第2話 初めての世界と魔法事件
蒼埜は簡易的に作ったじいちゃんのお墓の前で手を合わせる。
「じいちゃん。俺、これから世界を自由に旅してくる。見守ってて」
そして簡単な別れの挨拶をしたのち、ガルの元へ向かった。
◇
「お、見えてきた」
「案外近かったな」
夜が明け、蒼埜とガルは山を颯爽と降りている最中である。
右も左も分からない外の世界で、2人はじいちゃんから託された手紙を届けるべく、初めの目的地として
蒼埜の旅の第一目標は、その高校に入学することである。
山小屋から走り続けて約10分。
目の前にフェンスのようなものが見えてきた。
「よっ」
蒼埜がフェンスの細い骨組みに跳び乗る。
いち早く外の世界を見てみたかったのだろう。
「おーー」
蒼埜は目の前に広がる光景に目を見開く。
道がきれいに整備されており、沢山の高層ビルが建ち並んでいる。形も様々で直方体、円柱、三角柱など。
森とは違って、目に一気にたくさんの情報が飛び込み、蒼埜は一瞬眩暈がするような感覚を覚えた。
「おい、なんだありゃ」
遅れて蒼埜の隣に来たガルが、空を指差す。
「あれは…飛行機?」
「にしては小せぇし、数多くね?」
「確かに」
4つ並ぶ眼の先には、空を飛ぶ筐体があった。見た目は車だが間違いなく空を飛んでいる。
2人は近年の街並みを知らない。それは山を降りた時に初見で楽しむためにじいちゃんが教えなかった。
キャーーー!!
「ん?」
「っせーな」
美しい街並みに見惚れていると、突然近くから女性の悲鳴が聞こえた。
「とりあえず行ってみよう」
「は?お、おい!」
蒼埜は積極的に、ガルは渋々着いていく形で声のする方へ向かった。
現場に駆けつけ人ごみを掻い潜ると、そこにはガラスの破片が飛び散っている1つの建物があった。
そしてその前には1人の女性が座り込んでいる。
「宝石強盗だって」
「誰か警察は呼んだのか?」
「どうやら
【魔妄師:魔法を悪用する人たちの総称】
【魔法警備隊:主に魔法が関係する事件を担当する人たちの総称】
「また魔妄師の犯罪か」
「最近多いわよね。ほんと怖いわね」
「でも魔法警備隊の人たちがなんとかしてくれるさ!」
「そうね!」
そんな野次馬の声を聞きつつ、蒼埜は辺りを見回す。
「おい、あそこ」
ガルが顎で指した方向を見ると、空中をぴょんぴょんと跳ねて逃げる男がいた。
「楽しそうな固有魔法」
「とっ捕まえねーのか?」
「まあ人は無事だし、魔法警備隊が捕まえてくれるんじゃない?」
蒼埜が楽観視してる一方で、犯人も楽観視していた。
「へへっ。やっぱ最高だなオレの固有魔法、固定!」
【固定:自身の魔力を任意の座標で固定できる】
犯人は足の裏に纏わせた魔力に“固定”の魔法式を付与し、まるで階段を駆け上がるかのように空中を跳ねている。
そして空飛ぶ筐体を華麗に避け、さらに上へ向かっている。
そんな男を地面から鋭い目で見つめる者がいた。
「あいつが強盗犯だな」
そう尋ねた男性は腰に携えている刀に手をかける。
「そうだね~。それで右手小指にしてる“収納リング”に宝石が入ってるんだろうね~」
そう答えた女性には緊迫感が全くない。
女性に確認を取ると、男性は魔法を纏った刀を鞘ごと振りかぶる。
「《固有魔法》次元斬」
【次元斬:斬撃を任意の座標から出現させることができる】
「はっ!?」
男性が刀を振り下ろした瞬間、強盗犯の目の前に魔法陣が展開され、そこから男性の持つ刀が出現した。
「がっ!!」
そして犯人を地面に向かってぶっ叩いた。
「お~。流石
「無駄口はいらない。捕獲体制に入れ
「りょうか~い」
真瀬と呼ばれたその女性は、軽い足取りで犯人の落下地点に入る。
