第6話

 「おはようございます」

扉の中に入った私は、奥の机に座っているキルミースさんに声をかけた。

おはようが適当だったかはわからないけれど。

「……ゆっくりと休めましたか?ニーナ」

「はい。おかげさまで」

「それはよかった。……立ち話では悪いですね。どうぞニーナも座ってください」

そういってソファを指し示した。

言われるままに、ソファの、昨日座った場所に腰掛ける。

キルミースさんも机から移動して、ソファセットの向かい側に座った。

「昨日は、説明不足のままでしたね。まずは……説明の前にニーナが気になっていることがあれば、それに答えていくことにしましょうか」

 

 気になっていること……ありすぎて、どれから聞いていいのかわからない。

まずは……。

「あの、私、ここに来た時につい『おはようございます』と言っちゃったのですが、今の時間って朝でよかったんでしょうか?」

うん……そうよね。

夜なのにおはようだなんてゲーノーカイくらいだもん、普通人が使ってたらおかしいもんね。

「ここには、何時という時間はありません」

「へ?」

「そもそも、時間という概念がありません」

「時間がないということは、時間が止まっているということですか?」

「止まっているというのともまた違います。ここでは時間という概念が意味をなさないのです」

 

 「意味をなさない?」

「ええ。ここでは人間界で言うところの過去と未来とが同時に存在しています。ここに住んでいるのは生きても死んでもいない者と言いましたね」

「ええ。昨日……になるのかな」

「そのがないのです。[今よりも前]、[今よりも後]といった認識はありますがね。このあとニーナがどんな質問をするのか、にはわかりませんので」

わかったような、わからないような。

「よく、わからないけど。何時何分っていう区切り?目安?がない、ということなのでしょうか?」

「そういうとらえ方でいいと思います」

 

 「過去と未来が同時に存在するっておっしゃったのは?」

「あなたをここに連れてきたルケッヘは、ニンゲン界で言うと約百五十年前に、そしてあなたの世話係のカロルとラムレアは同じく百二十年未来にそれぞれ事故で急死します」

えぇ?カロルとラムレアって、いわゆる未来人?

「未来に亡くなる予定の人が、今、ここにいるということなのですか?」

「ニーナの感覚的には、そうなりますね」

……余計に混乱してきた。

「じゃあ、時計がないのも時間がないからなのですね」

 

 「そうです。ほかには?」

「じゃあ……私が来ている服が脱げなかったのは、どうしてです?寝ようと思って脱ごうとしたらどうしても脱げなかったんです」

「それは服がニーナの一部となったからです」

そんなことってあるのか?可能なのか?って、実際脱げなかったから事実と思うしかないんだろうな。

「あと、明かりとかはないんですか?ここに来てからずっと変わらず薄明るいままで、外も部屋の中もおんなじ明るさってどうしてなんだろうって」

「薄明るい……ニーナにはそう見えるのですね」

「?ええ。お部屋の調度とか見えるくらいには明るいんですけど、キルミースさんたちの姿が影のようにしか見えなくて。明かりがあったら、もっとはっきり見えるだろうにって思ったんです」

 

 「そうなのですか。さすがはですね」

「それ、ルケッヘさんにも言われたんですが。どんな意味なんですか?」

「私たちにとって、この世界は薄暗くて、よく見えないのですよ、ニーナ」

薄暗い?そりゃ、辞書みたいな小さい文字を見るにはつらいけど、日常生活を送るには困らない明るさだと思うんだけど。

「ニーナはの持ち主だからですよ。家具……例えばこのソファなどを利用したり、そこにいる誰かの存在を認識して会話をしたりは可能です。そこにいる存在が誰であるかは、声か本人の名乗りで確認するしかありませんけどね。だからニーナのように姿ことが、私たちの夢であり、望みなのです」

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