婚約破棄され牢に繋がれました、なお一年後

アソビのココロ

第1話

 雲は綺麗だ。

 囚われの身の私には、格子窓で切り取られた四角い空しか見えないけれども。


「ねえ、今日は何月何日?」

「水晶の月一日」


 看守がぶっきらぼうに言葉を返してくる。

 しかし私はこの看守がなかなか親切な男だと知っている。

 本来囚人と言葉など交わしてはいけないはずなのだが、律儀に返事をしてくれるのだから。


 私?

 ハルトエイミス選帝侯家の娘アズラエルという者だよ。

 今は世間でどういう扱いになってるかは知らない。

 でも貴人牢で特に不足のない待遇が続いてるところから考えると、想像は付くね。

 罪持ちの令嬢のままなのだろう。


 何をして牢に入っているのかって?

 特に何もしていない。

 いや、していないからこそ囚人なのかな。

 私は一年前まで皇太子ウォルター殿下の婚約者だったんだ。


 皇帝家を支える大貴族選帝侯家の中に、ウォルター殿下に相応しい令嬢が私以外にいなかったわけじゃない。

 私が選ばれたのは、単に私の所持する大きな魔法の力が評価されたに過ぎない。

 表現を変えれば、バカげた規模の魔力持ちのせいで貧乏くじを引いた、とも言う。


 婚約者とは無給の労働者、もとい奴隷みたいなものだ。

 周辺国との小競り合いに盗賊退治に魔物駆除に駆り出される駆り出される。

 魔力の溜まる暇もありゃしない。


 その上でどうしてお前はいつも帝都にいないんだ、パートナーがいなくて恥をかいたなどとアホ殿下はのたまう。

 いや、前もって言ってくれてれば余剰魔力をムリにでも溜め、飛んで戻ってきたよ?

 事後に言われてどうしろと?


 どうしろって問題じゃなかった。

 アホ殿下が公式に愛人を持つための方便だったわ。

 私も当時は純粋な乙女だったから気付かなかった。


『その鬱陶しい髪を切れ!』


 これもアホ殿下に言われたことだ。

 魔法使いが髪を切るなんて通常あり得ない。

 魔力は髪に溜めるものということを、多分殿下は知らなかったんだと思う。

 だけど私も婚約者として皇太子殿下の言うことには従わなきゃと思ってたから、スパッと髪を落としてしまった。


 どうせ仕事が忙しくて魔力を溜める暇がない。

 イコール私のバカデカい最大魔力量を生かすことはできなかったし。

 大きい魔法を使う機会もなかった。

 髪を維持する必要がない分、魔力の回復が早くて都合がいいという面もあった。


 で、こうだ。


『建国祭がある。周辺国の要人も招待しているのだ。デモンストレーションとして、お前の魔法で派手な演出を見せろ』

『えっ? ムリです』


 いや、だって髪の毛切っちゃったもん。

 いかに私の持ち魔力が多くたって、必要な分だけ魔力を溜められないのに、派手な魔法なんか撃てるわけがない。

 魔法使いなら誰でもわかる理屈なんだが。

 

 建国祭はカイズミリア帝国の威信を内外に示す、皇帝家にとって最も重要なイベントだ。

 アホ殿下が相当落胆したのは事実らしい。

 知ったこっちゃないんだが、問題は神聖であるべき建国祭で私が期待に応えられなかったということだ。

 私は婚約破棄され、命令不服従で罪を被った。

 だからこんなところに閉じ込められているわけだ。


 口数の少ない看守が漏らしてくれたことによると、私は希代の悪女ということになっているらしい。

 何故なら皇太子殿下のパートナーとして社交に出るのを拒否するなど、皇帝家の言うことを全く聞かないからだそうだ。

 いや、言うこと聞いて軍に同行してたから、帝都にいられなかったんだけどね?


 ただカイズミリア帝国最大の魔法戦力である私がどこにお出かけしているか、という詳しい情報はぼかしてあるそうで。

 私は帝都にいながら駄々捏ねてる女ってことになってたんだって。

 まあひどい。


 そんなアホ殿下だが、国民の評判は実はすごくいい。

 顔だけ見れば凛々しい貴公子だし、貴族学校の成績は確かにいいし、剣の腕もまあまあ立つからね。

 しかも悪女婚約者の我が儘を許さないとあれば当然だ、うんうん。


 ただしばしば軍と一緒に行動してた私に言わせてもらえば、アホ殿下の将官からの評価は高くなかったよ。

 陛下の頭越しに命令は受けられない、越権行為だって。

 しかも言い分が一方的で現場のことがわかってないって。

 婚約者なんだから意見してくれとも言われたよ。

 意見なんてできるわけないでしょう。

 私は奴隷だったんだから。


「もう一年か」


 私が断罪されたのは、去年の水晶の月九日だった。

 アホ殿下は知らないだろうが、水晶の月九日は特別な日だ。

 一年、それは私が魔力で髪を伸ばし、必要な魔力を蓄えるのに十分な期間でもある。


「元宰相トマス・コーリッジ殿がいらっしゃった」

「トマス様が?」


 元宰相?

