第5話 魔術

 馬車はゆっくりと揺れている。

 路盤が整備された道を走っているからだ。ハイダルク王国は、基本的に都市と都市を繋ぐ道と、王都内の主要道路は全て路盤整備を実施している。街々が廃れていくその第一歩は、道である——ハイダルク国王はある日そう宣言して以降、次々と道の整備を実施していった。


「……馬車が、ハイダルクに充実している理由は知っているかな?」


 馬車の中は、静かだった。

 レーデッドとミリア、その向かいにライラとフィードが座っている。フィードはずっと窓から外を眺めている。窓と言っても、硝子が敷いてある訳ではない、ただの穴だ。

 そんな中沈黙を破ったのは、ライラの発言だった。


「……何だろう。馬が沢山居たからか?」

「違う。路盤が整備されているから、よ。路盤が整備されているということは、馬車が走っても揺れが少ない——ということ。ストレスが少なくなることでもあるのかな。だから、利用する人が増えたんだ。利用する人が増えるということは、自ずと馬車そのものも増えていく」

「つまり、何が言いたいんだ?」

「話を急いで終わらせようとするな。時間はたっぷりある。無論、有限ではあるがね」


 ライラは、レーデッドの苛立ちを分かっていた。

 分かっていたにも関わらず、焦らしてきた。

 それがさらにレーデッドの苛立ちを助長させることぐらい——とっくのとうに分かっていたはずなのに。


「この路盤整備を実行に移した国王は天才と言えるだろう。何故なら、後の歴史に残る偉業を成し遂げたからだ。まさか、国王自身も死んでからここまで評価されるとは、思いもしなかったことだろうね」

「……つまり?」

「しかし、このことがほんとうに偶然だったのだろうか?」


 レーデッドの質問を無視し、さらに話を続ける。

 正直苛立ちを隠せなくなってきていた訳だが、しかしライラのその言葉で、一瞬思考が停止してしまう。


「……何だって。今、何と言った?」

「ほんとうに、これは偶然だったのか——そう言った。路盤整備を実行に移し、ハイダルクは馬車の安定性を手に入れた。そうして、馬車が流行したことで、人々の往来はさらに増していった……。果たして、これは偶然だったのか? 誰かがこうなるように糸を引いていたのではないだろうか?」

「ちょっと待て……、ライラ、ぼくはきみが何を言いたいのかさっぱり」

「オール・アイ」


 言ったのはフィードだった。


「そう。彼女は世界の全てを見ることが出来る存在……。かつてこの世界に居たという祈祷師の元祖と言っても差し支えはないだろう。どんなものでも見ることが出来て、そうなるように仕組むことも容易である——そんな存在だ」

「そんな存在が……居るのか? この世界に。有り得ないよ」


 予知能力は、確かに祈祷師と呼ばれる存在が歴史の中に残っている。

 だから、それについて否定することはない。

 しかしながら、世界の全てを知っている存在が居る——そんなことを突然に言われて、誰が信用するのだろうか?


「直ぐ頭ごなしに否定するのか? そんなことをする、ということ自体間違っているとは思わないかな?」


 馬車がブレーキをかける。

 前に力が掛かってしまうので、後ろ側に座っていたレーデッドとミリアは、床に突っ伏しそうになってしまう。


「何だ、いったい」

「……あら、おかしいわね。ここで止まることはないはずなのに」

「……最悪だ」


 前に居るウェイズは小さい声で呟いた。


「——ウェイズ、まさか」

「ああ。……検問だ」


 馬車の少し先には、ハイダルク城の兵士が数名、通せんぼするように待ち構えていた。



◇◇◇



「……少し、予想外だったかな」


 ライラの言葉に、レーデッドは訊ねる。


「どういうことだ?」

「別に、ハイダルク城の追っ手を予想していなかった訳じゃない。だって王子と王女を誘拐するんですもの。何かしらの追撃があってもおかしくはない……けれど、流石に早過ぎた」

「まさか、アイツが既に?」

「可能性はあるわね」


 フィードの言葉に、ライラは頷く。

 自分達だけ置いてけぼりの会話を繰り広げているため、レーデッドは少しでも情報を手に入れたかった。

 しかし、会話に入る隙もなく、結局ライラ達の会話を聞くだけしか出来ないのであった。


「……おれが何とかするよ」


 言ったのはフィードだった。


「フィード。出来るの? ……魔術で?」

「出来るよ。そうでなかったら、何のための魔術の才能なんだ。おれに才能があるということ——それを見つけてくれたのは、ライラだろ」

「正確には、シルフェの民だと思うけれどねえ……。まあ、そう思ってくれているのなら、それはそれで有難いかな。で、どうするって?」

「まあ、見てなって」


 そのかけ声を最後に、馬車が閃光に包まれた——。



◇◇◇



「おーい、止まれ。止まれぇい」

「そうだ、止まれ、止まれ。……はい、良いぞ。ここを通る目的は何だ?」

「……ええと、家族旅行だって? 何処へ? ああ、スノーフォグ高原か。この時期は涼しくて、気持ちいいだろうな。わたしも、暑くなると家族を連れて旅行に出向いているよ。良いところだよな、かつて我が国と争った国の跡地とは思えないぐらいに、今は長閑な空気が流れているよ……」

「おい、どうした? 問題でもあったのか?」

「いや、何も。強いて言うのなら、良い家族を久々に見たぐらいかな」

「そうか。ならまあ、悪くはないかな。いや、悪いね。家族旅行だって言ったか? そんな時に検問なんか引っかけてしまって。実はレーデッド王子とミリア王女が行方不明になってしまったんだ。だから、連れ去ったりされていないかを確認するためにだな……」

「おい、こら! 言い過ぎるのも良くないって。変な噂を流されたら困るだろ? 悪かったな、さっきの話は聞かなかったことにしてくれ。それじゃあ、良い旅を!」



◇◇◇



 幻想でも見ている気分だった。

 自分が馬車の中に乗っていて、しかも中も見られた。

 にも関わらず、兵士達はまるで別の物を見ているかのような言い方で、レーデッド達を検問通過させたのだ。


「……どういう、ことだ? あれも魔術の一種なのか」

「鏡を貼り付けたんだよ」

「鏡?」

「具体的に言うと、鏡ではないのだけれど。言うならば、人間の視界を歪ませた……とでも言えば良いのかな。そうやって別の人間と誤認させた——それが今の魔術」

「……何を言っているのかさっぱり分からない」

「要するに、騙したってことだよ。……彼ら兵士のことを、ね」


 検問の兵士は、今でもレーデッド達を見逃したことに気付いていない。

 いや、きっと永遠に気付くことはないだろう。


「……これで一先ず追っ手がやってくる心配はない、って訳だ。先ずは安心しておきたいところだね。世界の真実を知ってもらうために、そういった外的要因は出来うる限り排除しておかねばならないから」

「そういえば、この馬車は何処へ?」


 レーデッドの問いに、ライラは溜息を吐く。


「よもや、市街地へ向かう訳がないだろう? 探している兵士が沢山居るのだろうから……。向かうべき場所は、さっき兵士達が言っていただろう?」

「兵士が? ……ええと、確か」


 あのとき、兵士が言っていた場所は——たった一つだけだ。


「スノーフォグ高原?」

「そう!」


 ライラは笑みを浮かべ、話を続ける。


「向かおう、かつて世界最高の科学技術と錬金術の研究で知られている、シュラス錬金術研究所があった——スノーフォグへ!」

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