銀ガム虎拳-パライズ・アーデムト-

釣ール

もう一人の捕拳者

 ー編集場にて。


 外来種の捕獲と捕食を繰り返し、その様子を動画として投稿するだけで随分と儲けられるようになった。

 別に生物を利用しているつもりはない。

 好きだから続いている。


 プロクリエイターになったのもある目的のためだ。

『強力な身体が欲しい』

 といった一昔前に流行って厨二的考え。


 日本の天敵が少ない暮らしに慣れた外来種じゃ大した検体にはならないと油断していたが、このアリゲーターガーは元々食物連鎖の頂点ではないか。


 今ではすっかりプロクリエイター集団としてメンバーとはそれなりに関係が続いているが、いつまでもずっと活動を続けられるわけではない。


 ならば!


 非合法なのはわかっている。

 だが科学者になるためには朝早くから登校してやりたくもない勉学を繰り返し、成績を上げさせられる遅れたカリキュラムを嫌々やらされてモチベーションを奪われるのだ。


 今の自分ならこのアリゲーターガーと一体化出来る!

 しかも食事は人間や他の動植物の魂だけでいい!


『細胞適合GE7ガリミンセブン

 を使えば頂点と頂点の生物として再生数に一喜一憂しないで暮らせる!


 これで新たな人生を楽しめる。

 禁断の研究成果をここで発揮するのだった。




 -イカロスのように息をして



 サンドバッグを殴っては蹴り、スマートフォンから出来るだけ離れた生活を心がける虎拳こけん


 年齢は二◯二三年で二十一歳。

 名前とあるネタで「拳で語ってくれるのか?」とからかわれては岩の破片を握りつぶしてふざけられないように威嚇する。


「昔 ギリシャのイカロスは 蝋で固めた鳥の羽

 みるみる溶けて 舞い散った 翼 砕かれ イカロスは…」


 思えば高校時代は嫌な思い出ばかりだった。

 疫病関連で貴重な青春は奪われ、同世代の彼女との関係も「あなたとはやっていけない」と誰かに試合以外で力を使うことなんてしていないのに、自分の好きな人からはことごとく振られ続けた。



 それだけではなかった。

 ゴーストハンターとして廃墟を旅する趣味があり、そこで出来た仲間がヤバイ連中と廃墟と出会った時に毎回虎拳がトラブルを解決するのだった。

 クマとだって戦ったことがある。


 ほぼ無傷で立ってられる虎拳は頼もしいと言ってくれる人と怖いと敬遠する人の二種類に分かれる。

 ゴーストハンターだって最初は楽しかったけど、仲間達の銭ゲバ根性に協力すると退屈しなかったから同行していただけだった。

 クマに勝っても団体のランカーになるには壁はある。


 イカロスを馬鹿にしていて何度もカラオケで「勇気一つを友にして」を歌ってもそれは自分のことのように帰ってくるのだ。

 先人と同じ愚かな生き方をしているなんてまるで西遊記のオチみたいじゃないか。


 うおおおおおおお!

 サンドバッグへの攻撃が止まらない。

 疲れているのかもしれない。

 スマートフォンで動画アプリを開き、癒されそうな動画を探していると



 みえた。



『急に編集担当していたメンバーがカッパみたいになったので発表。』


 なんだこの不謹慎で倫理観の欠如したチャンネルは!

 このチャンネルの人間は自分と同い年で一般的な結婚もし、スズメバチを討伐したり外来種を捌くなど今では珍しくない生物系インフルエンサーだった。


 最初見たときはこんなやり方で金儲けが出来るのなら自分も多数の廃墟を巡ってヤバイ人間とクマと戦って…そこまで考えて「これ動画にできない。」と仲間達と諦めたのを思い出した。


 嫌なことを思い出させられたチャンネルだが動画を見るとなんだかおかしい。

 おかしいも何も仲間がほぼ何も言わないで白目を向いて生気の抜けた姿をしている様子を演技として投稿しているのだからモラルも守れていないが、このチャンネル主の身体が鱗で覆われていた。


 コメントでは「よく見たら本人も鱗パーツ描いていて草」とあったのでどうやら本物ではなさそうだが…いや、あの鱗は…!


 昔、廃墟の沼で釣りをした時に間違って大物を釣った時に見たことがある。


「アリゲーターガー…こいつ、まさか!」


 そんな訳はないと思ったがどうやら変身ができるらしく彼の身体にヒレらしきものを動画で見つけた。

 コメントではコスプレと言われているがそれが彼の正しい欺き方。


 廃墟で出会ったヤバイ連中が「生物一体化計画」をオカルトではなく科学なのに発表していたことがあった。

 確かに廃墟じゃなきゃできないよなあ。


 虎拳はチャンネル主が事務所を構えているので乗り込みに行った。



 -鱗が見えるだけで、虎拳にはこの程度の推理が可能だ



 虎拳は事務所のインターホンを押した。

 すると誰も出てこない。

 どうせ川や海をまさぐってるのだろう。

 人間如きに自然をどうにか出来るわけがない。

 イカロスを馬鹿にしていた自分もイカロスと同じ人生を歩んでしまったのだから、いくらインフルエンサーといえどそれは変わらない。

 だからこそ人間は動植物の一つなのだ!