 お辞めになったのか辞めさせられたのか。

 いずれにせよ辛抱強いトマス様が去るようでは、帝国はもうダメだ。


「やあやあアズラエル嬢。久しぶりでしたな」

「トマス様こそ。お元気ではないですか。宰相お辞めになったんですか?」

「もう歳が歳ですでな。引退させていただきましたわい」


 ウソだ。

 声に張りがある。

 まだまだ俗世に未練があるだろうに、皇帝家を見切ったのか。


「わしだけではありませんぞ? 主だった年寄りは皆引退ですわい」

「あらあら。政治は大丈夫なんですの?」

「若いのが張り切っておりますでな」


 諦観。

 大丈夫と言わない。

 どうやら私が閉じ込められていた一年の間にメチャクチャになってるみたいだ。


「一年前から皇太子殿下がリーダーシップを発揮しておりましてな。そりゃあもう、枷から解き放たれたように」

「……」


 一年前か。

 全然自覚してなかったけど、私がいたことはそれなりにアホ殿下の抑止力になっていたらしい。

 単なる奴隷だったのにな?

 いや、軍とか教会とかから私の魔力が強大だってことを聞いて、意外と恐れてたのかしらん?

 だからこそ私は婚約破棄されて遠ざけられたのかもしれない。


「……ここはかなり厳重な魔法結界が張られておるようですな」

「いえいえ、お気になさらず」


 そうか、アホ殿下は私の魔力が怖くてこんなところに閉じ込めたのか。

 今になって理解するとはバカみたい。

 だってどうってことのない魔法結界だから。

 こんなもので私を封じられるわけがないじゃない。


「ハハッ、アズラエル嬢は頼もしいですな」

「こんなところにいては何もできませんですけれどもね」

「何の何の。もうすぐ水晶の月九日ではないですか」


 トマス様は気付いている。

 受刑者となってちょうど一年の因縁の日、水晶の月九日に私が行動を起こすと。

 父様と連携が取れればいいのだが。


「最近辺境が騒がしいそうですぞ」

「辺境が……そうでしたか」


 トマス様ナイス!

 父様も私が脱獄することをわかってるみたい。


「……アズラエル嬢が無事でよかったです。食べ物が身体に合わないこともありましょうでの」

「御心配いただき、ありがとうございます。看守が優秀な方ですから」


 毒殺を心配されていたか。

 解毒の魔法も使えるから問題はないが、実際のところ食事に毒が入っていたことは一度もない。

 看守がチェックしてくれていたんだと思う。


 ちょっと待てよ?

 最大魔法戦力の私が毒殺されるかもと、トマス様は考えている?

 外国を警戒して私を飼っておくよりも、国内の反乱勢力に私が合流する方が心配と、皇帝家は見ているってことか。

 その懸念は正しいけれども。


「……あの看守、顔に既視感がありますな。どなたの顔だったか……」


 あれ? ひょっとして看守も私を守るためにどこかから送り込まれた人かな?

