第4話 湖畔
隠し通路を抜けると、そこは城から少し離れた湖畔だった。かつてはハイダルク城がここに存在していた。それこそ勇者一行が訪れたのも、この城である。しかしながら、人口の増加や老朽化に伴い、城は移転せざるを得なくなった。
レーデッドやミリアも、この場所は良く知っていた。幼い頃の遊び場だったからだ。城からもそう離れていない距離にある、広々とした公園のようなイメージを抱いていた。
「……まさか、ここまで通路が延びているだなんて」
「この通路を知っているのは、そう多くないはず。きっと今の国王陛下でさえも知らないでしょうね……。非常用であるということは、通常は使うことのない通路なんですから」
「……何で、ライラは知っているんだ?」
「この城を詳しく知っている人物が居てね。彼女から詳しく聞いたんだよ」
フィードが周囲をじろじろと見つめている。
誰かやってこないか、監視をしているのだろう。
「フィード。誰も来ないでしょう? 何故なら兵士は全員城のことに夢中なんですから。……ともあれ、やり過ぎたかもしれないわね。これ以上やってしまうと、ほんとうにハイダルク城は崩壊してしまう」
「父上と母上は無事なんだろうな」
レーデッドが気になったのは、そこだ。
幾らライラがレーデッドの顔見知りであったとはいえ、城を襲撃した連中の仲間であるというのは変わりない。そして、その連中が国王やその他兵士達を傷つけているとするならば——。
「……安心しなさい、そもそも国王陛下や王妃は安全な場所へ避難させてからの攻撃よ。それに、兵士にも攻撃はしていない。強いて言うなら、峰打ちといったところかしらね」
「峰打ち……」
峰打ちであるならば、問題はない——レーデッドは考えた。
しかしながら、事実王子と王女が行方不明となっている。
きっと、次の日の朝には城は大騒ぎとなっているはずだ。
「でも、あなたはそれを選んだ」
ライラの言葉に、レーデッドは頷くことしか出来ない。
自分が居なくなれば、間違いなく国は大混乱に陥る。つけいる隙を与え、国そのものが崩壊する可能性すら有り得るからだ、
しかし、彼はそれを選んだ。
そうなる可能性も充分考えられると分かっていた——分かっていたにも関わらず、だ。
「……明日には大騒ぎになることでしょう。けれども、それを狙っていた訳ではないのだけれどね。そうなってしまうのは、最早必然と言っても差し支えないのだから」
「ここから何処へ向かう?」
レーデッドの問いに、ライラは微笑む。
「やる気満々ね。そうであってなくては困るのだけれど……」
「こうなってしまったのは、最早仕方がない。取り返しの付かないことをしてしまっている。それは間違いないだろう。だったら、それに見合った結果を見出さなくてはいけない。ぼくと、姉さんが……城を出てまで手に入れたかった物は何なのかを、はっきり答えられるような結末にしなければならないのだから」
「難しいことを言っているけれど、そんな考えることでもないと思うな」
会話に割り込んで来たのはフィードだった。
フィードは湖畔で手足を洗っている。靴を履いていないからだ。通路は古くからあるもので、清掃なども行き届いている訳もないから、歩くと結構汚れてしまう。
レーデッドやミリア、それにライラは靴を履いているから、足が汚れてしまうことはない。
しかし、フィードは違った。
「フィード……彼は、靴を履かないのか?」
「そういった物は、嫌いなのよ。文明に慣れていない、というか」
「?」
ミリアは、一歩フィードに近づく。
手足を洗っていたフィードは、それを止めると、ミリアの方を見た。
「…………………………」
「………………………………どうしたの? 何か顔についているかしら?」
「何か、言いたいことがあるのなら、はっきり言ったらどうなんだ?」
「言いたいこと?」
「おれは靴なんて履きたくない。文明に触れたくないからだ。ほんとうは、ここにやって来ることも厭だった」
「じゃあ、どうしてここに?」
当然の疑問だった。
ミリアからの質問を聞いたフィードは、数瞬の沈黙もないまま、答える。
「ライラが居たから。……ライラが言わなければ、おれはこんな場所に来ることもなかったと思う」
ライラは、フィードから見て何者なのだろうか——少なくとも今の彼らには分からない。
しかしながら、少なくとも友人知人の関係性ではないこと、それは事実だ。
「ライラさん、あなた一体……」
「それを話すには、ここでは不相応です。だから、移動しましょう。騒がしいこともあるけれど……、ここでは邪魔が入るかもしれないし」
ライラは何故かここから離れたがっていた。
しかし、レーデッドは何となく理解していた。ここでずっと話をしていて、もし城の人間がここまで到達してしまったならば——ライラが考えるプランが完全に崩壊する。
ならば、ここからさっさと移動して、自分の話を先ずは終わらせてしまおう——そう思うのも、間違ってはいない。
「……ライラ、きみは一体何を話したいんだ。そして、何を知っているんだ……」
「それを知りたいんだろう、きみは?」
核心を突かれ、何も言えなくなったレーデッド。
それを見てせせら笑うライラ。
「何がおかしいんだ」
「いや、別に。ただ、真実を知りたい人間はこうも焦っているのだな、と。確かに知らない真実を知りたがること、それは悪い話ではない。悪いのは、自らに都合の悪い真実をひた隠しにした世界なのだから」
ライラは少しだけ歩いて、そうして指をパチンと弾く。
すると、何処からか大男が姿を見せた。
レーデッドが八ルーグスの身長で、同年代としては普通の身長である。
しかし、その大男は十ルーグスはある。頭二つは抜けている——とでも言えば良いか。まさかそんな大男が何処に隠れていたのだろうか? レーデッドは疑問を浮かべるばかりだが、今はその答えを見つけることは出来ない。
「お待たせ、ウェイズ」
「別に。待つのは嫌いじゃないからな。……しかし、どうしてこうも時間が掛かった? 予定であればもう少しは早かったはずだ。それこそ、日が昇る前には我々のすみかへ戻ることが出来たはずだったのだが?」
「それは、この王子様がお喋り好きでね」
「ぼくのせいなのか?」
「冗談よ」
ライラは冗談を言うのが常だ。
だから、本気でそれを言っているのか、時折分からなくなる。
そういう掴みようのない会話を楽しんでいたのも、レーデッドだったのだが。
「……まあ、良い。とにかくこれから向かって良いんだな? 忘れ物はないか」
「ええ、何一つない」
「……遠いのか? その、すみかとやらは」
「歩いて行くには、遠いね」
「そう。だから、おれがここで待っていたんだ」
ウェイズは縄を持っていた。
その縄の先には、馬が二頭居る。
そうして、馬の後ろには立派な馬車がついている。
「これは……」
「流石に王子様を運ぶのに、馬車がないと不味いだろう?」
ライラの冗談に、乾いた笑いが出る。
「いや、冗談はよしてほしいな。そんなことは、本気で考えていないだろう?」
「……その通りだよ。まあ、先ずは馬車に乗りながら話を進めようか」
そう話を切り上げて、レーデッド達を馬車に乗せようとするライラ。
レーデッドとミリアはそれに従い、馬車へと乗り込むのだった。
乗り込んだ後、ウェイズは馬車の前に腰掛ける。
そうして、一つの合図をかけると、馬はすんなりとその命令に従い——湖畔からゆっくりと離れていくのだった。
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