 それはともかくだれか一人でないかと思ったら毛布を被って恐れている同い年らしき男性が出てくれた。


 虎拳は「いきなり悪い。生物系インフルエンサーのファンなんだけれど、聞きたいことがあって。」


 友達でも知り合いでもコラボ相手でもないのに図々しいと思ったが彼はどうでもよくなったのか虎拳を招き入れてくれた。



 虎拳は例のメンバーが謎のメイクをして登場した時の違和感をそれとなく説明した。

 するとビンゴ。

 相手は驚き、虎拳の推理を聞いてくれた。


「鱗の形は恐らくアリゲーターガーの類い。

 そして彼は大学に通っていないとはいえ、サイエンス系統の人間と動画をクリエイトしている。

 専門的な技術や知識はそんじょそこらの理大生より遥かにある。

 また、俺が巡った廃墟で他生物と人間の一体化計画が水面下で行われている。

 あれだけの影響力がある人間なら加担していてもおかしくない。


 ただ、動画に鱗が彼にあるというだけで、虎拳にはこの程度の推理が可能だ。


 もうあのチャンネルに参加している主要メンバーは食われているとみて間違いない。


 どうだ?」


 彼は震えが更に止まらず、虎拳の喧嘩師らしきオーラも相俟って降参した。

 推測でしかないが奴はもう人間ではないか。


 すると虎拳の髪を掴む何者かの手があった。

 くそっ!

 まさか!



「へえ。

 こんなバトルマニアっぽい若手に王手をかけられるなんて。」


 虎拳は振り払ってファイトスタイルをとる。



「お前の動画がリコメンドを汚染してくるから一発ぶん殴りたかった。

 もうお前は人間の身体ではないんだろう?

 やっと合法的に殴れる。」


 彼は虎拳の前でアリゲーターガー人間へ変身した。

 特撮技術じゃない変身は生々しくて説明はできなかった。



「フィクションと違ってこの科学技術は魂と仮定されている人間の前頭葉をむさぼるのさ。

 つまり君は一瞬で脳内を食われる。

 まあ、ヒレとかキバで食い殺せるけど品がないし俺はいまや生物系インフルエンサーの頂点。悪いようにはしない。」


 そういいあいながら何度も殴り合い、蹴りあった。

 鱗が硬く、尖ったヒレがあったらリーチのある蹴りも迂闊にはできない。

 接近戦を事務所内で繰り返し、窓をお互い破って虎拳はアリゲーターガー人間を下にして衝撃を和れげた。


「がはっ!てめえ、よくも俺を身代わりに!」


 虎拳は少し子供のように笑いながら


「ダーティプレイが売りなんだ。

 だから俺からチケットを買ってくれるファンは身内ばかりだがな。」


 川の近くにはいかせない。

 水気の少ない場所に目を向け、陸地で戦った。


 アリゲーターガー人間はしきりに変化した頭で噛み付こうとする。

 あれは一回でも当たったら廃人にされる。


 隙をみてローキックとハイキックで急所を狙い、プロでも難しいアッパーでアリゲーターガー人間の顔を狙う。

 クマと戦って、廃墟の沼で元となったアリゲーターガーを釣って食ったこともある虎拳に喧嘩慣れしていない奴が勝てるわけはなかった。



「ぐっ、ぐぼえっえっ!

 き、貴様、何…者…」


 そんなことはどうでもいい。

 だいぶ清々した。


「生物系インフルエンサーなら外来種にも愛を向けてみろ。

 もっとも…そんな綺麗事は好きの気持ちだけでできるほど甘くはないかもしれないけれど。」


 虎拳はやりきったと思って去る。

 しかしアリゲーターガー人間は「待て!」


 と立ち上がる。



「喧嘩ってこんなに面白いのか。

 いい経験ができたよ。

 俺はもうもやしっ子じゃないし人間でもない。

 たまにはアナログで殴り合いをしてみるか。」


 面倒だな。

 どのみち虎拳にとって何をやってもアリゲーターガー人間には止めになる。

 勿論殺しはしない。



「かかってこい!正々堂々とな!」


 二人は延長戦を繰り広げた。

 結局イカロスと変わらない無謀な戦いに身を投じることになろうとも。

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