 ぶっきらぼうながら、常に私に目を配ってくれている人だ。

 もちろん連れて逃げるつもりではあった。


「トマス殿、時間です」

「おお、すまんな。アズラエル嬢、また後日お目にかかりましょうぞ」

「トマス様こそはしゃぎ過ぎませんように」

「ハハッ、すぐに帝都を辞してのんびりしますのでな」


 トマス様が去る。

 皇宮でなくて帝都を辞すのか。

 帝都の混乱はどれほどになるかわからないからな。


「食事だ」

「いただくわ」


 ここにいるのもあと数日。

 せいぜい養生しましょう。


          ◇


 ――――――――――水晶の月九日。


 身だしなみを整え、朝食を食べた。

 腹が減っては事は起こせぬものだから。

 一年も過ごしていればそれなりにこの牢にも愛着が湧くものだが、感傷に身を任せてはいけない。

 何故なら今の私は破壊の権化だから。

 貴人牢をスッと抜ける。


「おはようございます」

「……おはよう」


 驚いてくれてはいるようだ。

 うふふ。


「アズラエル嬢は牢を自力で出ることができたのか」

「あら、初めて名前を呼んでくださったわね」

「当然だ。最早あなたは囚われ人ではないのだから」


 こんな顔ができる人だったんだ。

 無骨に笑う看守に好感を覚える。


「かなり厳重な魔法防止の結界が張ってあるのだろう?」

「壁と天井と床にはね。時空を捩じれば出入りに不自由はないのよ」

「出たいと言えばカギを開けるつもりだったのに」

「そうでしたの?」

「ああ、あなたがそう言うのは、全ての準備が整った時だろうから」


 思わず苦笑いだ。

 この看守には私の行動が読まれていた。


「アズラエル嬢にはすまないことをした。俺の行動も監視されていてね。余計な行動を取ると、あなたを守れる持ち場から外されてしまうんだ」

「いえ、感謝しておりますわ。……私が何をするつもりかわかりますわね?」

「もちろん。俺がアズラエル嬢の剣となり盾となって、皇宮外に連れ出すことまでは約束しよう」

「よほど剣の腕に自信があるのですね。でもそれはいいの。現在の帝都と帝都外の情勢を簡潔に教えてくださる?」


 すぐ私が魔法で決着を付けることに思い至ったようだ。


「政治にも軍事にも、皇太子ウォルター殿下が存在感を発揮している」

「うふふ、なるほど」


 今日は水晶の月九日。

 もう言葉を飾らなくてもいいのに。

 要するにアホ皇子の専横が目立つのだろう。

 アホ皇子は根拠のない自信だけは一人前なのだ。


「新進気鋭の者をたくさん登用しているのだ」

「言葉を飾らなくていいですのよ。実績のあるベテランは野に下ったのね?」

「ああ。ガタガタだ。今のところ市民の不満は結果を出せない政治家の方に向かっているが」


 トマス様が仰っていた通り。

 ちょっと残念だ。

 市民の不満が露骨に皇帝家とアホ殿下を向いてから決起する方が、都合はよかったのだが。

 でももう待てない。

 だって今日は水晶の月九日だから。


 水晶の月九日は、我がハルトエイミス選帝侯家創始の記念日。

 加えて私の誕生日でもある。

 その誇りある日に私を幽閉した皇帝家は滅びればいい。

 アホ殿下は死ねばいい。


 帝国創始の記念日である建国祭で魔法を撃てなかっただけで私は罰せられた。

 ならばハルトエイミス選帝侯家創始の、私の生誕の記念日を汚した者は消えてなくなれ。

 それが平等というものだ。


「今日、ハルトエイミス選帝侯家では大規模な鹿狩りを行うそうだ」


 鹿狩りね。

 鹿は紋章にも刻まれている、皇帝家のシンボルだ。

 今日挙兵し、王家を討伐するつもりか。

 ああ、ちょうどいい。

 父様は混乱の真っただ中の頃、帝都に到着するだろう。


「他の選帝侯は様子見だが、鹿狩りに参加する諸侯も少なくないと聞いた」

「大体理解できました。行きますよ」


 看守を抱え、認識阻害魔法をかけながら壁抜け、そして上空に舞い上がる。


「御存じでした? 皇宮にも外からの攻撃に備えた対魔法結界があるんですけど、真上はがら空きなんですよ」

「知らなかった。しかし地に足が付いていないのは不安なものだな」

「うふふ」


 魔力を練り上げ、爆裂魔法を皇宮に落とす。

 ズガアアアアアンという耳が痛くなる音とともに、皇宮は灰燼と帰した。

 特に感慨はない。

 今頃まで皇宮にしがみ付いている、先の見えない者どもは死んで当然だ。


 皮肉なものと言うか計算通りというか。

 魔法結界のおかげで周辺には被害が及んでいない。


「……凄まじい威力だな」

「そうですね。このまま飛んで父様の軍に合流しますよ」

「おいおい、魔力は持つのかい?」

「はい、もちろん」


 一年間今日のために伸ばした髪、溜めた魔力だから。

 合流しさえすれば大きな魔力を使う機会は当分ないだろうしね。


「スピードを上げます」


          ◇


 ――――――――――皇太子ウォルター視点。


「何だと!」

「殿下以外の皇宮在住の皇族の方々の生存は確認されておりません!」


 くそっ、何が起きた?

 皇宮が崩壊したと連絡を受けた。

 たまたまオレは視察に出ていて難を逃れている。

 おそらく大規模な爆弾テロとのことだが……。


「アズラエルは……」

「は?」

「いや、何でもない」


 魔力だけは規格外に大きいあの女ならば、一発で皇宮を破壊し得る魔法を使えるのではないか?

