第8話 歴史
「偉大なる戦いの記録は、確かに一切残っていない……。それは紛れもない事実だ。しかし、それと今の事実を結びつけるのは、あまりに短絡的ではないだろうか?」
レーデッドの言葉に、幾度か頷くライラ。
「レーデッド。あなたの言うことも分かる。けれども……、世界の真実を知ることもまた、王へなるには必要なこと。まあ、それを知らせないように、今の王家はしているようだけれど」
「どうして?」
「世界の闇に、蓋をしたいのでしょうね。ハイダルク王家は」
蓋。
世界の歴史は、どれも輝かしいものばかりではない。
当然ではあるが、光もあれば陰もある——それは紛れもない事実だ。
さりとて、それを延々と隠しきること——それもまた、間違いではない。
時の権力者は、誰でも自分に都合の悪い歴史を隠蔽し続ける。
これまでも、そして、これからも。
「ハイダルク王家は……、何故そんなことをしないといけないんだ? 正しい歴史ならば、正しく公表する必要があるのでは?」
「ハイダルク王家は、勇者の血筋を引いている」
ライラの言葉に、レーデッドは口を噤む。
「それは、何ら間違いのない話ではあるよね? 実際、ハイダルク王家は、かつて勇者とともに旅をしたとされる錬金術師と守護霊使いを先祖に持っている。けれども……、疑問点が一つ浮かばないかしら?」
「疑問点?」
「そう」
一息。
「……ハイダルク王家に、今まで魔術の才能を持った人間は居ないのではないか、ということについて」
◇◇◇
「……何だって?」
ライラの言葉に、レーデッドは首を傾げた。
いや、首を傾げたというよりかは、言っている言葉の意味が理解出来なかった——のかもしれない。
「ハイダルク王家は、確かに錬金術の才能と守護霊使いの才能——その二つしか析出されなかった、って言われている。けれども、それは今まで出てこなかっただけで、歴代の王家が達成出来なかっただけ、って……」
ミリアの言葉に、ライラは頷く。
「まあ、そう教育させられているのは間違いないかしらね。体の良い洗脳教育と言っても差し支えない」
「洗脳教育……」
「ハイダルクは世界を治めることが出来た。それは、どういう犠牲の下に成り立っていると思う? 或いは、それを考えたことがある?」
「……罰せられるべき存在だ、と言いたいのか?」
レーデッドは、せめてもの反抗の意思を示した。
けれども、ライラはそれを意に介さず、さらに話を続ける。
「偉大なる戦いの後、世界は安定した。良くも悪くも、ね……。三つの国家と、それに属さない小国によって構成されるようになり、さらには神の血を継ぐ存在も現れるようになった」
「ガラムドが子をなした、という話だったか? ただ、ガラムドは偉大なる戦い以後姿を見せることはなかったような気がするが……」
「ならば、神の血を引いた存在は偽りということになるのかしら」
「……それは」
もしそれが肯定されるのであれば、ハイダルク王家の存在そのものが否定されることになる。
何故ならば、ハイダルク王家の先祖に居る錬金術師——彼女もまた、神の血を引く一族に産まれた存在なのだから。
「あはは。別に、こちらも変な問答をするつもりはなくてね。けれども、一応きちんと話はしておかないといけないかな、と思っただけだ」
「つまり?」
「ハイダルク王家に伝わる歴史——それ即ち、この世界の殆どの人間が知っている歴史でもある。それは、全くのでたらめである……ということだよ」
◇◇◇
「整理しようか。先ずは、勇者達が持っていたとされる才能について」
ライラはそう切り出して、ハイダルク王家に伝わる——勇者の伝説について語り始めた。
「ハイダルク……いや、世界の歴史を語る上で外せないエピソードの一つには、勇者の伝説がある。勇者と彼に従った二人は、それぞれ才能を持っていた。……正確には、見初められたとでも言うべきか」
「それは知っているよ。それぞれ魔術、錬金術、そして守護霊使い……。彼らの血筋を引いているからこそ、ぼく達は才能を引き継いでいる……。けれども、それは『才能の儀』に出なければ、分からない」
レーデッドの言葉に、ライラは鼻で笑う。
「……才能の儀に出るまで、才能が確定しないって? そりゃあ、お笑いだね。そんなこと、今の今までほんとうに思っていたのかな?」
「違うのか?」
「予言の勇者が、最後にどうなったのかを知らないの?」
