第5話:高利貸しが……
「はーい、皆さんお疲れさまでした! 子どもたちも可愛かったですね!」
今日もソレイユはシルフたちと通園し、昼寝を嫌がり泣く園児らを泣き止まさせた。
彼女らは同じ屋敷に住んでいるので入浴や就寝といった種々のイベントがあるわけだが、ソレイユは自由に行動できている。
専用の風呂付き部屋(幹部待遇)をあてがわれた。
下手したら裸のまま大浴場に来かねない。
さらに、ソレイユの襲来を防ぐため、シルフたちは夕食後の祈りを捧げた後すぐ自室に避難し、ベッドに潜り込んだ。
灯りがついていると人助けの説明を懇々とされそうだからだ。
深夜まで起きていたのがウソのように、夜九時には寝かせられる。
要するに、シルフたちはソレイユを持て余していた。
「ごほっ……ふざけんじゃ……」
「シルフ様、お茶をご用意しました!」
「……まぁいいだろう」
ソレイユは道中の店で買ってもらった(買わせた)茶葉に湯を注ぐ。
彼女が注ぐ茶は、今まで飲んだどんな高い酒よりも美味く、すっかり彼らの心を掴んでいた。
うまい紅茶を啜りながら、シルフは思う。
『ありがとう』
最後に言われたのはいつだろうか。
それはこの世界に入ってから、ついぞ聞かなくなった言葉だった。
保育士たちの、母親たちの、子どもたちの笑顔は、シルフや団員たちの心を少しずつ溶かしていた。
(久しぶりに笑顔を見た気がする……)
ギャングになって以来、彼は常に市民の怯える顔ばかり見ている。
本人にまだ自覚はないものの、ソレイユが訪れる以前の自分とは何かが違うことに気づき始めていた。
とはいったものの、そこはまだ極悪ギャング。
すぐ己の覇道を思い出した。
「おい、パッチアイ。帳簿を持ってこい」
「はっ! こちらでございます、団長」
シルフに命じられ、パッチアイはすぐ一冊の分厚い本を用意する。
ソレイユが覗き込んでみると、人の氏名及び金額が書かれていた。
彼女にその気はなかったが、距離が著しく近いので、シルフはのけ反った。
「こ、こらっ、勝手に覗くな」
「シルフ様、このご本はなんですか?」
「お前には関係な……いや……これはな、高利貸しの帳簿だぁ!」
ソレイユの目の前に、どどんっ! と帳簿が置かれる。
人助け名簿みたいな物だと思っていたが違うらしい。
まさかこの人たちがそんな……。
「高利……貸し……でございますか?」
「ああ、そうだ! 俺たちはギャングだぞ! お前は勘違いしているようだが、人助けとは正反対の人間なんだよ! 恐れ入ったか、ヒャハハハハッ!」
「「団長の言う通り! 俺たちは極悪非道の“夜の悪霊”だ!」」
「俺たちの利息はトイチだ! 今頃市民どもは金がなくて困っているだろうよ!」
シルフと団員たちは上機嫌で高笑いをし、ソレイユは強いショックを受け呆然とする。
利息は10日で1割。
つまり、一般的にトイチと呼ばれる形態だった。
高額な利息で市民から金を搾り取る。
これこそギャングの代名詞だ、とシルフたちは笑いまくる。
しばしソレイユは呆然としていたが、直後には深い思考でとある気づきを得た。
「なるほど、わかりました! 余分にお金を預かることで、盗賊から市民の皆さんのお金を守っているのですね!」
「……なに?」
「この辺りには山賊や盗賊などもいると聞きました! そういう悪い人たちに狙われないよう、敢えて多めにお金を預かっているんですよね!」
「お、お前は何を言っている」
ソレイユは隠された真実に気づけた自分が嬉しかった。
(まず生活が苦しい人にお金を貸す。敢えて高い利息で貸すことで、お金が家にたくさん置かれないようにする。それが結果として山賊や盗賊除けになっているのだ。取り過ぎたお金は、きっといずれ返却するつもり……)
まだここに来てから数日も経っていないけど、“夜の悪霊”の皆さんは本物だ(人助けの)。
ソレイユにとって、子どもを抱くシルフの顔は大変に光り輝いて見えた(泣かれないよう必死だっただけ)。
そもそもギャングとは裏から国を守る良い人の集団だ。
(シルフ様たちがそんな酷いことをするわけがない。“夜の悪霊”には良い人しかいないのだから)
常々そう思っている彼女が、自信満々に下した結論であった。
ソレイユの言葉に、シルフたちは目を白黒させる。
その光景が、彼女には「よくぞ真実に気づいてくれた!」という具合に映っていた。
「い、いいか? 俺たちは極悪ギャング“夜の悪霊”なん……」
「ですが、やっぱりずっと高い金利でお金を回収していると、さすがに皆さんだって辛いかもしれません。どうでしょう、この辺りで一度低金利にしてみては。取り過ぎたお金も返還しましょう」
ソレイユは帳簿に挟んであった地図を見つけ出すと、意気揚々と玄関へ向かう。
訪問(取りたて)予定の民家に行くのだ。
「こらぁ! 待ちやがれ! いや、待ちなさいっ、ソレイユ!」
ソレイユはシルフたちを引き連れ街へ繰り出す。
人助けの後にする人助け。
これほど楽しみなことはなかった。
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