第35話 泣かせる

ひとまず、席に着いたものの……俺は項垂れて顔を上げることができない。


死にたい、誰か俺を殺してくれぇぇ!


そして、耐えること数分の沈黙が流れて……。


「……ププ……」


「おい、笑うな。いや、笑ってくれた方がいいのか」


「ご、ごめんなさい……でも、可笑しくて。レッドオーガを倒したから鬼殺しさんなのね?」


「……勘弁してください。というか、俺が自分から言ったわけでもないし」


そもそも、相手がどこの誰かも知らなかったし。

最初は絡んでいる奴を助けたら、そこから次々と来るようになったんだっけ。

むしゃくしゃしてた事もあり、片っ端から返り討ちにしていた。

その後、学校の連中達には感謝された記憶はある。

どうやら、あちこちでカツアゲなどをする有名な奴等だったらしい。


「随分とやんちゃだったのね?」


「いや、普通だ。ヤンキーでもなかったし、ただカツアゲとかしてる連中はよくシメてはいた。祖父さんから、そういう輩には容赦しないでいいと言われてきたし。もちろん、警察のお世話になった事もない」


「確かにお爺様との取っ組み合いは凄かったものね……コホン、遅れたけど助けてくれてありがとう」


「別に睨んだだけで大したことはしてない。そもそも、もっと早く言えって」


そしたら絡まれる前に行ったっていうのに。

ああいう輩は、気弱そうな相手を狙うから大したことない手合いが多いし。


「だ、だって、それじゃ借りが増えちゃって……」


「なんだ、よく聞こえないが……」


「……いつでも助けてくれるの?」


「そりゃ、当たり前だろ。もちろん、俺が近くにいればの話だが」


「……えへへ、そうなんだ」


そう言い、無邪気に笑う。

その表情は初めてで、何やら胸が苦しくなった。


「そ、それより、清水が一人で来れないわけだ」


「そうなのよね……見た目がか弱いからなのか、ああいう手合いが多くて。だから、一人ではあまり出掛けないようになっちゃった」


「まあ、億劫になるわな……行きたいところあったら俺に言えばいい」


「えっ? ……ありがと」


「……ほら、ささっと続きをやるぞ」


俺は頭をガシガシとかいて、恥ずかしさを紛らわす。


下を向いて、勉強に集中するのだった。






また、助けてもらった……いつでも助けてくれるって言ってくれて嬉しかった。


身長と見た目から、押せばいけるとか思われちゃうのかな。


寄ってくる男子や好意を寄せて男子も、そっち系が多いし。


本当の自分を見せれば、そういう事もなくなるの?


でも、そうすると今度は違う意味でハブられてしまう。


私は、 一体どうすればいいのだろう?


そんなことを思いながら、頬杖をついて逢沢君のつむじをじっと眺める。


髪の一本一本が太く、わしゃわしゃしたくなってくる。


「……おい。いつまで見てるんだ」


「……つむじを見てたのよ」


「何か面白いのか?」


「ええ、面白いわ。髪の毛多いのね。妹さんは、サラサラの髪の毛だったけど」


「まあ、俺は親父に似たんだろ」


その時にしまったと思った。

彼の父親はいないし、母親は入院してるとか……私はそのことについてなんて言っていいのかわからない。

ただ、辛いのは自分だけだと思っていた。

だから、彼のことが気になってるのかもしれない。


「おい、露骨に変な顔をするなって。言ったろ、気を使う必要はないと」


「……そうよね。あの、少しだけ聞いてもいい?」


「ああ、構わない」


「その……貴方は幸せ?」


「随分と大層な質問だな……幸せかどうかはわからない。ただ、少なくとも人に可哀想と思われるほど不幸ではないと思ってる」


それは私と一緒だった。

私も母親が亡くなった時、周りの友達から可哀想と言われた。

確かに悲しかったけど、可哀想とは思われたくなかった。

それを決めるのは私自身だから。


「そうよね……あの、隣に行ってもいい?」


「ん? 別に構わないが……」


私は席を立って、彼の隣に座る。

そして、誰にも聞かれないように身体をピタッとくっつけた。


「お、おい?」


「あのね……私も母親が亡くなってるの」


「なに? ……冗談って顔じゃないな」


「当たり前じゃない」


初めて自分から人に言ってしまった。

心臓がドキドキする、彼はなんというのだろうか。


「そっか、よしよし」


「ふえ?」


自分でもよくわからない声が出た。

どうして、頭を撫でられているんだろう。


「偉いな、よく頑張った」


「な、なにを……」


あれ? 何か変……目が熱くなってきた。

気がつくと、私の目からポロポロと涙が出ていた。


「お、おい……参ったな」


「ご、ごめんなさい」


「とりあえず、帰るとするか。ほら、荷物持ってやるから」


私は涙を拭いて、彼の言う通りにする。

そして会計を済ませ、近くにあるベンチに座った。


「まさか泣かれるとは」


「……私だってびっくりしてるわよ。というか、なんで撫でるのよ……」


「あぁー、すまん。なんとなく、そうして欲しかったのかと思って。少なくとも俺は同情されるより、そうして欲しかったから」


「……確かにそうかもしれないわ」


そうだ、私はただ話を聞いて欲しかった。

そして同情ではなく、ただ認めて欲しかったのかもしれない。


「しかし、なんでまたこのタイミングで言った? おかげで、めちゃくちゃ注目されたが」


「し、仕方ないじゃない……ただ、フェアじゃないかなって。私が貴方の家のことを聞き出したようなものだったから」


「そういうことか、相変わらず律儀だな」


「ふふ、それに貴方の黒歴史を知っちゃったしね?」


「ぐはっ! 確かに代償は大きかったか……」


「逢沢君、ありがとう」


「……おう」


少し照れてる彼を見て、自然と笑顔が溢れる。


こんなに晴れやかな気分は久しぶりのことだった。

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