「《固有魔法》
【空木:身体から植物を自由に出し入れできる】
「よっ」
真瀬が右手を伸ばすと、手のひらから少し太めの枝が伸びる。
そして瞬く間に犯人をグルグルに巻きつけた。
それと同時に野次馬の歓声が上がる。
「ぐっ…!!くそっ…!」
「植物の強度舐めちゃいけないよ~」
犯人は必死に足掻くが、その枝はびくともしない。
「もう解放してやれ」
「おっけ~」
吽刀の指示で犯人を地面に降ろす真瀬。枝は右手てのひらにスルスルと戻っていった。
「はぁ…はぁ…」
犯人は満身創痍で地面に倒れ込んでいる。
真瀬はその犯人を、次はツルを出して軽く縛った。
「おい、まずは収納リングを出せ」
「ちっ…」
犯人が渋々右手を突き出す。
「ん?」
──しかしその小指には先ほどまであったはずの指輪がなかった。
少し時は遡る。
「へぇあの指輪、収納リングって言うんだ」
吽刀と真瀬の会話に聞き耳を立ててた蒼埜。聞きなれないその言葉に疑問が浮かぶ。
「あんなちっちゃい指輪に宝石が入ってるってどういうこと?」
「…さーな。科学ってやつなんじゃね?」
「ふーん」
犯人をぼんやり眺めながら蒼埜とガルは会話を交わす。
「《固有魔法》次元斬」
その詠唱の直後、犯人は地面に向かって叩きつけられる。
「ん?」
しかし蒼埜だけは見逃さなかった。
その衝撃で犯人の小指から指輪が外れたことに。
「ちょっと行ってくる」
「どこに…ってもう走ってやがる」
返事も待たず走り出した蒼埜に、ガルは呆れた様子でその場に佇んでいた。
収納リングが弾かれたであろうところに向かう蒼埜。
そしてたどり着いたのは
「ふふ、これは天からのお恵みね」
「ククッ。さっさと持ち帰って山分けしようぜ」
「…うん」
そこには収納リングを持った2人の男と1人の女がいた。
「何してんの」
その3人に蒼埜は淡々と声をかける。
「あら坊や、どうしたの?」
女が優しい笑顔を向けて蒼埜に近づいていく。
「それ、強盗されたやつだよ。宝石店に返さないと」
その言葉を聞いた瞬間、3人は鋭い目つきをする。
「…坊や今帰るなら見逃してあげるわよ」
「…こっちこそ今返したら見逃してあげる」
その言葉を聞いた瞬間、今度は怒りの表情を含ませ、3人とも戦闘体制に入った。
「おいガキ、お前立場わかってんのか!?」
「どうやら分からせてあげる必要があるみたいね」
「…痛めつけよう」
3人が蒼埜を取り囲む。
1人の屈強な男が右手拳を魔力でコーティングした。
魔力は人の身体能力を向上させる。
「死ねっ!」
──その男が蒼埜の顔面に殴りかかった。
そしてその拳は蒼埜の顔を正確に捉えた。
パンチの威力で風が吹き抜ける。
「はっ。口ほどにもねぇな」
微動だにしない蒼埜に勝ち誇った表情をする男。
「流石に“硬化”ほどの強度はないか」
「「「!!」」」
しかし先ほど変わらぬ淡々とした声が聞こえて3人は身震いした。
「いや、硬化と比べるのも烏滸がましいか」
「お、おまえ…なんで無傷なんだ!」
「威力が低いから?」
「貴様──」
「待て」
男がもう一度殴りかかろうとした瞬間、蒼埜がそれを静止する。
「次殴っても結果は同じだよ。もうそれ返して終わろ」
蒼埜は善意から降参を申し出たが、余計3人に火をつける。
「ククッ。言ってくれるじゃねぇか小僧。見せてやれ姉貴、兄貴!」
「そうね。流石に私もプッチン来たわ」
「…殺す」
さっき殴ったやつが下がり、残りの2人が蒼埜の前に立つ。
「《生活魔法》火。
今度は女が魔力に火魔法を付与して、右手拳に集中させる。
しかもさっきの男よりも単純に魔力量が多い。
(カソウ…?生活魔法って戦闘に使えるの?)
