第2話 レーデッドとミリア
ライラが帰ってから、青年は廊下を歩いていた。
すれ違う人間は、彼を見て、立ち止まり一歩横に移動して、敬礼をする。
たとえどんなことをしていたとしても、それは絶対だ。最優先される事項である。
彼は、それがとても厭だった。
錬金術の才能が出てきたのは、五年前の話だ。成人の儀に参加し、自らの能力を見定めてもらう——それはハイダルクの王族であれば、誰しもが行わなくてはならないことだ。
十二歳になって、最初にすることがそれだ。
才能が析出するかどうかを、判断する。
才能があるかどうかは、自分では判断出来ない。仮に錬金術を使えるとしても、それを使うための知識がなければ話にならないからだ。
しかし、裏を返せば、たとえ知識を身につけようとも、才能が全くなければ錬金術は使えない、と言える。
彼には姉が居た。優秀な姉だ。自分よりも国政のことを分かっていて、優秀な存在だった。両親である国王と王妃も、それを分かっていたし、彼女が女王となることを願っていた。
さりとて、幾ら優秀であろうとも、才能がなければ国王になることは出来ない。
彼女の成人の儀——そこで認められた才能は、守護霊使いだった。
尤も、その才能は勇者一行が持っていた特別な才能であることには変わりない。
しかしながら、才能の優先順位からみると、第二位だった。
国王は失望した。
優秀な存在が、国王候補として一歩外れてしまうことについて、酷く失望した。
同時に、次に成人の儀を受ける彼への期待が強く持たれるようになった。
彼に、錬金術の才能があれば——。
それからの二年間は、彼からしてみればとても生きづらい時間であったことは、間違いないだろう。
しかしながら、結果は見ての通りだ。
彼は錬金術の才能があると認められ、同時にきょうだいのパワーバランスは完全に逆転した。兵士の中にもパワーバランスを理解して姉を拒絶し、弟の彼を信奉する人間が続出したのだ。
尤も、兵士の中では今でもきょうだいを平等に見る者は居る。
しかしながら、それは多くの兵士から見れば、少数派である。
彼らは、青年からしてみればとても有難い存在だ。
王子として生きづらいのは、最早仕方がない。それは生まれてから位置づけられたことであり、それは自らがその立場をかなぐり捨てない限り、永遠に続くものだろうから。
さりとて、次期国王の立場は違う。
望んでいなかった。
望む訳が、なかった。
王子として生きていくのは良い。だが、国王としての素質があったのは、間違いなく、姉だった。
しかし、絶対に——絶対に、そんなことを言える訳がない。
寧ろ、それを言わせないように土壌が形成されていると言っても、差し支えないだろう。
「……レーデッド」
不意に、名前を呼ばれる。
自分のことを、王子でも次期国王でもなく、名前で呼ぶ人間は限られる。
それは、自分のことを下に見ている存在か、或いは——。
「おはよう、姉さん」
——自らの親族か、そのどれかだ。
◇◇◇
ミリア・アドバリーは、優秀な存在であった。
剣術、知識、国政——それらのどれか一つを取っても、この時代において勝る人間は居なかった。
だから、国民も、兵士も、国王でさえも、ミリアが将来王の座につくことは期待されていた。
しかしながら、成人の儀で得られたのは——順位としては第二位の守護霊使いの素質だ。
国民や兵士は酷く失望し、国王もまた諦観した。
それまで広々とした部屋を与えられていたにも関わらず、それが分かった途端に彼女を小さい部屋へ押し込めた。尤も、彼女は大きい部屋で過ごすのは好きではなく、別に悪い話ではなかったようだが。
「レーデッド、どうかしたの? 顔色が悪く見えるけれど」
「いや……、別に何でもないよ。姉さんこそ、元気?」
きょうだいの会話にしては、やけにたどたどしい。
それは、レーデッドが忌避しているのか、ミリアが敢えて話しやすい雰囲気を作り出しているが、それが上手く適合しないのか——それは分からない。
しかしながら、レーデッドは何故かたどたどしく会話を続けるのが嫌だった。
