第30話 帰り道

 食べ終わったら、すぐに洗い物などの片付けをする。


 料理をしない俺の、いつもの仕事だ。


 隣には清水が並び、皿を拭いていた。


 ちなみに美優とじいちゃんはテレビを見ながら、ソファーで寛いている。


 この距離ならテレビもあるし、会話も聞かれることはないだろう。


「悪いな、洗い物まで」


「ううん、平気よ。私が無理を言ってやらせて貰ってるんだし。ふふ、美優ちゃんが私がやりますって大変だったわ」


「確かに中々の攻防戦だったな。最終的には、材料費を出してないという言い分で押し切ったが」


「ふふん、論争では負ける気はしないわ」


「そういや、鉄壁の副会長の異名もあったな」


 聖女様と呼ばれる清水だが、それとは別に鉄の副会長という物騒な通り名がある。

 これは予算を求める生徒達を、その笑顔と言葉で持って撃退することから来てるとか。


「それはやめてよ、ちょっと不名誉な異名だし。あれのせいで、一部の部活連盟からは嫌われてるし。それもこれも、会長が悪いのよ」


「あぁー、横山だっけ?」


「あの人、自分の人気取りのために気安く請け負ったりするから。そのしわ寄せが、私にまできて大変なのよ。仕事を増やしたのは貴方なのに、放課後デートにまで誘ってくるし……ハゲればいいんだわ」


