第2話:ギャングの団長
一時間も走った後、馬車からアジトが見えてきた。
セフォンの街外れにある漆黒の館。
日が落ちれば闇に紛れてしまうほど黒く、窓枠にはトゲがあり、庭樹は枯れているなど、攻撃的な印象だ。
訪れる者に威圧感を与えるのが目的だったが、今朝からずっとハイテンションのソレイユには美しい教会のように見えていた。
(“聖セフォン教会”よりずっと大きな教会……! きっと、人助けの対価として市民たちの寄付で建てられたんだ……!)
それが彼女の素直な感想だった。
これから待ちに待った人々への奉仕が始まる。
“聖セフォン教会”の外で活動するのは初めてであり、楽しみでならない。
抱いた感想をすぐ誰かに伝えたくなった。
「パッチアイさん! 大変美しいお屋敷が見えてきましたよ! 私たちは今からあそこに行くんですか!?」
「そうだよ! そうに決まってるでしょうが! お願いだから静かにしてて!」
道中、ソレイユはずっと喋っていた。
自分が今までどんな奉仕をしてきたのか、掃除のコツはなんなのか、そもそも奉仕活動とは……人助けとはなんなのか。
ソレイユは奉仕活動に対する自分の知見を説明することに、最上の喜びを感じていた。
説明に説明を重ね説明をする。
無論、パッチアイは“今すぐやめろ! やめなければ八つ裂きにする!”と何度も怒鳴りつけた。
だが、その度に“もっと教えてくれ!”という具合に変換され、ソレイユの説明に拍車がかかるのであった。
「つ、着いたぞ……このぉ……クソ尼ソレイユが! さっさと降りやがれ……!」
『着いたよ、ソレイユさ~ん。ゆっくりでいいからね~。段差に気を付けて~』
決死の凄みも、ソレイユの耳は別の言葉を彼女の脳に伝える。
ソレイユの中で、すでにパッチアイは良い人筆頭格になっていた。
(部下の人がこんなに良い人なんて、団長はどんな人格者なんだろう!)
奉仕活動の最前線に立てるという明るい日々を控えた彼女にとって、目に映るもの全ては光り輝いている。
ソレイユの説明地獄にバキリと心が折れ、息も絶え絶えなパッチアイでさえ元気満々に見えていた。
「ありがとうございました! パッチアイさんは馬車の運転がお上手ですねぇ! 少しも揺れませんでした! 御者にもコツってあるんですか? 今度教えてください! 奉仕活動に活かせるかもしれないので! でも、私にもできますかね!? いかんせん、お馬さんのお世話もやったことがないのです!」
「いいからそれ以上喋るんじゃな……げほっごほっ……」
ソレイユの口は塞がらず、諸々の追加説明をしながら勝手にアプローチを上る。
パッチアイが止める間もなく、これまた壊れそうなほどの激しい勢いで扉を開けた。
「こんにちはー! “聖セフォン教会”から参りましたソレイユと申します! よろしくお願いしまーーす!」
ドガーン! という重い衝撃が館を貫く。
これから訪れるか弱い少女を苛めるのが楽しみで、ククク……と笑い合っていた団員たちは心臓が跳ね上がった。
(カチコミか!?)
裏の掟では争いをする前、互いの縄張りを尋ね形式的な挨拶を交わす。
だが、今日はカチコミの予定はないはずだ。
つまり、これは裏の掟にさえ縛られない闇の存在による襲撃……。
突然の襲来に、団員たちは大慌てで戦闘準備を開始する。
剣だとか斧だとかが取り出される光景を、ソレイユは感動しながら眺めていた。
(クラッカーまで用意して祝おうとしてくださるなんて……! 本当に良い人たちだ!)
彼女の目もまた、物騒なアイテムは別の物に変換する機能を持っていた。
徐々に落ち着きを取り戻す団員たち。
ぽつんと立っているのは一人の少女。
闇の存在ではない。
パッチアイは床に崩れ落ちているが、その理由はわからなかった。
驚かせた罰を与えようとした時。
「おぉい! 何の騒ぎだ!」
「「団長!」」
重低音の声が轟き、団員たちはいっせいに背筋を整えた。
シルフが現れた。
左右に分かれ、声の主が階段を降りてくるのを待つ。
その礼儀正しさにソレイユは感動する。
――他人に奉仕するには、まず自分のことがきちんとしていなければならない。
彼女が抱いている思想とまるっきり同じだった。
やっぱりここは人助けの精鋭が揃っているのだと、改めて強く実感する。
シルフは威厳を見せつけるため、わざとゆっくり歩いていた。
(ゆっくり歩くのは、階段から落ちて怪我しないようにするためだ。怪我したら奉仕活動できないもの。人助けに支障の出ないような行動習慣が、日頃から身に沁みついているんだ! 私も見習わなければ……!)
