第3話 選択と決断
廊下に出ると、妙に暑かった。レーデッドはそこで違和感に気付き、同時に一つの可能性を見出した。
「……もしかして、襲撃か?」
「おっしゃる通りです。今、ハイダルク城は敵襲を受けています。誰がやって来て、どれだけの勢力なのかははっきりと分かっていません……。そして、こちらが劣勢であることは間違いありません」
「馬鹿な……。ハイダルクの兵士は世界一の強さを誇っているはずではなかったのか?」
疑問しか浮かび上がってきていなかった。
ハイダルクの兵士は、世界各地より集められた優秀な兵士だらけである。
武術に長けているために、レーデッドも良く鍛錬の相手になってもらうこともある、即ちそれぐらいに優秀であるのだ。
しかし、そんな彼らが劣勢を強いられる?
レーデッドにとって、正直想像が付かないことであった。
「……恐らく相手は反ガラムドルズ勢力でしょう」
反ガラムドルズ勢力。
知恵の木の実と知恵の木の恩恵を受ける勢力が、ガラムドルズであると言われている。反ガラムドルズ勢力は文字通りそれに抵抗する組織のことだ。
知恵の木の実の恩恵も当然受けられないし、受けることも出来ない。だから、知恵の木の実によって力を得るガラムドルズを酷く憎んでいる——とも言われている。
「……確か、ここだったかな?」
廊下の端まで歩くと、壁を押す。
壁は行き止まりの役割を担っているのではなく、隠し通路への入り口という意味合いだ。
隠し通路は様々な場所に設置されている。このように王族を安全な場所へ避難させるためにも、兵士達はそのルートを把握していなければならない。
「国王……父上は?」
「今、別の兵士が救助に向かっています。恐らく、地下シェルターへと向かっているものかと」
「……それぐらいに劣勢なのか、ハイダルクは?」
「あまり言いたくはありません。しかし、残念ながら」
兵士の言葉には、悔しさが滲み出ている。
それが分かったからこそ、レーデッドもまた酷く悲しむことしか出来ないのだ。
「反ガラムドルズ勢力は、どうやって襲撃を?」
「それが、分からないのです。彼らは、知恵の木の実の恩恵を受けていないはず……。けれども、彼らは不思議な力を使っているように感じるのです。炎を生み出し、氷を生み出し、我々兵士を圧倒しています」
隠し通路の階段を上り終えると、また突き当たりだ。
突き当たりにある壁を押して、通路の外に出る。
「ここは……姉さんの部屋の目の前じゃないか」
「ハイダルク城は、こうやって常に王族を危険から守ろうとしているのです。……しかし、助かりました。未だここには敵は来ていないようだ」
「姉さんは?」
「これから助けます。先ずは王族のあなた方を助けなければ……」
「城は、どうなる?」
「どうなるでしょうか。今は我々も持ちこたえていますが、劣勢であることには変わりありません。これを逆転する術がなければ——」
「見つけた」
声がした。
その声は、兵士とレーデッドの声ではない。そして、今から助けに向かうミリアのものでもない——第三者の声だ。
「何者だ!」
兵士は剣を引き抜き、声のする方を見た。
声のする方には、通路が続いている。松明の明かりが照らされているだけで、とても薄暗い。月が出ていれば違ったのだろうが、今日は曇天だ。敵もそれを狙っていたのかもしれない。
「……何者、と言われれば何て答えれば良いのだろう?」
暗闇から、誰かが歩いてくる。
それは、小柄な少年だった。布で全身を覆っているから、その身体の全体は見えてこない。しかしながら、その少年が今レーデッドに立ち向かっていることは、紛れもない事実だった。
「王子、先ずは直ぐ傍の部屋へお逃げください。ここはわたしが——」
兵士の言葉が途中で途切れた。
それは、兵士の頭が炎に包まれたからだ。
紛れもなく、それは魔術だった。
術式というのは、本来言葉に出すか陣を形成しなければいけない。エネルギーが循環するための円に、その中に術式を描くことで術を繰り出すことが出来るし、はたまたそれを紙に書いて簡略化する人間も居る。或いはそれを言語化した呪文を唱えることで術を繰り出すことだって可能だ。
しかし、今の少年の魔術はどうだったか?