「……三人で協力して、ハイダルクを治めるようになったのでは? 勇者の恩恵を得られなかったレガドール、世界を滅亡へと導こうとした大罪人を生み出したスノーフォグは、衰退していった——と」
「後半は正解かな。けれども、勇者一行がハイダルク王家に入ったのは、大きな間違い」
「……何だって?」
「勇者は、大罪人リュージュを裁いた後……、突如として世界の歴史から姿を消した。その経緯は明らかになっていないのだけれどね。そうして、残された二人がハイダルク王家を継ぐこととなった……。国王が、勇者に世界を守ってほしいと思ったから、だと言われている」
「勇者が居なくなってしまったのに?」
「居なくなってしまったから、だよ。けれども、それを大々的には言うことは出来ない……。勇者が居ないなどと分かってしまえば、確実に世界は混乱するだろう。国王はそう思い、そうして一つの決断を下すこととなった。……それこそ、勇者消失の事実を隠蔽することだった」
「勇者消失を——隠蔽——」
「簡単に言うけれど、難しい話ではあった。何故なら、勇者を皆知っているし待ち望んでいたのだから。けれども、それを協力してくれたのもまた、勇者一行だった。残っていた一人は聡明だった。大罪人の娘でありながら、大罪人への協力を拒んだ。いや、愛情を注がれなかったがゆえに、そうなったのかもしれないけれど……。世界にとっての救いではあったがね」
「その二人の子孫が……、わたし達ということ?」
ミリアの問いに、ライラは頷く。
「そう。そこは間違いないはずだね。けれども、その娘は、長年城に滞在し続けた訳ではない。あるタイミング——もう一人の勇者一行が死んでしまったのを最後に、城を離れることとしたんだ」
「どうして? どうして彼女は……城を離れることとしたの?」
「自分が、望まれる存在ではないことを悟っていたのだろう。恐らくは。実際、大罪人が姿を消してから、世界は安定した。多くの研究者が、大罪人によって世界は混乱していたと結論づけるぐらいに、だ。平和になった世界に、果たして勇者は必要だろうか? 答えは否だ」
「だとしても……」
ミリアの言葉に、ライラは頷く。
「……納得いかない気持ちは分かる。しかしながら、それが自然だ。世界は滅びないと分かった以上、必要のない存在への注力は不要となる。それが分かっていたからこそ、彼女は歴史の表舞台から姿を消した」
「だから……」
レーデッドは、そこで何かを思い出した。
「だから、勇者一行は大罪人を倒してからの、歴史書への登場が少なかったのか? 歴史書への登場が少なかったのは、政治へ参加しそれに集中していたからではなく、隠居をしたから——だと」
「そういうことになる。或いは一般的な寿命により退場したと考えられているのだろう。また、勇者そのものに関しては、行方不明であることは、開示されていない。世界が混乱に陥ることを恐れ、いつかは再び勇者の役目を担う時が訪れなくても良いようにしなければならない、そう戒めるためでもあったのだから」
「それじゃあ、勇者の才能を引き継いだ存在は、今後永遠に現れない、と? 確か、ハイダルク王家の言い伝えでは、勇者の才能を引き継ぎし存在が三人同時に現れた時は——」
「——その時は、世界の平和が脅かされる時、だったかな? 確かにあの言い伝えは、嘘と言えば嘘になるかな。実際にハイダルク王家からは現れないのだから。しかしながら、それによって王家の人間からしてみれば安心感を得るためでもあった訳だ。……何故なら、魔術の才能を持った存在は、今後一切出現することはない——そう考えられていたのだから」
「……まあ、それはただの気休めに過ぎないと思うけれど?」
そこで、話に割り込んできたのはフィードだった。
「勇者が行方不明になったからと言って、魔術の才能が今後一切現れないだなんて、誰が決めた? 勇者が消えてしまった世界を——事実を、揉み消そうとしただけじゃないか」
「そうだ……。そういえばきみは、魔術を使えるじゃないか。それってつまり——」
「——まあ、そういうことだよ」
フィードはぽつりと呟いて、やがて真実を述べた。
「言ったかもしれないし、言っていないかもしれない。だから敢えて明言するよ。おれは魔術の才能を持っていて、あんた達は錬金術と守護霊使いの才能を持っている。——つまり、ここに集まってしまったんだよ。勇者一行の才能、それらを引き継ぎし存在が」
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