第7話:変遷と手紙

「あっ、“夜の悪霊”の皆さんだ! こんにちは! 今日も保育園の帰りですか!? 毎日ありがとうございます!」

「息子が毎日泣いていたのがウソのようですよ!」

「お金を返していただいたおかげで、生活がだいぶ楽になりました! 感謝してもしきれません!」


 ソレイユがシルフたちとともに街へ繰り出す度、市民たちは礼を言う。

 今日も“サンスポット保育園”に通園した後、歩いているだけで何度も感謝された。

 “夜の悪霊”の評判は急上昇しており、シルフたちもその変化に戸惑う。

 おまけに、金融業の収益も以前より上昇……。

 今までこんなことはあり得なかった。

 もちろん、原因はわかっている。

 ソレイユだ。

 彼女に自覚はなかったが、ソレイユが来たことで“夜の悪霊”には多大な変化が訪れている。

 それこそ、ギャングとしての変遷のような……。

 アジトに帰宅した後、ソレイユはシルフに告げられた。


「ソレイユ。よくわからんが、お前が来てから俺たちは市民に受け入られるようになった」

「元から受け入れられていると思いますが?」

「お前は……案外いいヤツなのかもしれないな」

「いいえ! シルフ様の方が人格者でございますよ!」


 ソレイユが訪れてから、シルフは怒鳴ることもめっきり減っていた。

 団員たちにもまた、変化が起きている。

 彼女が作る美味い食事とその献身性により、すっかり温和な性格になっていた。

 ソレイユはパッチアイの変わりように気づいく。


「あれ? パッチアイさん、眼帯外したんですか?」

「ああ、ソレイユちゃんが無い方がカッコいいって言ってくれたからね……えへへ」


 パッチアイもまた、己のトレードマークである眼帯も外していた。

 彼女は何気ない一言で、人々の心を掌握するのが得意だった。


「今日は皆さんにプレゼントがあります! 新しい制服を作ってみました! こっちの方が怖くないと思うので!」


 ソレイユは修繕(新製)した制服を並べる。

 白地にピンク色の花柄刺繍。

 気を抜くと園児の制服に見えるが、シルフや団員たちは盛り上がる。

 ソレイユは彼らの様子を微笑ましく眺めていたが、彼女の耳は異変を捉えた。

 外から誰かのうめき声が聞こえる。

 シルフたちは制服に夢中で気付かなかったが、ソレイユは屋敷の外に飛び出した。

 強化された目で周りを見る。

 屋敷前の街道に、全身黒ずくめの男がうずくまり、苦しそうに腹を抱えていた。

 すかさず駆け寄り声をかける。


「大丈夫ですか! お腹が痛いんですか!?」

「うっ……た、助けて……」

「今治しますからね! <聖女ヒール>!」


 ソレイユは全身全霊を持って回復魔法を唱える。

 状態の程度にかかわらず、どんな病状も全力で治癒するのだ。

 男性を助けたとき、また新たな悲鳴が聞こえた。


「ぐあああ! 腹が!」

「こっちにも病人の方が! <聖女ヒール>!」

「あ、足がいてえ!」

「<聖女ヒール>!」


 一人を治癒したら、その先にもう一人けが人が……という具合に、道には病める者たちが転がっていた。

 ソレイユは<聖女ヒール>をしながら、無自覚にそして徐々に屋敷から遠ざかる。

 なぜこんな等間隔なのか、なぜこの街道にだけたくさんいるのか、そんなことはどうでもいい。

 今は目の前の治療に専念するのみ。


「聖女のお姉さん! こっちに来てください! 馬車の中にも怪我人がいるんです!」

「はい! 今行きますからね!」


 ソレイユは見知らぬ馬車に乗り込む。

 病人を放っておけるわけがなかった。

 彼女が馬車の中で<聖女ヒール>をしているとき、シルフの元へ一通の手紙が届いた。


 ――お前の大事な嫁はさらった。返してほしくば俺たちの傘下に入れ。


 という手紙が。

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