もしかしたら紙に書いて隠し持っていた可能性は否めないが——そうでなければ、何の準備もしていなかった。
魔術に錬金術、守護霊使いが廃れた理由で、一番大きなものは準備により死者が出たことだ。
戦闘をする際、隙を見せるのは、大いに間違っている。
そんな隙を見せるならば、相手に攻撃しても良いと言っているのと同義だからだ。
一方、魔術に錬金術は、呪文や陣などで一定時間の猶予が存在する。
そして、その猶予時間の間は、がら空きと言っても過言ではない。
だから次第に魔術や錬金術を行使する存在は居なくなり——王族にしか継承されなくなっていった。
しかし、そんな王族でさえも一定の準備は必要とする。
ノーモーションで魔術を行使することなど、不可能だ。
兵士は頭を松明よろしく炎に包まれて、そのまま絶命し、膝から崩れ落ちた。
「……呆気ない。幾ら鍛えようとも、魔術を使えばこんなものだ。まるで赤子の腕をひねるかのよう」
「……ぼくを殺すのか」
レーデッドは問いかける。
少年は首を傾げた。
「殺す?」
「そのために、来たのだろう。反ガラムドルズ勢力の考えることはそうだ。ガラムドルズの中心を担うハイダルクをいつも狙っている。そして、その頂点に立つ王族を殺してしまえば、ガラムドルズは崩壊する——そんな浅はかな考えを持っている。違うか?」
「んー……違うかな、ぼく達が反ガラムドルズ勢力だなんて、誰から聞いた?」
「誰から?」
「そこで人間松明と化した兵士から聞いたのだろう?」
人間松明にした張本人が言う。
レーデッドは頷いた。
「偏見って奴だね。まあ、半分間違っちゃいないけれど……。反ガラムドルズ勢力が襲ってくるということは、襲われる口実を持っているということだ。違うかな?」
「それは、確かにそうだが……。だが、だからといって」
「フィード、語っても無駄よ」
不意に、知っている声が聞こえた。
見ると少年の背後からゆっくりと誰かが歩いてきている。
「……このお坊ちゃんは、世界のことを何も分かっていない。いや、教えてくれなかったのだから、ある意味被害者でもあるのかな」
松明の明かりに顔が照らされて——漸くレーデッドはそれが誰だか理解した。
「ら……ライラ?」
「騙しちゃう感じで、悪いね」
「どういうことだ。ライラ……裏切ったのか? ハイダルクを」
「裏切った訳ではないかな。元々、だよ。錬金術の才能を持った人間と守護霊使いの才能を持った人間が同時に登場するタイミングを見計らっていた、ただそれだけの話。分かるよね、これだけ言えば」
「錬金術と守護霊使い……と言えば、勇者一行の?」
「そ。勇者一行の能力を持ち合わせる存在を、待ちかねていたのさ、我々は」
何が何だかさっぱり分からなくなったレーデッドに、ライラは言う。
「レーデッド、きみにチャンスを与えよう。或いは選択肢とでも言えば良いかな」
「?」
「真実を求めて、わたし達についていくかどうか。ついてきてくれるなら、この世界の真実に到達出来ることを約束しようじゃないか。けれども、それをしない選択だって出来る。このままハイダルク城で暮らして王様になって一生を過ごす……。それもまた、悪くない人生でしょう。けれど、面白いかどうかは別だけれどね」
「真実……」
知りたくない、と言えば嘘になる。
しかしながら、それを選択することは、今までの地位を捨て去ることにもなる。
「知りたいなら、自分の気持ちに嘘を吐かない方が良い。……違うか?」
ライラの言葉も尤もだ。
「……さあ、どうする、レーデッド。答えは二つに一つだ。どちらも選ぶことは許されない。ここで立ち止まるならば、あなたは一生真実に気付かないまま終わる。……或いはそれが幸せなのかもしれないけれどね」
「何だよそれ……。自分から提案しておいて、その物言いはどうなんだ? でも、逆に有難いかな。変に装飾した言葉でぼくを揶揄おうという感じが伝わってこないから」
「純粋無垢だね。珍しい」
「知らなかったのか? ライラ。ずっとぼくの給仕として携わっていたのに」
「……交渉成立、で良いのかな?」
フィードの言葉を聞いて、レーデッドは頷いた。
「うん。少なくとも、ぼくはきみ達についていくことにしたよ。姉さんはどう判断するか知らないけれど……」
「判断するしないに関わらず、ミリアも連れていくつもりよ。……そうしなければこの先どうなるか分かったものではないから」
そうして、レーデッドとフィード、ライラはミリアの居る部屋の扉を開ける。
ミリアは窓から外を眺めていた。
「……レーデッド?」
「姉さん、逃げよう!」
「逃げる? ……としても、何処へ?」
「取って食おうとは思っていない。けれども、真実を知りたくはないか? ミリア・アドバリー」
ライラは言う。
ミリアは首を傾げつつも、話を聞いた。
「……真実?」
「自分の運命を理解しつつも、気付いているのではないか? 何故、才能ということだけで弟が国王になる権利を得てしまうのか、と」
「それは……」
「姉さん……」
「ついてきてくれるのなら、真実を教えてやろう。国王も国家もひた隠しにする、この世界の真実を」
ミリアは少し考えていたようだが——レーデッドが一緒に居るということで敵ではないことを理解したのか、頷いた。
「分かりました、一緒についていきましょう。必ず、後悔させてはくれませんよね?」
「少なくとも、この選択に関しては、ね。後は本人の気の持ちようかな」
こうして、レーデッドとミリアはライラとフィードに従って、城を出て行くことを決断したのだった。
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