第3話:保育園にて
「皆さん、そろそろ保育園に着きますよ~! あそこに見えるのが“サンスポット保育園”です!」
「知ってるよ、そんなことは! それよりさっさとアジトに帰るぞ! いいか? お前は俺たちの人質……いや、奴隷なんだ! 勝手な行動をするな! 俺より先に歩くな!」
ソレイユの前にシルフが仁王立ちで立ちはだかる。
もう何度妨害したかわからなかった。
しかし、ソレイユが足を止めるわけがない。
彼女は全て知っている、とでも言いたげに告げる。
「シルフ様、そんなに焦らなくても大丈夫でございます! 安心してくださいませ! シルフ様に一番最初の人助けをお願いしますので!」
「俺の言うことを聞けえええ!」
構わず真っ直ぐ突き進み、身体が触れそうになるとシルフは脇にどいた。
保育園はもうすぐ目の前に迫っている。
園内の風貌が見え始めるや否や、ソレイユは数段階テンションがぶち上がった。
「保育園の皆さんも喜ぶでしょうねぇ! あああー! 見てください! あんなにかわいい子たちがいっぱいいますよ!」
ソレイユの目にはやる気に満ちあふれたように見えたが、シルフたちは疲れ果てていた。
遠方に見えるは“サンスポット”保育園。
“聖セフォン教会”より二回りほど小さい敷地で、一階建ての黄色い三角屋根が目印だ。
小さな庭にはすべり台などお決まりの遊具たち。
手狭ではあるが園児たちの遊び場としては十分だった。
ギャングがいても人々に仕事はある。
我々が子どもの面倒を見なければ、みんなの生活は破綻してしまう。
ソレイユが好きそうな、逞しい精神の保育士たちが運営していた。
色んな意味で気絶しそうなパッチアイがシルフに問う。
「だ、団長、どうするんで?」
「そ、そうだな……様子を見ながら体力の回復だ」
団員たちはホッとする。
ソレイユの圧に当てられ、心身ともに限界がきていた。
元より、ギャングにとって保育園などどうでもいい。
銀行や商店ならまだしも、ガキしかいないところに来て何が楽しいのだ。
馬鹿な聖女にはしばらく自由にさせ、その間自分たちは体力を回復させる。
事が済んだら目に物見せてやる……そう思っている彼らは、この後訪れる屈辱など予想もしていなかった。
「おやぁ? 泣いている園児がいますねぇ。“夜の悪霊”の皆さーん! 出番でございますよー!」
「「……なに?」」
途端にシルフたちを戦慄が襲う。
ソレイユの鋭い耳は幼児の泣き声を捉え、彼女が持つワシのように視力がよい目は、泣き叫ぶ園児たちを目ざとく見つけていた。
ちょうど母親らが子どもを預けに来たみたいで、母から引き剥がされる悲しみに胸が張り裂けているらしい。
たちまち、ソレイユの人助け精神が燃え上がる。
(ななな泣いている園児がいる! しかも、泣き止まないとお母さんたちは仕事にいけない! あの人たちは困っている! 故に、今こそギャングさんの力を借りるべきだ!)
ソレイユは門の外から園内に叫んだ。
周囲の人の迷惑にならないよう、指向性の性質を持った叫び声――《聖女シャウト》だ。
三万回の訓練を経て、彼女は特殊な技能を習得していた。
「おはようございまーす! “夜の悪霊”でーす! 皆さんを助けに参りましたー!」
「「……え?」」
保育士、母親たちの……え? が同時に発せられる。
“夜の悪霊”を見るや否や、彼女らはゾッとした。
(とうとうギャングが乗り込んできたっ!)
母親は子どもを抱きしめ、保育士はさすまたや魔法スプレーを取り出す。
大事な我が子を、園児を守るのだ。
諸々の防犯グッズに殺傷能力はないので、ソレイユの目はそのまま認識した。
が、取り出された理由はわからない。
(なんであんな物を……? 防犯グッズは悪い人が来たときに使うものなのに……そうか。きっと、泣く園児に疲れてしまっているんだ)
忙しい日々を送る母親や保育士たちを憂い、ソレイユは心の中で涙を流す。
園の門は開かれているが、入園許可は貰えていない。
よって、ソレイユは中に入らないでいた。
最低限の礼儀はわきまえているつもりだ。
見習いでも聖女なのだから。
ソレイユはワクワクと待つ。
(早く入園許可貰えないかなぁ)
一方で、“サンスポット保育園”関係者は、“夜の悪霊”をきつく睨む。
シルフたちもまた、ギャングの習性によりソレイユの後ろで睨み返していた。
一種の膠着状態に陥ったとき。
両者の拮抗を打ち崩す出来事が発生した。
突然、園舎から女児が現れ、ソレイユたちの方に走ってきたのだ。
この世に生を受けてから間もない彼女らは、ギャングなど知らない。
そんなことより、有り余るエネルギーを発散させる方が大事だった。
保育士らが止める間もなく、女児は門を超える。
そして……転んだ。
膝こぞうが擦り剝け、血がじんわりと滲む。
ピタッと止まる女児。
息を呑む一同。
「……びやぁぁぁぁあああ!」
自分が受けた苦痛を、この世の全てに届かせようとする咆哮が轟く。
シルフたちは怖気づいていたが、保育士らが園児を守ろうと決死の覚悟を決めたとき、ソレイユは即座に女児へ駆け寄った。
傷ついた幼子を放っておけるはずがない。
「あらあらあら! 膝が擦り剝けちゃいましたねぇ! でも、大丈夫ですよー! お姉さんが治してあげますからねー! 《聖女ヒール》!」
ソレイユが手をかざすと、女児の膝は淡い緑の光に包まれた。
――聖女において最も大事なことは、病める者を癒すこと。
ソレイユは回復魔法を極めに極め、さらに数段階ほど極め尽くした結果、王国で……というより全人類で最高峰の治癒能力を身に着けた。
一秒も経たず女児の傷は塞がり出血も治まった。
しかし、傷が治っても女児は泣き叫ぶ。
ソレイユはすぐその原因に気が付いた。
転倒のショックで混乱しているのだ。
それならば……女児を拾い上げると、シルフに渡した。
慈愛の心を持って。
無論、シルフは子どもなど抱いたことすらない。
「さあ、シルフ様! 今こそ、“泣く子も黙るギャング団”の腕の見せ所でございます!」
「な、何をする! やめろ、クソ尼ぁ! 落ちたらどうするんだよ!」
「ちゃんと抱いていただければ大丈夫です! しっかり持ってくださいませ!」
「だからやめろって! 落ちたら怪我するだろ!」
ソレイユに押し付けられ、シルフは慎重に女児を預かる。
女性ではないので抱くことができた。
女児はシルフの顔を見ると、ピタリと泣き止む。
(やっぱり、“泣く子も黙るギャング団”だ! 泣いている子どもがこんなすぐ泣き止むなんて……!)