「プッ!? あははっ!」


 その言葉に思わず笑ってしまう。

 あのサラサラヘアー優男のつるっ禿げ姿を想像してしまった。


「笑い事じゃないわよ」


「悪い悪い。それなら、清水が生徒会長になればいいじゃん。選挙やったら負けないだろ?」


「うーん、それも考えたんだけど……実は、暗黙の了解として女の子が生徒会長はダメらしくて」


「はい? この今の世の中で?」


「そうなんだけど……まあ、校長や理事長は年配の方だし」


「なるほど……そうなると、そもそもなれないってことか」


 道理で変だと思っていた。

 こいつの性格を知った今なら、自分でやればいいとか思いそうだし。


「もちろん、無理を通せばいけるけどね。ただ、矢面に立つ時に男の人の方が舐められないのは事実だから。部活の部長とか先生のと話し合いとか、他校との話し合いとか」


「あぁー、確かに。清水だと、違う意味で大変そうだ」


「まあ……ね。違う目的で話しかけてきちゃうから」


「んじゃ、次の生徒会ではもっと楽な相手が会長になるといいな。確か、後期の選挙は夏休み明けの九月か」


「……」


 すると、清水が俺の顔をじっと見てくる。

 相変わらず整った顔をしているなぁと、どうでもいい感想が浮かんできた。


「何だよ?」


「う、ううん、何でもないわ」


「よくわからん奴」


「うるさいわよ。ほら、ささっと手を動かす」


「へいへい、わかりました」


 そして、洗い物を終えてリビングに向かう。


「じいちゃん、終わったから清水を駅まで送ってくる」


「うむ、よく言った。そのまま帰すようなら、張っ倒すところじゃ」


「えっ? わ、悪いから平気だよ? 暗いといっても、まだ21時だし……」


「ダメだよ! 清水さんみたいな可愛い女の子が! お兄ちゃん、しっかり送らないと!」


「と言うわけで、俺のために頼む。このまま帰したら、二人から偉い目にあう」


 そもそも、送っていくつもりだったし。

 病院にいる母さんも、そう言うだろう。


「……そういうことなら有り難く」


「清水さん、今日はどうもありがとう。おかげで、楽しい夕食だったよ。もしよければ、また来てくれ」


「ウンウン! 私、全然お話してないし!」


「……いいのかな?」


「俺に権利はない。まあ、気晴らしになるんなら来てもいい」


「ふふ、わかった」


 清水が玄関で二人に挨拶をしてる間に、俺は先に玄関を出る。

 そして自転車を出して、待っていると……清水が出てきた。


「待たせてごめんなさい」


「いや、平気だ。それじゃ、行くか」


 そして、並んで歩き出し……少し離れてから俺は息を吐く。


「ふぅ……すまんな、気を使わせて」


「えっ? ……ああ、二人のこと? 別にいいわよ。私も、その……楽しかったから」


「そうか、それならいいんだ。うちのじいちゃんや妹も喜んでたし助かった」


「……貴方は迷惑じゃなかった?」


 そう言い、弱気な表情をする。

 どうやら、強引にきたことを気にしてるらしい。


「うん? いや、飯は美味かったし。いつも作ってるのか?」


「まあね。最近はサボってたけど……ありがとう」


「何で清水が礼を言うんだ?」


「ううん、何でもない。とりあえず、お陰様ですっきりしたわ。これで、中間テストも頑張れるかな」


「うげぇ……そういやそうだった」


 ゴールデンウィークが明ければ五月になり、二週間をすれば中間テストが始まる。

 それが終われば体育祭があるので、五月はあっという間に終わるだろう。


「あれ? 貴方は……成績は悪くはなかったはずよね? 一年の時だけど、一階に貼ってある順位表で名前を見た覚えがあるもの」


「まあ、学年で50番以内に入るくらいではある。たまに入らないので、ギリギリってレベルだろうな。学年二位の清水からしたら大したことないだろうが」


「そんな事ないわよ。貴方はバイトもしてるんでしょ? それで50番代なら凄いわ」


「お、おう、ありがとな。二年の成績は推薦に影響するから、もう少し上げたいところだ」


 欲を言えば、二年のうちに30番代には入りたいところだ。

 今のところ遅刻も欠席もないし、そうすれば推薦枠を取れる率は高い。


「私も推薦は取りたいわね。まあ、問題はなさそうだけど」


「ぐっ……そりゃそうだ。生徒会に委員長、学年で二番だもんな」


「……生徒会に入れば?」


「はい? あぁ、後期にってことか。前も言ったけど、目立つのは面倒だ」


「まあ、そうよね……あっ、駅が見えたわ」


 そのまま歩いて、改札口まで見送る。


「それじゃ、今日はありがとう」


「いや、こっちも……楽しかったしな。んじゃ、またな」


「ええ、また学校で」


 ホームに向かう清水を見送ってから、俺は家に向かって自転車を走らせる。


 生徒会ねぇ……いやいや、そんな面倒なことは勘弁だ。





……誰もいない部屋に帰ってくる。


いつも通り、ただいまといい、暗い部屋に明かりをつける。


ただ不思議と、沈んだ気持ちにはならなかった。


きっと、さっきまで逢沢君といたおかげだ。


「……楽しかったなぁ」


部屋着に洋服を着替えつつ、今日のことを思い出す。

初めてカラオケに行って、物凄く楽しかった。

女子とか関係なく、気を使わない普通の友達みたいで。


「踊ってるの見られたのは少し恥ずかしけど」


それでも、もう一回行きたいって思えた。

また来ればいいって言ってたけど……私から誘ってもいいのかな?


「でも、そしたら貸しが減っちゃう」


もし無くなったらどうなるんだろう……怖くて聞けない。

彼が生徒会に入りたいって言えば、私の力で入れることは可能だと思う。

そしたら借りになるかなって思って……私って性格悪い。


「でも、それ以外に私にはやり方がわからない」


この関係を続けるにはどうしたらいいの?

また来てもいいって言ってたけど、それはいつまで?


「……逢沢君は推薦が取りたいって言ってたわ。そのために、成績を上げたいって。でも、生徒会は面倒だから嫌よね」


そうなると、成績を上げるのが近道だ。

……それだったら、私にもお手伝いが出来そう。


「勉強を口実にすれば会っても変じゃないよね? そうすれば、貸しにもなると思うし」


うん、いい考えかも。

あとは何か、彼が困ってそうなものを……。


「あっ、そういえばいつも彼は……ふふ、良いかも」


それを考えるうちに不安は消え、楽しい気持ちになってくる。


着替えを済ませた私は、早速行動を開始するのでした。


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