回って、吐き出しそうになる。
「……どうすれば」
再度、自らに問いかける。
この真っ暗な世界は、何時になれば終わりを迎えるのか。
待っているだけでは何も起こらないことぐらい、レーデッドにだって分かっていたのに。
それでも、ただ。
前を向くしかない。
◇◇◇
「世界はどうなるのだろうか?」
白い部屋。
オール・アイと呼ばれた、少年にも少女にも老人にも若者にも見えるそれは、ふうと息を吐いた。
「それを聞いて、どう考えるつもりかな?」
「
「面白いと思いますか?」
オール・アイは笑みを浮かべる。
「何故なら、わたくしは最初から全てを見ることが出来るのですから」
「ならば、何故続ける? レコードの通りに進む世界をただひたすら見続けるということは、最早悲しいことでは?」
「さあ」
オール・アイは踵を返し、
「それをどう考えるかは、あなたの勝手ですが。……一つだけ言いましょう、わたくしは別に楽しんでいるのではありませんよ。この世界がどう終わっていくのかを知っているけれども、だからといってそれを見続けることはつまらないことではありませんから」
「ならば?」
オール・アイは質問に答えなかった。
ただ、それだけだった。
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