ソレイユは“夜の悪霊”の実力を見た気分で、非常に強い感銘を受けた。
そのまま、園児を渡すため園内に声をかける。
「すみませーん! 女の子を返しに入ってもいいですかぁ!?」
「「あ、あなたは誰!?」」
保育士らは警戒心を持ったまま、ソレイユたちに問うた。
聖女のような雰囲気の娘は敵ではないようだが、相手はギャング団だ。
まったく気が抜けなった。
「私はソレイユと申します! “聖セフォン教会”から“夜の悪霊”に嫁いだ者でございます!」
「「せ、聖女? ……様?」」
「人助けが済みましたらすぐ帰りますのでー!」
「「聖女様がいらっしゃるのなら……」」
ソレイユが聖女だと知り、保育士たちは警戒しつつも入園の許可を出す。
わくわくした様子のソレイユに引き連れられ、“夜の悪霊”一同もついてくる。
当の本人はよく自覚していなかったが、それほど聖女の社会的な信用は高かったのだ。
ひと悶着が終わった後も、母親から引き剥がされようとする園児たちはずっと泣いている。
その光景を見て、ソレイユは保育士と母親に言った。
「すみません、お子さんをお渡ししてもらえますか? この人たちに抱いてもらうと、すぐに泣き止むんです」
「「えっ……? い、いや、しかし……」」
シルフや“夜の悪霊”一行は、ここぞとばかりに凄みまくる。
ソレイユに受けたストレスを少しでも解消したかった。
「ご安心くださいませ! この方たちは本当に良い人なのです!」
「「あっ……はい……まぁ、聖女様が仰るのなら……」」
母親は泣き叫ぶ子どもを渡し、ソレイユはシルフに渡す。
「ご安心ください! さあ、シルフ様! また泣いている子どもでございます! お得意の強面で泣き止ませてくださいませ!」
「うわっ、ちょっ……! だから、いきなり渡すな! 落としたらどうするんだ!」
シルフはあたふたしながらも女児を抱く。
彼の顔を見ると、即座に園児は泣き止んだ。
「「おおお~!」」
歓喜の声に包まれる園内。
女児は園児の中でも、特に強烈な泣きっぷりで有名だった。
いつもなら数十分の格闘で、ようやく園舎に連れて行ける。
それがたったの一瞬で泣き止んだのだ。
こんなすごいことはなかなかない。
「「この子もお願いします!」」
「……な、なに?」
保育士と母親らはシルフに子どもを渡しまくる。
ソレイユから他の団員たちも同じスキルがあると伝えられると、“夜の悪霊”の面々は次々と園児を預けられた。
シルフたちが力強い母親らに圧されている間、ソレイユは色々と話を進める。
それも全ては人助けのためだった。
「お昼寝の時間も泣いちゃう子どもがいるのではないでしょうか!?」
「「そうなんですよぉ。眠いのに寝たくないって泣くんですよね」」
「じゃあ、朝と昼の2回来ることにします!」
「「ええ、ぜひお願いします」」
“夜の悪霊”の皆さんがいれば無敵だ。
どんなに泣き叫ぶ子がいてもすぐに泣き止む。
ソレイユは満足していたが、シルフたちが許すはずはない。
「クソ尼ぁ! 勝手に決めるなあああ! ぶちのめすぞ!」
(さすがはソレイユさんですね。私も人助けができて嬉しいです)
ソレイユの耳は別の言葉を脳に伝え、彼女は喜んだ。
園内もまた、厄介な問題が解決したと大盛り上がりする。
この段階になると、保育士や母親たちの“夜の悪霊”への恐怖はすっかり消えていた。
(きっと、聖女さんをお嫁にもらって改心したんだ)
それが概ねの感想だった。
シルフたちの抵抗もむなしく、“夜の悪霊”は定期的に通園することが決まってしまった。
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