第4話:お掃除

「「げほっ……」」

「皆さん、お疲れ様でしたー! 朝から人助けなんて気持ちがいいですねー!」


 ソレイユは“夜の悪霊”一行を引き連れて、“サンスポット保育園”より帰還した。

 シルフはもちろんのこと、団員たちは育児の片棒を担がされ疲労困憊だ。

 アジトに着くや否や、我先にとソファに崩れ落ちた。

 その様子を見て、ソレイユはすぐ行動に移る。


「ではっ、私はお茶を淹れてきます! 簡単な軽食も作ってきましょうか!」

「だ、だから、勝手に動くんじゃね……え」


 シルフがこと切れるように告げた言葉をリビングに残し、ソレイユはキッチンへ向かう。


 ――人助けをするには、まず自分が健康でなければならない。


 そんな持論を持っているソレイユは、料理のスキルも一通り身に着けていた。

 嗅覚が鋭くなっている彼女は、迷うことなくキッチンに到着。

 さっそく、食材の保管庫らしき扉を開くも、中身は酒だらけだった。

 いや、正確に言うと、生ハムやチーズ、ナッツ、パンなどの簡単なつまみはある。

 ギャングの者達は料理などしない。

 毎日外食だった。

 だから貯蔵庫にろくな食品がないわけだが、ソレイユの勘違いはここでも炸裂する。


(きっと、食材はいつも食べきってしまうんだ。よく食べよく眠る……そういう健康的な生活を送っているに違いない)


 酒は消毒用として、たくさん保管しているのだと納得した。

 ソレイユはつまみの食材をざっと組み合わせ、朝食にピッタリの食事を作る。

 シルフたちの元に運び、中央のテーブルに置いた。


「お待たせしました! <聖女モーニング>でございます!」


 こんがりと絶妙な加減に焼けたパン。

 生ハムが乗ったり、ナッツがまぶしてあったり、とろりとしたチーズがかかっていたり……。

 いつも適当に食べているつまみが、大変豪華な食事となって現れたのだ。

 朝から働かされた彼らにとっては刺激が強すぎた。

 ゴクリ……と一同は唾を飲む。

 特に、シルフは機嫌がよくなった。


「へぇ、お前は料理できんのか。結構うまそうじゃねえか。ま、今朝の諸々は見逃してやるよ。どれどれ……ぐあああ!」


 シルフがパンを掴もうとした瞬間、ビシシッ! という手刀に襲われた。

 ソレイユは凍てつく視線で彼を見る。

 理由はもちろんのこと……。


「シルフ様。いくら人助けの後であっても、お祈りせずにお食事はどうかと……」


 ソレイユが最も大事にしていることは祈りだった。


 ――神への祈り。


 それこそが聖女が聖女足るゆえんであるのだ。

 ソレイユの豹変ぶりに、シルフたちは背筋が凍る。

 誰が何かを言うまでもなく、ソレイユの指示に従うことにした。


「……では! お祈りしましょう! 天界で小さき子らをお守りくださる我らの父よ……」


 ソレイユは天に向かって祈りを捧げる。

 自分の全てを神に捧げるつもりで。

 彼女の表情は恍惚としており、そこだけ別世界のような空気感であった。

 一同はまたお祈り地獄が始まるのでは、と戦々恐々としていたが、ソレイユの祈りはほどほどに終わる……わけがなかった。

 とうとうと神の教えを説き、人々に奉仕することの意義を話し、この世の全てに感謝を述べたところで、彼女の祈りは終わる。


「それでは、皆さま。お食事をいただきましょう。神様への感謝を忘れずに」

「「よ、ようやく食える……」」


 すっかり冷めてしまったかと思いきや、パンは熱々だった。

 ソレイユは四万回の訓練を経て、温かさが半永久的に保たれる調理法を会得していた。

 食材の旨みを引き出すことにも長けており、シルフ一同は素直に舌鼓を打つ。


「おい、うまいぞ。なかなかやるな、お前。パンは焼いただけでこんなうまくなるのか」

「はい、ありがとうございます! 焦げないように、かついつまでも温かさが保たれるような焼き加減が難しいのです!」

「チーズのとろみ具合も最高だな」

「「団長! 俺たち、こんなうまい朝飯喰ったの初めてですや!」」


 “夜の悪霊”はその名の通り、だいたいが夜型の生活だった。

 今日だけはソレイユの件があったので、例外的に朝早かったのだ。

 朝食なんか今までろくに食べたことがない。

 荒んだ生活を送ってきた彼らにとって、ソレイユの食事はそれこそ五臓六腑に染み渡った。

 ソレイユもまた、人助けの精鋭たちに囲まれながらの朝食に幸せを感じる。

 “聖セフォン教会”とはまた違った高揚感。


(これから毎日この人たちと人助けができるなんて、私は本当に恵まれている)


