第2話 蜂条シオリ

「・・・・・・大丈夫ですよ! が味方になってあげますから!」



 振り向くと、そこには男・・・・・・ではなく、どう見ても十歳くらいにしか見えない水色のセミロングの、大きなくりくりした紫の瞳をした女の子が立っていた。



 もちろん僕は、と強く感じていた。



 でも、そのくりくりした紫色の大きな瞳に見つめられると、自分の意志とは関係なしに、だんだん警戒心が薄れていってしまうのだ。


 そんな僕にその女の子はこう言ったのである。



「おにーさん。魔術士の瞳を安易に見つめたら駄目なんですよぅ。それがどんなにか弱そうに見える小さい女の子でも! おにーさん。・・・・・・もうボクの瞳から目が離せないですよねぇ? 

 じゃあ、おにーさんにしますね! 

 ・・・・・・

 わかりましたか? ボクのためにたっぷり遅刻してきてくださいね! ・・・・・・どうですか? 気持ちいいですよねぇ、ボクに命令されるの。気持ちいいから言うこと聞いちゃいますよねぇ! このまま快楽地獄に落ちちゃっていいんですよぅ! ・・・・・・でも、遅刻は即失格ですから・・・・・・試験にも落ちちゃいますけどね。せっかく一次試験1位だったのに残念ですね! ・・・・・・ボクのかわいさに惑わされて迂闊うかつに瞳を見つめちゃったおにーさんがいけないんですよ! このマリエリア魔術学園は女の花園なんです! おにーさんのような人は入るべきではないんですよ! 残念ですけど諦めてください!」



 駄目だ。

 こんなすごい魔術を見せられたら


 でも、僕はやさしい魔法使いになりたいんであって、他人の大切な能力を盗む盗賊シーフなんかには絶対ならないと決めたのだ!


 きっとやさしい魔法使いのおじいさんなら、今の僕と全く同じ立場でも相手の魔術を絶対盗んだりしないはずだ。


 盗みたくないっ! 

 僕に盗ませないでくれっ!

 お願いだからっ!


 気がつくと、僕はその十歳児にしか見えない少女に向かってこう叫んでいた。



「今すぐその瞳の魔術を使うのをやめるんだっ! そうしないと・・・・・・君は二度とその魔術を使えなくなってしまうよっ!」


「なにを訳のわからないことを! そんな言葉にこのボクがだまされるわけないじゃないですかぁ!」



 その少女があざけりの笑みをかすかに浮かべながらそう答えた直後、後ろからよく聞き慣れた声が再び聞こえてきた。



「・・・・・・な~に? その子、迷子なの~? おふさって頼りないくせに、昔からこういう小さい子にはよく頼られるよね~!」

 


 そう言って虹倉にじくらユウナはその少女に近づいていき、なんと両手でその子のことを抱き上げたのだ。



「大丈夫だよ~! お姉さんたちがママをちゃんと探してあげるからね~! どこではぐれたのか言ってごら~ん? ん~? どうしたの~? 顔赤らめて? 恥ずかしがらないでいいから言ってごら~ん?」



 てっきり僕はその少女が怒り出すかと思ったのだが、そうはならなかった。


 それどころかユウナに抱き上げられたその少女は恍惚こうこつの表情を浮かべて、ただされるがままになっているのだった。



「かわいいね~! ほっぺすりすりしてい~い? いいの~? じゃあ、お姉さんすりすりしちゃうよ~! すりすりすり! すりすりすり・・・・・・あ~っ! おふさ! この子のこと預かってて! あたしあのベンチにも忘れ物ちゃったみたいから取ってくる!」



 そう言って、ユウナがその子のことを無理やりこちらに預けようとしてくるので、一瞬断ろうかと思ったのだが、なんとなくその子が僕に抱き上げられることすらも受け入れているように感じられたので、結局僕は恐る恐るその子を受け取った。


 

 しかし、ユウナがその場からいなくなると、その少女は僕にこう言ったのだ。



「はっ、早く下ろしてくださいっ! 早くしないと大きな声で叫びますよっ!」

 


 慌てて僕はその少女を地面に下ろした。


 もうその少女の瞳の魔術は発動していないみたいだった。


 地面にちゃんと両足がつくと、彼女は茶色い制服のブレザーの僕に触れられた箇所をパンパンと手で払いながら、



「・・・・・・あっ、あの、それで・・・・・・は、誰なんですかぁ?」



 と、恥ずかしそうに尋ねてきた。



虹倉にじくらユウナ。僕の幼なじみの・・・・・・」

  


 とまで僕が答えると、



「・・・・・・幼なじみ」



 と僕の言葉を繰り返して、その少女はゴクンと喉を鳴らした。


 なんかすごく興奮しているみたいだった。


 そして、その少女は興奮したままの顔つきで僕にこう言ってきたのだ。



「・・・・・・に免じて、今回だけはおにーさんに瞳の魔術にかけるのはやめてあげます。・・・・・・そのかわり、ボクがとても優れた魔術士だってことをそれとなくに伝えておいてください。・・・・・・それから、ボクの年齢がお兄さんたちと同じ十五歳だってこともなるべく自然にに知らせておいてください! ・・・・・・ボクの名前は蜂条ほうじょうシオリ。・・・・・・別に、おにーさんのことを認めたわけじゃないので、くれぐれも勘違いしないでくださいね! ・・・・・・では、また明日。ああ! 遅刻はしちゃ駄目ですよぉ! がきっと悲しみますからぁ!」



 それで、その蜂条ほうじょうシオリというどう見ても十歳児にしか見えない同い年の女の子がいなくなると、僕は肩をトントンと叩かれた。


 その遠慮のまるでないフレンドリーな叩き方から完全にユウナだと思って振り返ると、そこには新たな全く知らない女の人が立っていた。



蜂条ほうじょうシオリの瞳の魔術からのがれるなんて、てめぇやるじゃんかっ!」



 その人は金髪ゆるふわロングのぶりんぶりんのギャルだった。

 さらに、彼女はあの旺金林おうごんばやしミレイと遜色そんしょくないくらいの、大きくて魅力的なを持っていた。

 そして、彼女の制服の白のワイシャツのボタンはいくつか外されていて、その褐色の深い谷間が思いっきりあらわになっていたのである。

 



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             新田竜

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