第9話

 石碑がある場所が暗闇だから、キルミースさんが解読しに行けなかったということは周知のことなのね。

「そうなの。私、暗いところでも、ものを見ることができるらしくて。そうねっていうことかしら」

私がそういうと、マオがさも楽しげに笑い声をたてた。

「素敵だわ、ニーナ様って。キルミース様のお嫁様はということなのね」

(ま、まさかのダジャレ?)

「おお。そういうことか」

なんだかキルミースさんも楽しそう……って、だからなんでダジャレなのよ。

「私の嫁はであったわけか。これは心強い」

あれ?

「あ、でも、キルミースさんはおっしゃいましたよね?『を選んだ。その瞬間、私の嫁として決定していたのですよ』と」

「ええ。言いました。それは神から伝えられていたことなので。ただ、こういう言葉遊びが隠されていたとは気がつきませんでしたよ」

「それって、どういうことなんですか?」

 

 「実は、ルケッヘはあの地に、神との仲介役として常駐していたのです。もちろん私の命を受けて、ですが。そして条件に沿うものが現れたとき、ニーナが尋ねられたものと同じ質問をします……性別男女を問わず。選んだ能力は、ルケッヘを介して神が授けます。そしてニーナが眼を選んだあのとき、私は神から『嫁が決定した』との知らせを受けたのです…。それまで幾人の者たちが問われたかはわかりませんが、眼を選ばなかった者たちのその後は……それこそ神のみぞ知るといったところでしょうか」

もしかして私、危ない綱を渡りかけてたのかな?

いや、そうと決まったわけではないし。

あの三つの選択肢だって転生する際に授けられるものっていってたから、きっとここじゃないどこかに転生してるよね。

うん。

 

 「さて、それでは今度こそ参りましょうか」

「はい」

私はキルミースさんとともに森へと進んでいった。

森はうっそうと茂っているように見えたけれど、私たちが近づくとさっと左右に広がって目の前に道を作ってくれた……便利すぎる。

どんどんできていく道を、私たちはずんずん歩いた。

どのくらい移動しただろう。

汗もかかない、疲れもしないと距離の感覚もなくなってしまう。

と、急に森が切れて、狭い広場に出た。

上を見上げると、見慣れた色の空が広がっている。

広場の向こうには岩肌が立ちふさがっていた。

切り立ったがけで、かなりの高さがあるみたいだ……あんなところから落ちたらきっと死んじゃうだろうな……いや、もう死んでるようなものだけど。

 

 その岩肌には狭めの穴があいていた。

「あの穴の中に石碑があるのですか?」

「そうです。私も、あの入口まではいくことができたのですが。とりあえず、そこまで行きましょう」

入口に近づき中を覗き込む。

結構広そうな洞窟だ。

入口からの光は奥まで届かないから、奥の方はほとんど見えない。

「じゃあ、入りましょう」

二人で一緒に中に入る。

うん。かなり暗い。

でも、真っ暗闇というわけではないわね。

一番奥まったあたりに石碑らしいものがうっすらと見える。

 

 「これです。この暗さで、私は進むことができなくなったのです」

キルミースさんにとっては、きっと真っ暗闇なのね。

「奥に石碑があるようです。見えづらいなら、手をつないだ方がよいでしょうか?」

よく知らない、それも男性と手をつなぐなんて緊張しちゃうけど。

この際、そんなこと言ってられないし。

「ニーナが構わないなら、お願いしたいですね」

そう言ってキルミースさんが手を出してきた。

一瞬躊躇して、手を握る。

背が高い人だから、きっと大きい手だろうと思っていたけれど、想像していたよりもずっと分厚くて大きくて、そしてあたたかい手だった。

「う、わぁ」

「どうしました?」

「いえ、想像していたよりも大きな手だなと思って」

「ニーナの手は華奢ですね。強く握ると壊れそうですよ」

……歴代の彼氏にもそんなこと言われたことない!

私は赤くなってるかもしれないほほをあいた方の手でおさえながら石碑へと進んだ。

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