第22話 準備
そして、次の日の日曜日……その日がやってくる。
俺はといえば、何故かクローゼットの中にある服を眺めていた。
「いや、別にデートってわけでもない。いつも通り、パーカーとジーパンでいいか」
「ダメだよ! お兄ちゃん! ここはジャケットを着よ!」
「……いつからいた?」
「うーんと、お兄ちゃんがクローゼットを開けて睨みっこしてるところから」
「最初からじゃねえか」
俺としたことが、全く気づいてなかった。
どうやら、柄にもなく緊張しているのかもしれない。
「えへへ、清水さんと出かけるんでしょ?」
「おい、なんで知ってる?」
「だって、清水さんから連絡きたもん。お兄さんを借りていくのでよろしくって」
「はぁ、相変わらずしっかりしてること」
最近思うが別に聖女とか関係なく、あいつはそういう性分な気がする。
なんだかんだ言って面倒見がいいし、他人を傷つけないようにしてるし。
「うんうん、お兄ちゃんにはもったいないくらい。それでジャケットにしなよ〜、お兄ちゃん肩幅あるし似合うんだから」
「まあ、剣道をやっていたしな。ただ、ジャケットなど持ってないぞ?」
「お父さんの部屋にいっぱいあるよ。お父さん、好きに使えって言ってたじゃない」
「あぁー、そういや言ってたわ。すっかり忘れてたけど」
うちの親父はお洒落で、ジャケットや靴を山ほど持っていた。
それが男のステータスとかなんとか。
全然意味は分からなかったけど。
「ほらほら、見に行こー!」
「へいへい、わあったよ」
俺は美優に背中を押され、二階の奥にある親父の私室に入る。
そこにはテーブルや机、本棚やゴルフクラブが置いてあった。
まるで、今でも人が住んでいるように。
「まだタバコ臭いのが不思議だよね」
「ん? まあ、壁とかに染み付いてるだろうし。というか、ジャケット平気か? 俺、変に疑われるのは嫌なんだが」
「部屋が別だし平気じゃない? この扉を開けてっと……うん、臭くない」
「そういや、そういう几帳面なところはあったな」
あんだけタバコを吸うくせに、ジャケットやスーツに匂いがつくのを嫌がったり。
だから仕事中や外で吸うことはほとんどなく、この部屋だけで吸っていたっけ。
「相変わらず、すごい数の洋服と靴だね。まだ未開封のもある」
「これはいずれ値が上がるとか、還暦になったら使うとか言ってたな……結局、四十歳で亡くなってしまったが」
「タバコの吸いすぎたっていうのがまたね……急だったから、あんまり実感がわかなかった」
「そうだな。俺も中学二年で、お前は小学五年生だったし。でも、親父は自分の人生に関しては後悔はしてないみたいだったな。もちろん、俺たちのことは心配してたけど」
「好き勝手にやってたもん。ゴルフ行って麻雀やって、お酒にタバコ……女遊びだけはしなかったから良かったけど」
「まあ、母さんにベタ惚れだったからな」
そんな会話をしながら、適当にジャケットとパンツを取っていく。
その時にふと思い出す……親父は最後に俺に言った。
人生いつまで生きられるかわからないが、後悔だけはするなよと。
◇
服を選び終えたら、二時を回っていた。
待ち合わせは三時だし、ゲームでもしようかと思ったら……。
「お兄ちゃん! 髪! ぼさぼさ!」
「あん? いや、髪はめんどう……」
「だーめ! せっかく元がいいんだから!」
「だが切りに行くのは嫌なのだが?」
目立ちたくないから、この重たい髪型にしてるのに。
俺の目は鋭いらしく、それで難癖をつけられることもあったし。
「じゃあ、せめてジェルかワックスしよ! じゃないと、一緒に歩く清水さんが可哀想!」
「別に俺と清水はそういう関係ではないが……まあ、一理あるか」
叔父さんの店に来る女性も行っていたな。
付き合ってるに関わらず、男性のやる気や洋服が良いと嬉しいと。
要は、自分のために気遣ってくれたということらしい。
「うんうん! よし、やってみよー!」
「……随分とテンションが高いな?」
「だって、お兄ちゃんが休日に出かけるなんて久しぶりだもん。しかも、女の子とだし。お兄ちゃんが楽しそうだと、私も嬉しいし」
「そうか……そうだよな」
俺が美優が暗いと辛いように、美優も俺が暗いと辛い。
そんな当たり前のことに気づかないとは……兄失格だな。
その後、前髪を上にあげて、横は流す感じにする。
バイトの時と同じ髪型なので問題ない。
そしてリビングに戻ると、テーブルでお茶をしているじいちゃんと目が合う。
「おっ、良い男がいるな。うんうん、じいちゃんの若い頃にそっくりだ」
「何言ってんのさ」
「今日は出かけるのか?」
「うん、まあ……」
「うんうん、いいことだ。優馬はちょっと頑張りすぎたからな。お前は、もっと遊んでいいんだよ」
「……わかった、ありがとう」
「ほれ、早く行かんか。女の子を待たせるような真似するんじゃないぞ?」
「はいはい、男たるものってやつね。んじゃ、行ってくるよ」
俺は最後に鏡の前で確認して、家から出るのだった。
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