第10話

 洞窟の奥には、キルミースさんの背よりもいくぶん低い、古そうな石碑が建っていた。

自然石ではなく、人工的な石碑。

文字が彫ってある面以外はツルツルしている。

「ここに石碑があります」

手を握ったまま近づき、その手が石碑の文字に触れられるように持ち上げた。

「このあたりから文字が書かれているようです……私にはまったく読めない文字ですが」

「ありがとう、ニーナ。ちょっと読んでみよう」

 

 横で見ている限り、石碑に書かれている文字はあまり多くないようだった。

それでも指で読み取るのは難しいのか、両手を使い何度も何度も文字を探っていた。

ようやく最後の文字から指を離したキルミースさんは、私のほうを振り向いて言った。

「どうも、謎解きのようですね」

「謎解き……?」

「短い文ですが、おそらく謎解きです。読んでみましょうか?」

「はい、お願いします」

「『しょくぱんはしょじしているが、ばたーろーるはしょじしていないものはなんぞ』という文です」

「は???」

しょくぱん?ばたーろーる?

食パンとバターロールよね?多分。

なぜそういった食べ物の名前がここで出る?

 

 食パンは、アレよね。

四角くて、トーストにしたりハムとかはさんでサンドイッチにするヤツ。

もうひとつのバターロールは……トーストはしたりしなかったりだったわね。

切れ目を入れてハム挟んでサンドイッチにしたことはあったっけ。

からしマヨネーズ入れすぎて辛くて食べられなかった記憶はあるけれど。

食パンにはあってバターロールにないもの。

材料はどちらも同じだったはず。

基本は粉と酵母、砂糖、塩、水……だったよね。

でもって、バターロールはさらにバターを加えてたんだっけなぁ……うろ覚え。

もうすこしちゃんと勉強しておくんだったわ。

 

 でも、それだと食パンにはなくてバターロールにあるものになっちゃうから違う。

食パン、食パン。

そういえば、せっかくサンドイッチ作ってあげたのに『この茶色いとこ固いから、嫌いなんだよね』って残しやがったなぁ、あいつ。

もったいないことするな!ってケンカしたっけ。

あれ、そういえばバターロールには固い部分はなかったわよね。

だとしたら、あの部分が答えかも。

あ~~~なんていってたっけ?あの部分。

……思い出した!ミミよ、ミミ。

そのまま食べるのはイヤだけど、ミミでラスク作ってくれたら食べるなんてゼイタク言いやがったんだった。

この答えで当たってるか、わかんないけれど。

 

 私は思い出した過去のムカツキを沈めるために、ひとつ深呼吸をした。

そして石碑の前に立つ彼に声をかけた。

「キルミースさん、もしかしたら答えがわかったかもしれません」

「本当ですか?ニーナ」

「可能性のひとつなので、はずれていたらまた考え直しますが」

「それでも試してみる価値はあるでしょう。なんという言葉なのですか?」

「ミミ、です。食パンはご存知ですか?」

「いいえ、私の記憶の中にはそのようなものは存在しないようです」

私は食パンとバターロールの大まかな形状を伝えた。

「だから、この場合はミミと呼ぶ部分じゃないかと思うんです」

「……わかりました。やってみましょう」

そういうと石碑に向き直り、なにか言葉を発した。

その瞬間、文字がエメラルドグリーンに光りだし、光が広がって石碑全体が一瞬強く輝いたかと思うとふっと消えた。

石碑の文字は、光ったままだった。

 

 「どうやら、正解のようですね」

「よかった~。当たってて」

「素晴らしいです、ニーナ。私では答えは導き出せなかったでしょうから」

「そんなことは、ないでしょう?」

「いいえ。がどのようなものかを知らない私には、わからなかったことです。感謝します……では、戻りましょうか。また、手をつないでもらってもいいですか?」  

「もちろんです」

私はキルミースさんと手をつないで洞窟を出た。

「もう、大丈夫です。ありがとう」

「いえ、どういたしまして」

ちょっと心残りだったけれど、つないでいた手をはなした。

そして来た道を館へと戻った。


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