本来であれば、きょうだいだ。そんなに違和感なく話を続けられることが可能だろう。
しかし、二年前と今年にあった成人の儀——それが二人の関係性を変えてしまった。
それまでは仲睦まじく過ごしていたはずなのに、何故か……。
「気にしなくて良いんだからね、レーデッド」
ミリアは、言った。
まるで自分の心の中を見透かしていたかのように。
「確かにわたしは王にはなれない。何故なら、素質がなかったから……。元来、ハイダルクの王になるためには、錬金術の才能がなければいけない。それを、わたしは満たさなかった。ただ、それだけのことなのだから」
「でも」
「あなたは、これからハイダルクの国王になる人間でしょう? それを、いつまでもうだうだしていてはどうなのですか。国民に示しが付きません」
分かっている。
そんなことは……最初から分かっていた。
けれども、幾ら分かっていても理解出来ないことがあるのは間違いない。
それが今だということだ。
「良い、レーデッド」
ミリアは一歩近づく。
兵士には聞かれたくない話なのだろうか。
「……あなたが国王となるのならば、わたしはその盾にならなくてはならないの。王を守る存在は、沢山居る。けれども、その側近ともなれば……数は少ない。兵士は何時裏切るか分からない。そう言ってしまうと、ハイダルクの兵士を皆解雇しないといけなくなるのだろうけれどね」
「信用していない、ってこと……?」
「そんなことはありません。寧ろ優秀で、感謝してくれています。王になる素質を喪ったわたしでさえも、きちんと敬意を持って接してくれているのですから……」
「でも、姉さんが置かれている環境は、はっきり言って最悪だ。そうでしょう?」
「いえ。確かに二年前と比べれば、彼らの接する態度は大きく変わりました。けれども、それは致し方ないことです。だってそうでしょう? ハイダルクにはそのような古いしきたりがあって、彼らはそれに逆らうことが出来ないだけ。そういう意味では、忠実で優秀な存在である……そうは思いませんか?」
「姉さんの言いたいことは分かる。けれど……」
「レーデッド、あなたもいつか分かる時が来ます」
ミリアは、強引に話を遮った。
「あなたもいつか、ハイダルクの王族として生まれた……その宿命と覚悟を、理解しなければならない時が、きっとやってきます」
そう言って、ミリアはゆっくりと歩いて行った。
◇◇◇
レーデッドは夕食を済ませ、部屋に入った。
勉強をしなければならなかったが、今日はやる気分ではない。
勉強の内容も幅広く、ハイダルクを含めた世界の歴史や地理、国王になるための知識、過去ハイダルク王国がどのように興亡していったのか——その歴史も含まれる。
彼から言わせてみれば、酷くつまらない時間であった。
しかし、これも国王になるためならば、致し方ないこと——そう思っていた。
国王になるのならば、この制度を変えねばならない——いつしか彼は、そう思うようになっていた。
優秀なきょうだいが、錬金術の才能がないだけで国王になることが出来ない。
そんなことは、間違っている——と。
そう思いながら、彼はゆっくりと夢の世界へ落ちていった……。
◇◇◇
次に目を覚ましたのは、乱暴にノックされた音を聞いたからだった。
「失礼します! 夜分遅くに申し訳ございません」
こちらが返事をする間もなく、兵士が中に入ってきた。
「……何があったんだい? 未だ夜更けだと思うけれど」
「話は避難しながらとさせて下さい。先ずは、急いで外に出る格好へお着替え願いますか」
急いでいるが、話している口調は今のところ冷静だ。
しかしながら、焦りを隠しきれていない兵士の表情を見るに、何かあったのだとレーデッドは察した。
「分かった。分かったよ、着替えるから少し待ってくれ」
兵士の言葉に素直に従い、レーデッドは寝間着から着替えることとした。
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