第4話 vs校長

「おはようガル」


「ああ」


1夜明け、別行動をしていた2人が合流する。


「泊まれたのか?」


「うん。優しいおばあちゃんが泊めてくれた」


ガルは公園、蒼埜は知らない人の家で1夜を過ごしていた。


「さて、これからどうしようか」


唯一の目的地であった魔法高校では校長に追い出されたため、2人は行き場を失っている。



「おい」


蒼埜たちが路頭に迷っていると、突然男に声をかけられた。


見ると、スーツ姿にサングラスを掛けた屈強な男が2人いた。



「どちら様ですか?」


「お前が漣蒼埜さざなみそうやだな」


「はい」


「着いてこい」


「分かりました」


蒼埜はあっさりと受け入れる。

ガルも着いていくらしい。


「随分と素直だな」


「行くとこ無いんで」


「もう少し警戒心を持った方がいいぞ」


「警戒する必要ないんで」


その言葉に男2人は一瞬険しい顔をしたが、すぐに表情を戻した。


「後少しで着くぞ」


歩いて数分、蒼埜は見覚えのある道を歩いていることに気づく。


凪目なぎのめ高校?」


「そうだ」


たどり着いたのは昨日追い出された凪目第一高校。


そのまま男2人に着いていくと、何も物が置いていない広い部屋に辿り着いた。


見渡す限り、青白い壁で覆われている。

どうやら戦闘訓練用の部屋らしい。


「ここで待て」


そう言い終えると、男2人はどこかへ去っていった。



「おはようございます漣さん」


それから少しして、近くから聞き覚えのある女性の声が聞こえた。



いや、正確に言うと声しか聞こえなかった。



「おはようございます火威ひおどし先生。どこにいるんですか?」


近くに人の姿はない。蒼埜は昨日、校長室で経験した同じような出来事を思い出していた。



「その前に、昨日お名前を聞けなかったそこのあなた。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


そこのあなたとはガルのことである。


「…一氏がべるだ」


「一氏さんですね。貴方も途中入学をお希望ですか?」


「…まあ特に居場所ねぇしな。仕方なく入学してやるよ」


その瞬間、ガルは空気の揺れをかすかに感じ取った。


「…分かりました」


「ではチャンスをあげます」


「チャンス?入学できる?」


突然の火威の提案に蒼埜は首を傾げる。


「はい」




「今から5分以内に私を捕まえてください。もし捕まえられたら入学を認めます。しかし捕まえられなかったら、今後この高校への立ち入りの一切を禁じます」


「それは嬉しいですけど、なんか昨日と随分態度が違いますね」


昨日は有無を言わさず帰らされた。そんな人から積極的に関わって来られたら、そう思うのも無理はない。


「門前払いも大人気ないと思いましてね。しかし私を捕まえるのは不可能なので、そう言う意味では昨日とあまり変わらないかもしれませんね」


「舐めてんな」


ガルは誰もいない空間を睨め付ける。


「それではいきますよ」



──よーい、スタート




「さて、どうするガル」


2人は、火威の声は聞こえるが姿が全く見えてない状況だ。


「姿が見えないのは、まず間違いなくあいつの固有魔法だろうな」


「透明化、とか?」


「さあな。流石に触れない、なんてこたぁないと思うが。でも実体がこの部屋にいない可能性もあるぞ。“この部屋にいる私を”捕まえて、なんて一言も言ってねぇしな」


「それは卑怯」


「そんな呑気に構えていて大丈夫ですか?」


2人が話し合いをしている中、火威は余裕のある態度を示している。


「ただ1つ分かることがある」


ガルは何か思い当たる節があるようだ。


「なに?」


「声はずっと同じ方向から聞こえてる。だからとりあえずそっちに行ってみるぞ」


「分かった」


2人は声のする方に歩いていく。

声のしていた場所に着いたが、周りを手で探っても何もない。


「おい火威!!出てこいよ!」


(……)


声を上げた瞬間、再び空気の揺れをガルは感じていた。


「ひとまずは実体がこの部屋にあることが分かったな」


「なんで?」


「声のする位置がバレないように返事をしなかったんだろ。つまり声のする方向に火威がいるってこった」


「なるほど。返事をしてもしなくても、俺たちを避けるために移動したことが分かるのか」


「まあ正直それだけじゃ心許ないが、昨日のあれでほぼ確信できる」


昨日のあれとは、蒼埜が最初校長室に入った時は声だけ聞こえ、人が誰もいなかったが、数秒後2度目に入った時に同じ位置から声が聞こえ、そこに火威がいたことだ。



(中々落ち着いていますね)

思いの外冷静なガルに、火威は感心していた。


「でもこれからどうする?多分先生ダンマリになるから、声を頼りにできなくない?」


「はっ。そんなの決まってんじゃねぇか」


「ん?」


急にガルが悪い笑みを浮かべた。


「実体がこの部屋にいると分かれば……」



「あとはしらみつぶしに攻撃するだけだぜ!!ギャハハ!」


ガルは鬼の形相で、乱雑に魔力を弾のように飛ばしながら走り回った。


破裂音と共に、ゲスい笑い声も部屋に反響する。



(前言撤回。脳筋ですね)

火威は華麗に弾を交わしつつ、ガルへの印象を再び改めていた。



「俺、その魔法の弾みたいなのできないんだけど」


一方蒼埜は棒立ちでカオスな状況を眺めていた。







「ハァ…ハァ…ハァ……(素の身体能力は俺より少し上くらいか)」


しばらく無闇に攻撃をし続けても一切当たらず、ガルは膝に手をついていた。


「その歳にしてはとてもいい動きをしていますが、その程度では私に触れることさえ出来ませんよ」


ガルは一度汗を拭う。時間は残り1分ほど。だがガルの表情に焦りや怒りの色は全くない。



「おい」


「なんだ?」


ガルは蒼埜の耳元に口を近づけ、何かを伝え始めた。


「……」


そんな様子を火威は無言で見つめる。



「え、流石にそれは失礼すぎない?」


「ただの戦略だ」


「んー。俺1人でやるよ」


「勝ち確の勝負なんてつまんねぇだろ」


「…まあ分かった。やってみよう」


話し合いを終えた2人は、部屋の角に移動する。


そして角を背にガルが1歩前に出る。





「おい。よーく聞けよ火威」




大きく息を吸う。






「婚期を逃した行き遅れのクソババア!!」



(!!)



蒼埜は眼球を素早く動かす。


「見えた」


蒼埜が捉えたのはほんの僅かな空気の揺らぎ。




『いいか、よく聞け。あいつの固有魔法は恐らく透明化のようなものだ』


『のようなもの?』


『恐らくだが、あいつは全身に魔力を纏っている。そして固有魔法で、自分の魔力を背景と同化させている』


『何で分かった?』


『魔法は精神と深く繋がっている。精神が安定すれば魔力の流れも無駄がなく安定する。お前もそれはよく知ってるだろ』


『うん』


『ここに来て2回、空間の揺らぎを感じた。それは魔力の揺れで、あいつの心が少し乱れた瞬間だ』


『なるほど。ガルの失礼な態度かな?』


『……。俺があいつの心を揺さぶる』


『だからお前は空気の揺らぎを見逃すな』





空気の揺らぎに肉薄する蒼埜。


(速い…!!)



「おお。空気掴んでるみたいだ」


ついに蒼埜は火威を捕らえた。



掴んだ右腕から徐々に魔力が霧散していく。


「お、見えた。こんにちは。ガルが失礼なこと言ってすみませんでした火威先生」


「……私の負けですね」



蒼埜、ガルと校長の勝負は2人の勝利に終わった。

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