第6話:銀行に……?

「こんにちはー! “夜の悪霊”でーす!」


 ソレイユが訪れたのは、シルフたちが取りたてに来る予定だった民家。

 セフォンの片隅に住まうフレイザー家だ。

 父、母、娘の三人家族。

 どこにでもいるような、牧歌的で平和な一家。

 ソレイユは上機嫌で扉を叩いたが、ドア越しに聞こえた声は恐怖の色が濃厚だった。


「た、大変だ! “夜の悪霊”が来たぞ! ああ、もうおしまいだ。今回も利子分さえ払えない……私たちは殺されてしまうのだろうか」

「あなた、諦めちゃダメっ。もう少し待ってください、って一緒にお願いしましょうっ。あの人たちもわかってくれるはずよっ」

「パパ、ママ。オジサンたち、いつも何もしないで帰るじゃん」


 取りたてに来たのは今日で七回目だろうか。

 フレイザー家は毎度謝りまくるが、シルフたちもまた、期限を延ばしに延ばしに延ばしていた。

 払えないものはしょうがない……ということで、シルフたちは毎回見逃す。

 彼らは自覚していなかったが、心にはすでに小さな良心が芽生えていた。

 ソレイユは早く良い報告がしたいと、さらにドアをノックする。

 

「すみませーん。入ってもよろしいでしょうかー?」

「「こ、こうなったらもう……どうぞっ」」


 フレイザー家は意を決して扉を開け、ソレイユたちを迎え入れる。

 ソレイユを先頭に、“夜の悪霊”の面々が室内にやってきた。

 室内は装飾も広さもこじんまりとしており、アジトの総勢が集まると結構狭くなった。

 ソレイユは見えなかったが、シルフたちは習性により睨み、フレイザー家は震え上がる。


(今日払えなかったら死ぬしかない……)


 父は妻と娘を抱えて震える。

 ソレイユが来ても来なくても、脅すだけ脅して帰るだけなのだが、今日こそ殺されてしまうのだと思うと、身体の震えが止まらなかった。

 彼らの様子をソレイユは不思議に思う。


(今日は寒いわけでもないのに、どうして震えているのだろうか)


「<聖女ヒート>!」

「「えっ」」


 なので、温めることにした。

 手の平からじんわりと魔力を放出し、対象を温める。

 これまた数万回の鍛錬を経て習得した、聖女シリーズの一つだ。

 実はかなり高度な技術だったのだが、終ぞソレイユが知ることはなかった。


「どうですか、温かくなりました?」

「「いえ、元々寒くはありませんので……」」

「そうですか。では、やめましょう」

「「あ、あなたはいったい……」」


 極悪のギャングを引き連れ、いきなり現れた少女は誰だろうか。

 裏では彼らを仕切る闇の少女なんじゃ……。

 心配しているフレイザー家の前で、何を言い出すのかとひやひやするシルフたちの前で、ソレイユは胸を張って明るく告げた。


「私はソレイユと申します! “聖セフォン教会”からシルフ様に嫁いだ聖女でございます!」

「こ、こらっ! 大きな声で言うんじゃないよ!」

「「ええ!?」」


 正直なところ、この段階になると嫁入りという実態はすっかり忘れていた。

 シルフもまた、自分で望んだことなのに恥ずかしく思うようになっていた。

 恥ずかしさの隙を突くように、ソレイユは言葉を続ける。


「本日は大事なお話があって参りました。シルフ様は高金利でお金を貸すのをやめ、低金利で貸してくださいます。そして、今まで取り過ぎたお金は返還することになりました」

「「ええ!?」」

「だ、だから、勝手に話を進めるな!」


 ソレイユは屋敷でシルフたちと話した内容をフレイザー家に伝える。

 高利貸しを止める、金が戻ってくる、と聞き、一家はこれ以上ないほど喜んだ。


「「本当でございますか、シルフ様!」」

「あっ……い、いや……」


 キラキラと輝く瞳の父、母、娘。

 シルフたちはいつものように怒鳴れなかった。

この光景には覚えがある。

 “サンスポット保育園”の母親や保育士たちだ。

 彼らの輝かしい瞳は、シルフの首を縦に振らした。


「「やったー! ありがとうございます、シルフ様! “夜の悪霊”様!」」

「わ、わかったから離れろ」


 フレイザー家は感激のあまりシルフに抱き着く。

 フレイヤはその光景を見ると、今度は外に向かって呼びかけた。


「“夜の悪霊”からお金借りているみなさーん! この度金利が大幅に下がりましたー! 取り過ぎたお金も返還されますよー!」


 帳簿の地図で確認したところ、“夜の悪霊”からお金を借りている家はこの周囲に集中している。

 瞬く間に市民が押し寄せた。


「それは本当ですか、シルフ様!? ありがてえ! さすがは極悪ギャングの皆さんだ!」

「まさしく公明正大なギャングですね! シルフ様からお金を借りていて良かった!」

「これからもずっと待ちにいてください!」


 大勢の市民に圧される中、シルフは必死になって叫ぶ。


「お、俺たちは銀行じゃねえんだぞ! 低金利の金貸しなんてこれ以上やってられるか!」

「これからなればいいんです! そうだ、“シルフ銀行”と名付けてはどうでしょうか!」

「勝手に名付けるな! ソレイユ、お前はなんでも色々と決めすぎ……うごっ」

「「こっちの権利書やお金も預かってください“! 家に置いてあると不安で不安で……。“夜の悪霊”なら安心だ!」」


 市民たちはたくさんの貴重品類を“夜の悪霊”に預ける。

 ソレイユの力強い先導により、シルフたちは銀行業も始めることになってしまった。




『ありがとう』


 感謝の言葉と笑顔は、“夜の悪霊”の心を少しずつ溶かす。

 その変化は、シルフのソレイユに対する気持ちにも変化を与えていくのであった。

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