 しかし結界の施された牢からは出られない。

 そしてやはり結界の張り巡らされている皇宮を魔法で破壊することはできないはずだ。

 思い過ごしだろう。

 皇宮崩壊であの女も命を落としたに違いない。


 しかし近衛兵も今オレに従っている者以外は、少なくとも重傷で当てにできないということか。

 早急に軍と憲兵を掌握せねばならん。


「帝都に帰還する」

「はっ!」


          ◇


 ――――――――――一ヶ月後。


「まさかガープ様が『牧場主』さんのところの令息だったとは」

「意外か?」

「驚きですね」


 ガープ様とは元看守のことだ。

 ハルトエイミス選帝侯家と誼を結びたい、どこかの貴族の令息が送り込まれたものだと思っていた。


「お顔に見覚えがないので、訳ありの人なんだろうなとは思っていましたが」

「だから何も聞かなかったのか。もっとも看守時代は何も話せなかった」


 帝国内ではあるが最も高度な自治を行っている地域、それが『豊魔界』だ。

 帝国法に縛られず納税の義務もなく、犯罪者引き渡しの取り決めすらない治外法権でもある。

 他の地域では見られない凶悪な魔物を抑え込む、強き者達のエリア。

 『豊魔界』がカイズミリア帝国に従っているのは、その方が食料の購入と素材の売却に都合がいいからに過ぎない。 

 『牧場主』とは、一部の凶悪な魔物を我が物のように扱う『豊魔界』の首長に対する尊称だ。


「『豊魔界』の方というのは、化け物みたいなものだと思ってたんですよ」

「ハハッ、他の地域でそういう扱いなのはよく理解している。しかしアズラエル嬢に言われたくはないな」

「えっ?」

「一発で宮殿を塵にするほどの魔法など見たことがない」

「魔力だけは大きいと言われていますから」

「一切の躊躇も手加減も見られなかったからな」

「私とハルトエイミス選帝侯家の誇りを理解しない者達なので」

「うむ、誇りは何よりも重要だ。惚れ直したぞ」


 惚れ『直し』た?

 ガープ様の微笑みは凄味がありますね。


「強き者は敬う、それが『豊魔界』の掟だ。元々アズラエル嬢の魔力の強大さは『豊魔界』でもよく知られていてな」

「何と」

「どうやら陥れられそうだということで、急ぎ俺がアズラエル嬢を守ることにした」


 なるほど、『牧場主』令息だから、皇室にねじ込んで看守になることもできたのだろう。

 一方でガープ様に厳しい監視が付けられていたことも納得できる。


「で、アズラエル嬢。俺の妻になってくれるということでいいのだな?」

「もちろんですとも」


 元々私は軍にウケが良かったから、父様の帝都入りは軍に大歓迎された。

 下手に抵抗されたら、帝都市民に甚大な被害が出てしまうところだったよ。

 諸侯も続々と支持を表明してくれている。

 『牧場主』が味方になったことで、様子見の選帝侯達も父様が皇帝となることを認めるだろう。

 ここまでは順調だ。


「『豊魔界』に来てくれるのか?」

「はい、お供いたします」


 次代の皇帝は兄が継ぐだろう。

 私は帝国と『豊魔界』の絆となれればいい。


「何よりガープ様は素敵ですから」

「嬉しいことを言ってくれる」


 口だけのアホ殿下と違う誠実な殿方。

 真の実力を有する野性味のある人。

 惚れ惚れする。


「後始末が終わったら、すぐにでも『牧場主』様に挨拶したいですね」

「後始末、か。どうする? アズラエル嬢の元婚約者ウォルター皇子は」

「と言われましても、どなたかに責任を取っていただかないと」


 旧皇帝家の直系はアホ殿下しか残っていない。

 粛清の連鎖などないという表明のためではあったが、世を混乱させた責任のない、旧皇帝家傍系の責任を問わないことは既に明言している。


「逃れられない責任というものはあるものですから」

「公開処刑か」

「父様の判断になりますが、それが妥当かと」

「今の内に会っておくか」

「えっ?」


 アホ殿下にですか?

 残酷過ぎませんか?