とソレイユは思う。
挨拶を交わす前に、シルフは良い人パイオニアになってしまった。
すでに自分に対する評価が下されているとも知らず、シルフはわざとじっくり口を開く。
「お前がソレイユか?」
「はい、そうでございます! あなたがシルフ様ですか!?」
「無論」
言葉短く答えながら、ギロリ! とシルフは睨む。
何人もの市民を震え上がらせた、通称“殺しの視線”だ。
本来短気な性分だったが、クールで知的なギャングを演出しているつもりだった。
無論、ソレイユは“殺しの視線”などというものは微塵も感じず、むしろ尊敬の眼差しでシルフを見る。
(なんてキレイな髪の毛……清潔感いっぱいだ。左目の傷は、崖から落ちた子どもを庇ったとき刻まれたに違いない。人助け組織のリーダーとして、これ以上ないほど適任の人物だ)
まったく怖じ気づかないソレイユに微かな異変を感じ始めたとき、パッチアイが彼に話しかけた。
「団長、ちょっと……」
「なんだ?」
シルフはパッチアイから報告を受ける。
道中での説明により、自分は多大な心理的損害を被った……とのこと。
報告というより愚痴だった。
「ほぉ、うちの者をいじめるなんていい根性してるじゃねえか。だがな、そんな態度でいられるのも今のうちだ。いいか、お前はこれから一生……」
「いつも街を守ってくださりありがとうございます!!」
「……は、はぁ?」
シルフが言い切る前に、ソレイユは芸術品のような礼をした。
角度はピッタリ45度。
人助けに魂をかける自分にとって、お辞儀もまた重要な要素だった。
市民の皆さんに失礼があってはならない。
よって、数万回の練習を重ね、この礼を身に着けた。
ソレイユが付けた名は、《聖女お辞儀》。
彼女の中で最敬礼のお辞儀だ。
シルフはある種の危機を感じる。
(こいつはまともじゃない……。このままでは主導権を握られる……)
とりあえずまずは、ソレイユの立場をわからせることにした。
「い、いいか? 一つ言っておく。お前は人質だ。聖女は有用だからな。他のギャングもお前を狙っている。いつ拉致するかわからない。だから、絶対に勝手な行動をするな」
「私、皆さんの呼び名を聞いたとき感銘を受けました! “泣く子も黙るギャング団”! それはつまり、泣き叫ぶ園児をあやしてくれている、ってことですよね! そんな名前がつくなんて、市民の皆さんから愛されている証拠ですよぉ!」
ソレイユは嫁入りを告げられたときに感じた感動を、シルフに伝えた。
シルフの堪忍袋は爆発し、クールな団長は一瞬で霧散する。
「保育園なんか行くわけないだろうが! 舐めてんのか!」
(最近は忙しくて行けてないのです。私としても心苦しいのですが……)
「ご安心くださいませ! 私が来たからにはもう大丈夫です! こう見えて人の万倍体力があるんです!」
「お、お前はさっきから何を言っているんだ。いいから俺の話を……」
「では、さっそく保育園に行きましょう! “善は急げ”ですよ!」
「……なに?」
――“善は急げ”。
それはソレイユの信念だった。
のだが、少々急ぎ過ぎるのと、自分の考えていることは全て善である、という少々の偏りがあった。
すぐさまソレイユは行動を始める。
(“善は急げ”だ!)
しかし、自分にこの地域の土地勘はない。
保育園を探すには地図が欲しいところだ。
館の中を見るもそのような物は見当たらない。
ならば、きっとどこかの部屋にあるはずだ。
ソレイユは地図を探しに駆けだした。
「こらぁ! どこに行く! 勝手に動くなって言ったばかりだろうが!」
「「このクソ尼ぁ、団長の命令を聞けぇ! 待ちやがれー!」」
(走ると危ないよ~)
「ご心配なく! こう見えて走るのは得意なんです!」
「「そういうことじゃねええええ!」」
二階に上がると、左右に廊下が伸びていた。
地図はどこだろう。
保管場所はわからない。
だけど問題もない。
人助けがかかったとき、自分の嗅覚は著しく鋭くなるのだ。
すんすん……と鼻を利かせると、地図(というか人助け)の匂いをかぎ分け、ソレイユは一つの部屋にたどり着いた。
屋敷で一番豪華な部屋――シルフの執務室だ。
何の躊躇もなく扉を開ける。
遥か後方からシルフの怒号が轟いた。
「クソ尼ぁ! 勝手に部屋に入るなあああ! ぶっ殺すぞ!」
ソレイユは地図を探すことで頭がいっぱいで、それどころじゃない。
(今も助けを待っている人がいる……! 急いで地図を探さないと!)
鼻を利かせると机が匂った。
引き出しを開け中を探る。
お目当ての物を見つけた時、ちょうどシルフたちも入ってきた。
「……うわぁ! 地図がありましたっ!」
「だから、勝手に引き出しを開けるなあああ!」
この近辺の地図を入手した。
あとは向かうだけだ。
どうやら、一番近い保育園はここから歩いて十五分ほどらしい。
ソレイユは上機嫌で玄関へ向かう。
(嫁いだその日から人助けができるなんて! 私は本当に幸せ者だ! この幸せを市民の皆さんに還元せねば!)
彼女はすでに自分の世界に入っていた。
屋敷を出、地図を片手に街へ繰り出す。
団員たちの前を素通りするが、彼らはとある理由によりソレイユを止められないでいた。
「待て待て待て待て! 勝手に出て行くな! 拉致されるだろうが! おい、お前ら、何やってんだ! さっさと止めろ!」
「「あ、いや……俺たち、女の子に触ったことなくて……」」
「知るかあああ!」
護衛のため、自分たちも行かねばならない。
ソレイユが他のギャングに拉致されたら、我々のアドバンテージがなくなるからだ。
どうにか追いつけたものの、シルフもまた女性に触れたことはなく、彼女の肩を掴もうとしては引っ込めていた。
結局、誰一人ソレイユを止めることはできず、“夜の悪霊”一同はぞろぞろと保育園に向かうことしかできなかった。
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