一方で蒼埜は新たな疑問に頭を悩ませていた。
「《固有魔法》増強」
【増強:他人の魔力を一定時間増やすことができる】
そして男が女の右手拳に魔法をかけた。
するとさらに魔力量が膨れ上がった。
「待たせたね坊や」
「全然待ってない」
「じゃあ死になっ!!」
デート待ち合わせのテンプレみたいな会話から打って変わって、物騒な言葉を吐く女。
そして勢いに任せ、蒼埜を吹き飛ばさんばかりに顔面に殴りかかった。
大きな音と共に、先ほどよりもさらに風が吹き荒れる。
──しかし蒼埜は相変わらず微動だにしなかった。
「んー。さっきと違いがいまいち分からなかった」
「な、にっ…」
顔の造形が全く変わってない蒼埜に、3人は戦慄する。
「……な、なんだこいつ」
「て、テメェ!何をした!」
「何もしてない」
「嘘をつくんじゃ──」
「おいやめろ!」
再び蒼埜につかみかかろうとする屈強な男を、女が制した。
「あ、姉貴!?」
「宝石如きに命を賭けるな!」
「くっ……!!」
屈強な男は歯を食いしばりながらもなんとか踏み止まる。
「宝石は返す…」
女は屈辱で顔を歪めながらも、ポケットから収納リングを取り出そうとする。
しかし──
「大丈夫。もう指輪は返してもらったし」
その必要はなかった。
「なっ、い、いつの間に!」
蒼埜は殴られた時に隙を見て指輪を取り返していた。
「もうこんなことはしたらダメだよ。バイバイ」
易々と背中を向けた蒼埜に、3人は強い敵意を持ちながらも攻撃に移ることはしなかった。
そして蒼埜は1度も3人に振り向かず、悠々と歩いてガルの元に向かった。
「お待たせガル」
「遅かったな」
「うん。ちょっと遊んでた」
蒼埜が戻ってきた時、吽刀と真瀬は宝石を失くしたことに関して、店員に頭を下げていた。
「申し訳ございません」
「いえ、気にしないでください!犯人を捕まえていただけただけでも充分でございます!」
しかし店員は特に気にする様子もなく、むしろ賞賛をしている。野次馬たちもほぼ同じ思いを持っているようだ。
そんな中、蒼埜は店員たちの元へ向かった。
「はいどうぞ」
そして蒼埜は店員に、取り返した収納リングを差し出した。
吽刀は少し、真瀬はとても驚いた顔で蒼埜を見つめている。
「…えっと……」
「この収納リングに宝石が入っていますよ」
「えっ!?ほ、本当ですか!?」
「はい」
その指輪を受け取った店員は、指輪の横にある小さなボタンを押す。すると空中から宝石の入った袋が出現した。
「おーー」
感嘆の声を上げる蒼埜の目はとてもキラキラしている。
一方で店員は袋の中を念入りに調べていた。
「全部ありました!」
「それは良かったです」
「本当にありがとうございました!!」
店員が全力で頭を下げる。
「無事で良かったです」
「なんとお礼を申し上げれば…」
「大丈夫ですよ」
「でも…」
引き下がる様子のない店員を見て蒼埜は1つ提案をする。
「では、このペンダントを見ていただけないでしょうか」
そう言いながら蒼埜は、首に下げていたペンダントを差し出した。
「これ、何か分かりますか?」
「ペンダント、ですか?」
「はい。貰い物なんですがよく分からない凹みがあるんです」
蒼埜からペンダントを預かった店員は、まじまじと観察を始める。
「んー。勾玉…のようですね…」
徐々に怪訝な顔をし始めた店員は、それにしても、と付け加える。
「──こんな材質、見たことないですね」
「へー綺麗なペンダントだね!」
なんとも言えない空気が漂う中、さっきまで静観していた真瀬が目をキラキラさせてペンダントに近寄ってきた。