 好評なうちに朝食は終わり、シルフたちは腹も心も満たされた。

 が、次の瞬間には本来の目的を思い出す。


「おぉい! 何となくいい感じになっているがな、お前の処分は終わっていな……」

「では、さっそくお掃除しますね!」

「なにぃ!?」


 ソレイユにとって、掃除は大事な日課だった。

 一番といってもいい。

 建物中の埃を除去することが、自分の激しい生きがいだ。

 前の教会で得た技術を最大限に発揮しなければ。


(“善は急げ”だ!)


 屋敷の掃除もまた彼女にとっては善であり、急ぐべき事象であった。

 ソレイユの行動に、シルフは悲鳴に近い叫び声を上げる。


「おい、お前ら! 早くソレイユを止めろ! アジトが崩壊するぞ!」

「「す、すみませんっ! 俺たち女の子に触ったことなくて……!」」

「さっき女のガキ抱いてたろうが!」


 女児と女性は違う。

 シルフもまたソレイユに触れることはできず、彼女を見逃すことしかできなかった。

 ソレイユはいつもの嗅覚で掃除用具を見つけだし、まずはシルフの執務室を掃除することに決める。

 一番偉い人の部屋からキレイにするべきだ。

 執務室に入る。

 「勝手に部屋に入るなあああ!」というシルフの怒号が後ろから轟くが、ソレイユは掃除の手順を考えることで頭がいっぱいだ。

 まずは全体の状態を確認する。

 執務室にはシルフのコレクションである鎧のミニチュアモデルが置かれていたが、当然のように埃だらけ。

 ギャングは掃除などしないためであったが、ソレイユには違った原因に身を震わせていた。


(掃除が行き届かないほど人助けに奔走しているんだ!)


 ソレイユのシルフ(たち)に対する第一印象はすっかり良い人だ。

 無論、それが覆されることはなかった。


「ついでに配置も変えておきましょう! 鎧さんも日に当たった方が気持ちいいはずですから! このままだとカビが生えてしまいます!」

「だから、勝手に動かすな! ……でも、カビが生えるのは困るな……」


 掃除しまくるソレイユと、あたふたするシルフたち。

 ソレイユは新天地でも幸福な日々を送り始める――。


◆◆◆


 ソレイユがシルフのベッドからへそくりを見つけ、団員たちがシルフに文句を言い始めたとき。

 一人の男がセフォンの騎士団庁舎にやってきた。


 ――ロジェ・ベルヘイト


 ここベルヘイト王国の第七王子だ。

 赤い髪と赤い目は王族の証。

 王族の血を引いてはいるけれど王位継承権の地位は低い……という何とも微妙な立場の男だった。

 ロジェは短くまとめた髪を撫でながら、護衛の騎士とともに歩く。


「「ロジェ様がいらっしゃったぞ! 礼!」」


 セフォンの騎士たちは敬礼で迎えた。

 以前の騎士団長は高貴な貴族の出身ということもあり、ギャングの圧に負けていたようだが自分は違う。

 第七王子でも王族となれば、暗殺の一つや二つはあるのだ。

 身を守るため、いつか訪れるかもしれない王位継承のため、武術や勉学に励んできた。

 ロジェは簡単な挨拶を済ませると、ギャングの情報を集める。

 中でも、要注意組織は“夜の悪霊”だ。

 副団長に尋ねる。


「さて、さっそくだが“夜の悪霊”について話を聞きたい」

「ええ……今朝、不審な行動が目撃されました」


 やはり……。

 今までは自由気ままに過ごしてきただろうが、自分が来たからにはそうはいかない。

 ロジェは気を引き締めた。


「詳しく教えてくれ」

「保育園で園児をあやす行動が目撃されました」

「……なに?」


 副団長に告げられた言葉に、思わず聞き返す。

 ギャングが園児をあやすなど聞いたことがない。


「……転職したのか?」

「わかりません。保育士や母親たちも絶賛しており、それがまた不審で……」


 “夜の悪霊”はギャングの中でも凶暴と聞いていた。

 話と違うではないか。


「しばらく様子を見ることとする。その母親たちにも話を聞いてみよう」


 慎重派な王子は、まず真実を確かめることにした。

 ソレイユとロジェが邂逅するのはもう少し先となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る