第29話 夕飯

つ、疲れた。


相変わらずのじいさんだ。


小さい頃から取っ組み合いはしてきたが、未だに一度も勝てたことがない。


相手は衰え、こちとら体が出来てきた高校生だっていうのに。


「す、凄いですね」


「あっ……いつの間に」


仰向けになっていると、リビング側から覗いている清水と目が合う。

そのアングルから見える生足が眩しくて、思わず目を背ける。


「いつも、そんなことをやってるのかな?」


「いや、久々だったかも」


「お主が腑抜けてからは減ったか。やれやれ、まだまだだな」


「哲夫さん着物だし、武道の達人みたいですね!」


「ほほっ、昔取った杵柄というやつですな」


俺は起き上がり、軽く身体をストレッチする。

確かに、最近は運動不足だったかも。


「これは運動をしたほうがいいか」


「そうじゃな。バイトばかりしておるし、生活も不規則だ」


「……気をつけます」


「うむ、ワシもあんまり煩いことは言わん」


すると、リビングから美優の声がする。


「お兄ちゃん〜! 遊んでないで運んで〜! ご飯できたよ〜!」


「はいはい、わかったよ」


「ふふ、それじゃ行こっか」


運ぶのを手伝うため、清水とキッチンに行くと……そこにはカリカリに揚がった唐揚げさんがいた。

湯気が出て、思わず腹が減ってくる。


「おおっ、唐揚げ……!」


「材料を見て、男の子ならこれかなって。割と短時間でできるから」


「お兄ちゃん、清水さん凄いんだよ! 市販の物を使わずに、自分でタレをささっと作っちゃって!」


「別に大したことないよ。この家にある物で作れたから。一応、レシピは書いておいたから好きに使ってね」


「わぁ……ありがとうございます!」


「いえいえ。それじゃ、熱いうちに運びましょう」


それには同意しかないので、俺は急いで夕飯の支度をする。

箸を出し、ご飯を装い、飲み物を用意する。

全部が終わる頃には、テーブルに夕飯が並んでいた。

唐揚げにキャベツ、味噌汁、冷奴、漬物とバランスが良さそうだ。


「これはこれは、美味しそうな食事だ」


「ありがとうございます。簡単なものですけど……」


「いやいや、凄えよ」


「そ、そう? ……た、食べよう!」


「そうしよ!」


四人掛けのテーブルに四人で座り、隣には清水が座る。

このテーブルが埋まるのは、久しぶりだった。

母さんが一時退院したり、たまに叔父さんが来た時くらいだ。


「では、いただきます」


「「「いただきます」」」


俺が、すぐに唐揚げに手を出そうとすると……。


「だめよ、先にキャベツや味噌汁から食べなさい」


「お、おう……悪い」


「えへへ、お兄ちゃん尻に敷かれてるみたい」


「ふむ、良いお嫁さんになりそうじゃ」


「そ、そんなんじゃないですから」


「そうそう、似た者同士みたいなもんだ」


まずはワカメと豆腐の味噌汁を飲み、キャベツをかきこむ。

そしたら唐揚げにかぶりつく。

ジュワッと肉汁が溢れ、口の中が幸せになる。


「うめぇ」


「ほっ、良かった」


「めちゃくちゃ柔らかいし、カリッとしてるし美味い。ニンニクが効いてるし」


「お肉は蜂蜜に浸けたし、二度揚げもしてるから。醤油、ニンニクに生姜、みりんとシンプルにしたの」


ふむふむ、材料自体は普通だな。

となると、これは料理人の腕がいいってことだ。


「漬物や冷奴があるのは、ワシには助かるよ。流石に、揚げ物だけだときついのでな」


「やっぱり、バランスは大事だと思ったので」


「バランスかぁー、少し勉強しようっと」


「一汁三菜って言って、ご飯に汁物、主菜と副菜を二点を意識すると良いかも」


「一汁三菜……ご飯と汁物はわかります!」


「今日の場合は、主菜が唐揚げ、副菜が漬物や冷奴に値するかな?」


「なるほど……メモメモ……」


……高校生のくせに、随分と詳しいな。

そういや、今日だってこいつが家に連絡してる素ぶりなかったが。

そんなことを考えつつ……俺は黙々と米を食い、唐揚げを食べ、また米をかきこむ。


「す、凄い勢いね……」


「そりゃ、美味いし」


「うんうん、私も頑張らないと」


「大丈夫よ、美優ちゃん。私もちゃんと出来るようになったのは、高校生になってくらいだから」


「そうなんですか? 誰かに教わったりとか?」


「……まあ、そうね」


俺は直感でまずいと思い、話題を変える。

理由はわからないが、多分地雷臭がした。


「それより、マヨネーズをかけても?」


「えっ? 別に良いけど……どうして聞くの?」


「いや、母さんがいた時にやったら美味しくないからかとか」


「あぁー、そういうこと。ううん、私は気にしないよ」


「んじゃ、かけるとしますか」


米をお代わりして、唐揚げを乗せたら仕上げにマヨネーズをかける。

それを一気にかきこむと……たまらん。


「今日は何したんですか?」


「うんと、カラオケに行って……」


「ほう、優馬はワシに似て歌が上手いからのう」


「ふふ、そうなんですね」


俺が食ってる間にも、じいちゃんや美優が楽しそうに清水と話している。


こういう明るい感じは久々だった。


俺は盛り上がるような話題を提供できないし、お喋り上手じゃない。


美優も女の子だし、話したいことも沢山あるだろうに。


……迷ったが、連れてきて良かったな。









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