「私ペンダント大好きなんだよね~」
「そうなんですか」
「興味ないなら私にくれない?」
両手を合わせてパチンとウィンクをする真瀬。
「あげませんよ」
「え~ケチ~」
しかしその可愛さは蒼埜に届くことなく撃沈した。
「おい真瀬。立場を弁えろ」
「は~い」
そんな様子を見ていた吽刀が止めに入った。
「失礼した」
「いえ、お気になさらず。それで何か分かりましたか?」
吽刀のお詫びを軽く受け流し、もう一度店員に向き合う蒼埜。
「うーん。すみません。今見ただけでは珍しいペンダント、としか言いようがありませんね。一度お預かりいたしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。どうもありがとうございました」
「そうですか。こちらこそ宝石を取り返して下さり本当にありがとうございました」
店員のお辞儀に軽く会釈をして、蒼埜はガルの元へ向かった。
一方ガルはと言うと、そんな蒼埜たちのやりとりを少し険しめの表情で見つめていた。
「お待たせガル」
「なげーよ」
「行こうか」
「待て」
歩き出した蒼埜をガルが制止する。その顔は真剣そのものだ。
「そのペンダント、容易く人前に晒すんじゃねぇ」
「え、なんで?」
「良いから従え」
「…ガルはなんか知ってるの?このペンダントのこと」
「……」
ガルはその言葉に返事をしない。その代わり鋭い目つきで蒼埜に肯定の意を促した。
蒼埜はそれを分かった上で小さく頷く。今逆らうと今後聞き出す機会が無くなると判断したからだ。
そしてペンダントを首から下げ、Tシャツの中に入れた。
「お~~い!」
明るい呼び声が2人の静寂を壊した。
「ねぇねぇ君、収納リングどこで見つけたの?」
「路地裏に落ちてました」
「おい真瀬。もう少し礼儀正しくできないのか」
遅れて吽刀がやってくる。どうやら事後処理は全て済んだらしい。
「まあまあそんな固いこと言わずに。私と君の仲じゃんねぇ」
「別に仲良くないですよ?」
「もう、君もお堅いなぁ」
そう言いながら真瀬は蒼埜の頬をツンツンしだした。
「いい加減にしろ」
「いっ!」
流石に目に余ったのか、吽刀は真瀬の頭を軽くこづいた。
「度々失礼なことをして申し訳ない」
「大丈夫ですよ」
軽く頭を下げた吽刀は、顔を上げて再び蒼埜に向き直る。
「俺の名前は吽刀
「真瀬ありすです!よろしくね!」
吽刀の言葉を遮り、自己紹介をする真瀬。
続いて蒼埜も自己紹介をしておくことにした。
「俺は漣蒼埜。こっちは一氏がべる。よろしくお願いします」
「……」
「ん~。2人ともクールだねぇ」
ガルはただ喋るのがめんどくさいだけなのだが、どうやら好印象だったらしい。
「何はともあれ指輪を見つけてくれてありがとう」
また吽刀が頭を下げる。そんな様子を見て、とても律儀な人なんだなと蒼埜は思っていた。
「ところで2人は何してるの?」
「この凪目高校ってところに行きたいのですが道が分からなくて困ってます」
その言葉に吽刀と真瀬は驚いた様子を見せる。
「えっ!!ちょうど私たちも行くところだったんだよ!」
「すごい偶然ですね」
「じゃあせっかくだから一緒に行こっか!」
「そうですね。お願いします」
蒼埜は真瀬のありがたい提案を快諾する。
「レッツゴー!」
そして、右手を高く上げてノリノリな真瀬の後をついていく蒼埜たち。
蒼埜はまだ見ぬ魔法高校に思いを馳せていた。
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