第4話
「主様。嫁を連れてまいりました」
ちょ……嫁ってなによ?嫁って。
私にはちゃんと“
≪入れ≫
扉の向こうからかすかに声が聞こえた。
「失礼します」
ガチャ……
扉の向こうには一番奥に机がある、かなり広そうな部屋があった。
机の向こう側には、誰かが座っている。
番人さんより、ずっと濃い影……あれが主様なのかな。
深々とお辞儀をした番人さんについて室内に入ると、机の向こうの人の手が、すっと促すような動きをした。
動いた先に目をやると、重厚な作りのソファセットがある。
私たちがソファに近づくのと同時に、主様と呼ばれた人もソファにむかって歩いてきた。
(背が、高そうだな……百八十センチは超えてるだろうな)
ひとりがけ用のソファに座った主様は向かい側に立ったままの私にむかって話しかけてきた。
「遠いところをようこそ、いらっしゃった。どうぞ、おかけください」
低くて耳障りがいい声。
声フェチの私には、たまらないかも……。
そんなことを考えていた私を、番人さんが横からつついてきた。
「主様がおっしゃっているではないか。さっさと座れ」
慌てて腰掛ける私を、主様は興味深そうに見ている……ように感じた。
だって……番人さんと同じく影だから、どんな顔なのかさっぱりわからないんだもの。
「ようこそ、ニクノレカソタヘ。私はこの世界を治めているキルミース。そなたは、名は何と?」
「あ、私……仁衣奈っていいます。字は仁義の仁に……」
「文字の説明は必要ありませんよ。ここでは無意味なものですから……ニーナと呼ばせてもらいましょう。ルケッヘ、まだ何も説明していなかったのか?」
主様……キルミースさんだっけ?が番人さんを咎めているようだ。
番人さんの名前って、ルケッヘっていうのか……言いにくそうな名前だな。
あれ?そういえば、どうしてルケッヘさんは立ったままなんだろう?
そう思いながらキルミースさんとルケッヘさんを交互に見ていた。
「ニーナ?どうかしましたか?なにか気になることでも?」
「いえ、あの。大したことじゃないかもしれないんですが。番人さん……ルケッヘさんっておっしゃるのかな?は、どうして立ったままなのかなって」
「我は使用人だぞ!主様の前で座れるはずがないではないか」
えぇ?そんなものなの?
「ニーナは優しいのですね。でも、その気遣いは必要ありません。それよりもルケッヘ?その言葉遣いは失礼だぞ。ニーナは私の嫁だ」
「!!失礼いたしました!ニーナ様、ご無礼をお許しください」
急に「様」なんてよばれると。むずむずして気持ち悪い……。
「ところでニーナ?あなたは、なぜここに来たのかわかっていますか?」
「えっと、主様の嫁になるため……とルケッヘさんに聞いています」
「そのとおり。ニーナはこの地に来た時点で、私の嫁です」
「この時点って……あの!嫁になるのに、手続きとかないんですか?例えば婚姻届けだとか誓約書だとか」
「そういうものは必要ありません。そうですね、ルケッヘが説明していないようなので私から伝えましょう」
「……この世界はニーナたちニンゲンが暮らしている世界と冥界との狭間にあります。つまりここに住んでいるのは、生きても死んでもいない者たちとなります。ニーナは事故に遭ってルケッヘのところに行ったようですね。そして眼を選んだ。その瞬間、私の嫁として決定していたのですよ」
「え?じゃあ、じゃあ、鼻だったり舌だったりを選んでいたら、どうなっていたの……ですか?」
私の問いかけに、キルミースさんは答えてはくれなかった。
「今の時点ではニーナが私の嫁である、という事実だけあれば十分でしょう?」
そう言って薄く笑った……ように感じた。
「……あの、気になることがあるんですけど」
「なんでしょう?」
「あの、えっと……私、キルミース様の嫁だっていうことなんですけど……何をしたらいいんですか?キルミース様のお世話……ご飯作ったりとか洗濯したりとか……」
もっと気になるのは、男女の色んな……チューしたりだとか、あんなことやこんなことやなんだけど、そんなこと聞けやしない。
「そういうことは、必要ありません。私たちは食事も衣服も必要としていません。普通のニンゲンのように病気もしませんし死ぬこともない……ニーナが気にしているような営みも必要がありませんよ……生命を育める場所ではありませんからね」
……考えてること、ばれちゃってるけど。
それよりも衣類が必要ない……たしかに影にしか見えないから服は着てないかもだけど。
と、いうことは、私も?
慌てて自分の服装をチェックする。
……今日着ていた服、そのまんまだ。
「私もキルミース様と同じで、食事も衣類も必要がない、ということになりますよね?でも、いま私、服着てますよ?」
「ニーナは、特別なのです」
??特別?
なんのことだかわからないけど。
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