「いや、俺はウォルター皇子と会ったことがないのでな」

「あっ、さようでしたか」

「語ってみたいことがあるのだ」

「では私も参りましょう」

「助かる。俺は人見知りなのでな」


 冗談もお上手ですね。

 アホ殿下を軟禁している屋敷へ。


          ◇


「何の用だ。オレを笑いに来たのか?」


 おや、アホ殿下ささくれているな。

 ムリもないが。


「いや、アズラエル嬢は俺の婚約者になるのだ。一応報告にな」

「……貴殿は?」

「ウォルター殿にはお初にお目にかかる。『豊魔界』のガープと申す者だ」

「ほう!」


 アホ殿下の興味が完全にガープ様に移った。

 ガープ様存在感あるからな。


「つまり『豊魔界』の手引きでアズラエルを脱獄させ、皇宮を爆破したということだな?」

「いや、それは誤解だ。帝都の乱に『豊魔界』は関わっておらん」

「ではどういうことだ!」

「皇宮は私が破壊しました」

「何だと? 不可能だ!」

「私を閉じ込めていた結界は時空魔法には無力でした。皇宮上空は対魔法結界に覆われておりませんでした」

「し、しかしお前は脱獄の気配もなかった。なのに……」

「水晶の月九日が何の日か、御存じですか?」

「えっ?」


 アホ殿下のそんな間抜けな顔は初めて見た。

 これだけで今日来た甲斐があった。

 当日まで脱獄しなかったのは、貴人牢での生活に特に不自由を感じていなかったからだ。


「我がハルトエイミス家創始の日であり、私の誕生日でもあるのですよ。誇りある日にあなたは私を断罪した。私の皇宮破壊も父様の挙兵も当然でした」

「そ、そんなことで……」

「あなたは建国祭で私が魔法を使うのを拒否したことを罪としましたよね?」


 同じことだ。

 ガープ様が取りなすように言う。


「ハルトエイミス選帝侯家の挙兵の因果について、今さら言っても仕方あるまい。皇帝家に味方する者が少なかったのは悪政のせいだぞ? ウォルター殿は反省するがよい」

「政治家どものせいだ!」

「任命責任というものがあるのでな」

「くっ……」


 ガープ様とどめを刺してるじゃないか。

 アホ殿下をいたぶりに来たのかな?


「一つ聞きたい。ウォルター殿はアズラエル嬢の何が不満だったのだ?」


 いや、まあアホ殿下は可愛い系の令嬢が好みだったよ。

 私みたいなもっさい根暗は本来お呼びでない。

 今となっては、私はアホ殿下のタイプじゃなくてよかったと思ってるけど。


「アズラエルは家柄と魔力以外にいいところなどないだろうが!」

「アズラエル嬢は誇りと強さを併せ持つ女性だ。誇りを否定することはハルトエイミス選帝侯家を、強さを否定することは『豊魔界』を敵に回す。おわかりか?」


 直球で論破。

 落ち着いてはいるが、迫力のある口調だ。

 さすがは『牧場主』の令息だなあ。


「見る目のないやつが没落するのは当然だ。くだらぬ時間だった」

「ま、待て!」

「断る。アズラエル嬢、行こうか」

「はい」


 屋敷を後にする。


「すまんな。アズラエル嬢を嫌な目に遭わせてしまった」

「いえ」


 ガープ様の方が気が高ぶっているように思える。

 私のために怒ってくれたのか。

 嬉しい。


「私達の結婚式は帝都で行っていいですか?」

「む? ハルトエイミス新皇帝家と『豊魔界』の強い結びつきを周知させるという意味だな?」

「いえ、わたし達の幸せを多くの人に見てもらいたいからです」

「ハハッ、アズラエル嬢は可愛いな」


 ガープ様にハグされる。

 アホ皇子と婚約した時はババ引いたと思ったものだ。

 こんな幸せな気分になる日が来るとは思わなかった。

 アホ殿下に感謝する。

 せめて安らかに首ちょんぱされてくださいと。


          ◇


 ――――――――――その後。


 ハルトエイミス朝成立初年に、ダヴェンポート選帝侯家が反旗を翻した。

 が、王都からの征討軍が到着する前に、『豊魔界』の飛竜隊がダヴェンポート選帝侯領の本拠地を破壊。

 選帝侯は戦死した。

 以後は平和が続いている。

 ……飛竜のエサになりたい者はさほどいなかったから。


「お肉がおいしいですね」

「草食魔獣の肉は美味いな」

「お嫁に来るまで、魔物のお肉がおいしいとは知りませんでした」


 アズラエルは『豊魔界』に来てから魔物退治に目覚めた。

 戦闘魔導士として、またヒーラーとして大活躍し、住民の尊敬を集めている。


「また狩りに行きたいです」

「子供が生まれるまではダメだ」

「ええ? ガープ様の意地悪」

「俺が狩ってきてやるから」

「では、マオウジカがいいです」

「……また難易度の高いものを。まあいい。楽しみにしていろ」

「はい、愛していますよ」

「俺もだ」


 二人は見つめ合い、笑った。

 確かな幸せと勝ち取った平和が、そこにはあった。

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