第35話 泣かせる
ひとまず、席に着いたものの……俺は項垂れて顔を上げることができない。
死にたい、誰か俺を殺してくれぇぇ!
そして、耐えること数分の沈黙が流れて……。
「……ププ……」
「おい、笑うな。いや、笑ってくれた方がいいのか」
「ご、ごめんなさい……でも、可笑しくて。レッドオーガを倒したから鬼殺しさんなのね?」
「……勘弁してください。というか、俺が自分から言ったわけでもないし」
そもそも、相手がどこの誰かも知らなかったし。
最初は絡んでいる奴を助けたら、そこから次々と来るようになったんだっけ。
むしゃくしゃしてた事もあり、片っ端から返り討ちにしていた。
その後、学校の連中達には感謝された記憶はある。
どうやら、あちこちでカツアゲなどをする有名な奴等だったらしい。
「随分とやんちゃだったのね?」
「いや、普通だ。ヤンキーでもなかったし、ただカツアゲとかしてる連中はよくシメてはいた。祖父さんから、そういう輩には容赦しないでいいと言われてきたし。もちろん、警察のお世話になった事もない」
「確かにお爺様との取っ組み合いは凄かったものね……コホン、遅れたけど助けてくれてありがとう」
「別に睨んだだけで大したことはしてない。そもそも、もっと早く言えって」
そしたら絡まれる前に行ったっていうのに。
ああいう輩は、気弱そうな相手を狙うから大したことない手合いが多いし。
「だ、だって、それじゃ借りが増えちゃって……」
「なんだ、よく聞こえないが……」
「……いつでも助けてくれるの?」
「そりゃ、当たり前だろ。もちろん、俺が近くにいればの話だが」
「……えへへ、そうなんだ」
そう言い、無邪気に笑う。
その表情は初めてで、何やら胸が苦しくなった。
「そ、それより、清水が一人で来れないわけだ」
「そうなのよね……見た目がか弱いからなのか、ああいう手合いが多くて。だから、一人ではあまり出掛けないようになっちゃった」
「まあ、億劫になるわな……行きたいところあったら俺に言えばいい」
「えっ? ……ありがと」
「……ほら、ささっと続きをやるぞ」
俺は頭をガシガシとかいて、恥ずかしさを紛らわす。
下を向いて、勉強に集中するのだった。
◇
また、助けてもらった……いつでも助けてくれるって言ってくれて嬉しかった。
身長と見た目から、押せばいけるとか思われちゃうのかな。
寄ってくる男子や好意を寄せて男子も、そっち系が多いし。
本当の自分を見せれば、そういう事もなくなるの?
でも、そうすると今度は違う意味でハブられてしまう。
私は、 一体どうすればいいのだろう?
そんなことを思いながら、頬杖をついて逢沢君のつむじをじっと眺める。
髪の一本一本が太く、わしゃわしゃしたくなってくる。
「……おい。いつまで見てるんだ」
「……つむじを見てたのよ」
「何か面白いのか?」
「ええ、面白いわ。髪の毛多いのね。妹さんは、サラサラの髪の毛だったけど」
「まあ、俺は親父に似たんだろ」
その時にしまったと思った。
彼の父親はいないし、母親は入院してるとか……私はそのことについてなんて言っていいのかわからない。
ただ、辛いのは自分だけだと思っていた。
だから、彼のことが気になってるのかもしれない。
「おい、露骨に変な顔をするなって。言ったろ、気を使う必要はないと」
「……そうよね。あの、少しだけ聞いてもいい?」
「ああ、構わない」
「その……貴方は幸せ?」
「随分と大層な質問だな……幸せかどうかはわからない。ただ、少なくとも人に可哀想と思われるほど不幸ではないと思ってる」
それは私と一緒だった。
私も母親が亡くなった時、周りの友達から可哀想と言われた。
確かに悲しかったけど、可哀想とは思われたくなかった。
それを決めるのは私自身だから。
「そうよね……あの、隣に行ってもいい?」
「ん? 別に構わないが……」
私は席を立って、彼の隣に座る。
そして、誰にも聞かれないように身体をピタッとくっつけた。
「お、おい?」
「あのね……私も母親が亡くなってるの」
「なに? ……冗談って顔じゃないな」
「当たり前じゃない」
初めて自分から人に言ってしまった。
心臓がドキドキする、彼はなんというのだろうか。
「そっか、よしよし」
「ふえ?」
自分でもよくわからない声が出た。
どうして、頭を撫でられているんだろう。
「偉いな、よく頑張った」
「な、なにを……」
あれ? 何か変……目が熱くなってきた。
気がつくと、私の目からポロポロと涙が出ていた。
「お、おい……参ったな」
「ご、ごめんなさい」
「とりあえず、帰るとするか。ほら、荷物持ってやるから」
私は涙を拭いて、彼の言う通りにする。
そして会計を済ませ、近くにあるベンチに座った。
「まさか泣かれるとは」
「……私だってびっくりしてるわよ。というか、なんで撫でるのよ……」
「あぁー、すまん。なんとなく、そうして欲しかったのかと思って。少なくとも俺は同情されるより、そうして欲しかったから」
「……確かにそうかもしれないわ」
そうだ、私はただ話を聞いて欲しかった。
そして同情ではなく、ただ認めて欲しかったのかもしれない。
「しかし、なんでまたこのタイミングで言った? おかげで、めちゃくちゃ注目されたが」
「し、仕方ないじゃない……ただ、フェアじゃないかなって。私が貴方の家のことを聞き出したようなものだったから」
「そういうことか、相変わらず律儀だな」
「ふふ、それに貴方の黒歴史を知っちゃったしね?」
「ぐはっ! 確かに代償は大きかったか……」
「逢沢君、ありがとう」
「……おう」
少し照れてる彼を見て、自然と笑顔が溢れる。
こんなに晴れやかな気分は久しぶりのことだった。
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